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第七章・世界は優しい嘘に包まれて
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「トリガーのやつ、どこ行ったんだよ?」誰に訊ねるでもなく勇三は言った。「まさか、<アウターガイア>に降りたんじゃ?」
霧子は首を横に振ったものの、確信している様子はなかった。
「おい、ハロルドくん。なにか見てなかったのか?」
この問いかけにロボットは視線こそ向けたものの、合成音声でなにかを語ることはなかった。
と、そこへ輝彦がカウンターを回り込んでハロルドくんの横に立った。
「そんなふうに訊いても教えちゃくれないさ」
「けどよ……」
「機械には機械のやりかた……流儀があるんだ」
言いながら輝彦はハロルドくんのうなじのあたりと、自分のカバンから取り出した個人端末とを交互に見た。
「緊急事態やむなしってやつですね」輝彦は操作を終えた端末をカウンターの上に置いた。「<特課>のシステムに潜ってとってきました。浅い階層だし、痕跡も消したからたぶん大丈夫ですよ」
端末の画面にあらわれたのは、コップとピッチャーをそれぞれの手に持つ映像だった。輝彦が再生ボタンを押すと、ピッチャーから出た水がコップへと注がれている。その所作を行う手は妙に光沢があり、作り物のようだ。
コップが水で満たされると、カメラの視点が上へと移動した。どこか見覚えのあるカウンターが映り、次いで馴れ親しんだ<サムソン&デリラ>の店内の様子が映し出される。カメラのアングルはまったく上下にぶれないまま右に転回すると、まるで空を滑るように前へと進んだ。
そこに、三人がよく知る白い姿があった。
「トリガー!」画面越しにも関わらず、霧子がつかみかからんばかりのいきおいで言う。
「ハロルドくんの視界の映像です。目がカメラになってたみたいですね。けどまさか、動体センサーだけじゃなくて録画機能までついていたとは。けど、そのおかげでこうして手がかりが――」
そこで輝彦は口を噤んだ。はじめから黙っていた霧子と勇三は目を見張った。
スツールが倒れたのだろう、トリガーがハロルドくんの視界からカウンターの陰へと消えていったのだ。カメラがカウンター越しに床を覗きこむような動きをすると、床の上を起き上がろうとするトリガーの姿を捉えた。どうやら大きな怪我を負った様子はなさそうだ。
だが起き上がって周囲をきょろきょろと見渡すトリガーの姿に、一同はつこうとしていた安堵のため息を思わず呑み込んだ。普段はぴったりと閉じていた彼の口は半分開き、そこから垂れた舌がふるふると宙をさまよっていたのだ。
(まるで犬みたいだ)勇三は思った。(そう、本物の犬みたいだ……)
それからトリガーは店の中を突っ切ると、正面のドアへと向かった。後脚だけで器用に立つと、前脚で扉を掻きはじめる。
勇三ははじかれるように自分が入ってきたドアのほうを振り返った。当然そこに、自分たちの<コープス>のリーダーの姿はない。
霧子は画面に視線をそそぎながら、両手を強く握りしめていた。まるでそうしていれば、映像の中のトリガーがドアを離れてカウンターのほうへと戻ってきてくれると思っているかのように。
しかし三人が見守るなか、トリガーの前脚がドアノブに引っかかり、店の扉は外の世界へと通じてしまった。
ふたたび四本足で立ったトリガーが、こちらを振り返る。彼が発したのは人間の言葉ではなく、短い吼え声だった。それまで些細な音を拾っていたであろうにも関わらず、勇三はここにきて初めて、ハロルドくんに録音の機能も備わっていることに気づいた。
やがてトリガーは店を出ると、ドア枠の陰へと姿を消した。
輝彦が映像をサーチで早回しする。無人の店内は静止画のようにしか見えなかったが、時を待たずして画面の中で買い物袋を抱えた霧子がドアをくぐってあらわれた。
霧子は首を横に振ったものの、確信している様子はなかった。
「おい、ハロルドくん。なにか見てなかったのか?」
この問いかけにロボットは視線こそ向けたものの、合成音声でなにかを語ることはなかった。
と、そこへ輝彦がカウンターを回り込んでハロルドくんの横に立った。
「そんなふうに訊いても教えちゃくれないさ」
「けどよ……」
「機械には機械のやりかた……流儀があるんだ」
言いながら輝彦はハロルドくんのうなじのあたりと、自分のカバンから取り出した個人端末とを交互に見た。
「緊急事態やむなしってやつですね」輝彦は操作を終えた端末をカウンターの上に置いた。「<特課>のシステムに潜ってとってきました。浅い階層だし、痕跡も消したからたぶん大丈夫ですよ」
端末の画面にあらわれたのは、コップとピッチャーをそれぞれの手に持つ映像だった。輝彦が再生ボタンを押すと、ピッチャーから出た水がコップへと注がれている。その所作を行う手は妙に光沢があり、作り物のようだ。
コップが水で満たされると、カメラの視点が上へと移動した。どこか見覚えのあるカウンターが映り、次いで馴れ親しんだ<サムソン&デリラ>の店内の様子が映し出される。カメラのアングルはまったく上下にぶれないまま右に転回すると、まるで空を滑るように前へと進んだ。
そこに、三人がよく知る白い姿があった。
「トリガー!」画面越しにも関わらず、霧子がつかみかからんばかりのいきおいで言う。
「ハロルドくんの視界の映像です。目がカメラになってたみたいですね。けどまさか、動体センサーだけじゃなくて録画機能までついていたとは。けど、そのおかげでこうして手がかりが――」
そこで輝彦は口を噤んだ。はじめから黙っていた霧子と勇三は目を見張った。
スツールが倒れたのだろう、トリガーがハロルドくんの視界からカウンターの陰へと消えていったのだ。カメラがカウンター越しに床を覗きこむような動きをすると、床の上を起き上がろうとするトリガーの姿を捉えた。どうやら大きな怪我を負った様子はなさそうだ。
だが起き上がって周囲をきょろきょろと見渡すトリガーの姿に、一同はつこうとしていた安堵のため息を思わず呑み込んだ。普段はぴったりと閉じていた彼の口は半分開き、そこから垂れた舌がふるふると宙をさまよっていたのだ。
(まるで犬みたいだ)勇三は思った。(そう、本物の犬みたいだ……)
それからトリガーは店の中を突っ切ると、正面のドアへと向かった。後脚だけで器用に立つと、前脚で扉を掻きはじめる。
勇三ははじかれるように自分が入ってきたドアのほうを振り返った。当然そこに、自分たちの<コープス>のリーダーの姿はない。
霧子は画面に視線をそそぎながら、両手を強く握りしめていた。まるでそうしていれば、映像の中のトリガーがドアを離れてカウンターのほうへと戻ってきてくれると思っているかのように。
しかし三人が見守るなか、トリガーの前脚がドアノブに引っかかり、店の扉は外の世界へと通じてしまった。
ふたたび四本足で立ったトリガーが、こちらを振り返る。彼が発したのは人間の言葉ではなく、短い吼え声だった。それまで些細な音を拾っていたであろうにも関わらず、勇三はここにきて初めて、ハロルドくんに録音の機能も備わっていることに気づいた。
やがてトリガーは店を出ると、ドア枠の陰へと姿を消した。
輝彦が映像をサーチで早回しする。無人の店内は静止画のようにしか見えなかったが、時を待たずして画面の中で買い物袋を抱えた霧子がドアをくぐってあらわれた。
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