ReaL -墓守編-

千勢 逢介

文字の大きさ
188 / 204
第七章・世界は優しい嘘に包まれて

11

しおりを挟む
「トリガーのやつ、どこ行ったんだよ?」誰に訊ねるでもなく勇三は言った。「まさか、<アウターガイア>に降りたんじゃ?」

 霧子は首を横に振ったものの、確信している様子はなかった。

「おい、ハロルドくん。なにか見てなかったのか?」

 この問いかけにロボットは視線こそ向けたものの、合成音声でなにかを語ることはなかった。
 と、そこへ輝彦がカウンターを回り込んでハロルドくんの横に立った。

「そんなふうに訊いても教えちゃくれないさ」
「けどよ……」
「機械には機械のやりかた……流儀があるんだ」

 言いながら輝彦はハロルドくんのうなじのあたりと、自分のカバンから取り出した個人端末とを交互に見た。

「緊急事態やむなしってやつですね」輝彦は操作を終えた端末をカウンターの上に置いた。「<特課>のシステムに潜ってとってきました。浅い階層だし、痕跡も消したからたぶん大丈夫ですよ」

 端末の画面にあらわれたのは、コップとピッチャーをそれぞれの手に持つ映像だった。輝彦が再生ボタンを押すと、ピッチャーから出た水がコップへと注がれている。その所作を行う手は妙に光沢があり、作り物のようだ。
 コップが水で満たされると、カメラの視点が上へと移動した。どこか見覚えのあるカウンターが映り、次いで馴れ親しんだ<サムソン&デリラ>の店内の様子が映し出される。カメラのアングルはまったく上下にぶれないまま右に転回すると、まるで空を滑るように前へと進んだ。

 そこに、三人がよく知る白い姿があった。

「トリガー!」画面越しにも関わらず、霧子がつかみかからんばかりのいきおいで言う。
「ハロルドくんの視界の映像です。目がカメラになってたみたいですね。けどまさか、動体センサーだけじゃなくて録画機能までついていたとは。けど、そのおかげでこうして手がかりが――」

 そこで輝彦は口を噤んだ。はじめから黙っていた霧子と勇三は目を見張った。
 スツールが倒れたのだろう、トリガーがハロルドくんの視界からカウンターの陰へと消えていったのだ。カメラがカウンター越しに床を覗きこむような動きをすると、床の上を起き上がろうとするトリガーの姿を捉えた。どうやら大きな怪我を負った様子はなさそうだ。

 だが起き上がって周囲をきょろきょろと見渡すトリガーの姿に、一同はつこうとしていた安堵のため息を思わず呑み込んだ。普段はぴったりと閉じていた彼の口は半分開き、そこから垂れた舌がふるふると宙をさまよっていたのだ。

(まるで犬みたいだ)勇三は思った。(そう、の犬みたいだ……)

 それからトリガーは店の中を突っ切ると、正面のドアへと向かった。後脚だけで器用に立つと、前脚で扉を掻きはじめる。

 勇三ははじかれるように自分が入ってきたドアのほうを振り返った。当然そこに、自分たちの<コープス>のリーダーの姿はない。
 霧子は画面に視線をそそぎながら、両手を強く握りしめていた。まるでそうしていれば、映像の中のトリガーがドアを離れてカウンターのほうへと戻ってきてくれると思っているかのように。

 しかし三人が見守るなか、トリガーの前脚がドアノブに引っかかり、店の扉は外の世界へと通じてしまった。
 ふたたび四本足で立ったトリガーが、こちらを振り返る。彼が発したのは人間の言葉ではなく、短い吼え声だった。それまで些細な音を拾っていたであろうにも関わらず、勇三はここにきて初めて、ハロルドくんに録音の機能も備わっていることに気づいた。

 やがてトリガーは店を出ると、ドア枠の陰へと姿を消した。

 輝彦が映像をサーチで早回しする。無人の店内は静止画のようにしか見えなかったが、時を待たずして画面の中で買い物袋を抱えた霧子がドアをくぐってあらわれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...