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第七章・世界は優しい嘘に包まれて
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実際のところ、<サムソン&デリラ>でスツールに腰かけて待っていた霧子は予想していたよりもはるかに深刻な様子だった。
その表情を目に、勇三は電話越しに皮肉を口走ってしまったことを密かに悔やんだ。
こちらの来訪にも一瞥を向けただけで、すぐにカウンターの上に視線を戻してしまう。トリガーの姿を求めて店の中をあちこち探し回ったのだろう、椅子の一部は横倒しになり、奥のトイレの扉や畳敷きの休憩室に通じる引き戸は開けっぱなしだ。
勇三は短いため息をつくと、乱れて並んだテーブルのあいだを通って、<グレイヴァー>としての覇気が削げ落ちた横顔を見せる少女へと近づいた。
「いきなり連絡しといて……そんでいきなり切るんじゃねえよ」
つい文句が口をついて出る。そんな勇三の肩を、追いついてきた輝彦がつかむ。
勇三は痒くもないこめかみを掻くと、今度は幾分長めにため息をついた。
「で、トリガーがいなくなったんだって?」勇三は言いながら、霧子の隣のスツールに座った。「おれたち以外に誰かと連絡とったのか。ほら、高岡とかさ?」
「連絡がついたところで、<特課>は<グレイヴァー>にすすんで協力してくれるわけじゃない。それに、こんなことがあの日下の耳にでも入ったら……」
「日下? 誰だ、それ?」
「会社にはどうなんです? 連絡は?」勇三の質問に霧子が答えるよりも先に、輝彦がそう訊ねた。
霧子は首を横に振ると、「会社だって同じさ。輝彦ならわかるだろう、あそこの連中こそわたしたちを消耗品としか見てない。助けを求めるだけ無駄だよ」
「そうかもしれませんけど……」
輝彦はそのまま押し黙ってしまった。彼も会社とやらに対して思い当たる節があるのだろうか。ここでも、なにも知らないのは勇三だけだった。
途方に暮れる三人をよそに、どろりとした時間だけがただ緩慢に過ぎていく。こうしているあいだも、トリガーはどこかをさまよっているのだろうか。
「でも、やっぱふらっと出かけただけじゃねえの?」自身も半信半疑のまま、勇三はそう切り出した。「ちょっと外の空気を吸いたくなったとかでさ」
窺うように見ると、霧子はゆっくりと首を横に振った。もはや先ほどの電話口でのいきおいすらそこにはない。それから彼女は、カウンターの上に置いてあったものを取り上げた。
それまで霧子にばかり注目していた勇三は、はじめてその存在に気づいた。
受け取ったのは、トリガーがいつも身に着けている首輪だった。
本来ならば逆三角形の銀プレートの頂点ふたつに取り付けられている黒い革製のベルトのひとつが、ナスカンごとねじ切れていた。
銀プレート自体はずしりと重く、おそらくこれを支え続けていたために金属疲労が起きたのではないか。成犬とはいえ、普段トリガーはこれほどのものを抱えて生活していたというのか。
「そこに落ちてたんだ」
輝彦に首輪を渡しながら霧子が指さす先を振り返ると、荒れた店内の床の上でトリガーの定位置であるスツールが倒れていた。
根元に錆が浮いてぽっきりと折れたスツールを見て、遅まきながら勇三にもようやく事情が飲み込めてきた。
その表情を目に、勇三は電話越しに皮肉を口走ってしまったことを密かに悔やんだ。
こちらの来訪にも一瞥を向けただけで、すぐにカウンターの上に視線を戻してしまう。トリガーの姿を求めて店の中をあちこち探し回ったのだろう、椅子の一部は横倒しになり、奥のトイレの扉や畳敷きの休憩室に通じる引き戸は開けっぱなしだ。
勇三は短いため息をつくと、乱れて並んだテーブルのあいだを通って、<グレイヴァー>としての覇気が削げ落ちた横顔を見せる少女へと近づいた。
「いきなり連絡しといて……そんでいきなり切るんじゃねえよ」
つい文句が口をついて出る。そんな勇三の肩を、追いついてきた輝彦がつかむ。
勇三は痒くもないこめかみを掻くと、今度は幾分長めにため息をついた。
「で、トリガーがいなくなったんだって?」勇三は言いながら、霧子の隣のスツールに座った。「おれたち以外に誰かと連絡とったのか。ほら、高岡とかさ?」
「連絡がついたところで、<特課>は<グレイヴァー>にすすんで協力してくれるわけじゃない。それに、こんなことがあの日下の耳にでも入ったら……」
「日下? 誰だ、それ?」
「会社にはどうなんです? 連絡は?」勇三の質問に霧子が答えるよりも先に、輝彦がそう訊ねた。
霧子は首を横に振ると、「会社だって同じさ。輝彦ならわかるだろう、あそこの連中こそわたしたちを消耗品としか見てない。助けを求めるだけ無駄だよ」
「そうかもしれませんけど……」
輝彦はそのまま押し黙ってしまった。彼も会社とやらに対して思い当たる節があるのだろうか。ここでも、なにも知らないのは勇三だけだった。
途方に暮れる三人をよそに、どろりとした時間だけがただ緩慢に過ぎていく。こうしているあいだも、トリガーはどこかをさまよっているのだろうか。
「でも、やっぱふらっと出かけただけじゃねえの?」自身も半信半疑のまま、勇三はそう切り出した。「ちょっと外の空気を吸いたくなったとかでさ」
窺うように見ると、霧子はゆっくりと首を横に振った。もはや先ほどの電話口でのいきおいすらそこにはない。それから彼女は、カウンターの上に置いてあったものを取り上げた。
それまで霧子にばかり注目していた勇三は、はじめてその存在に気づいた。
受け取ったのは、トリガーがいつも身に着けている首輪だった。
本来ならば逆三角形の銀プレートの頂点ふたつに取り付けられている黒い革製のベルトのひとつが、ナスカンごとねじ切れていた。
銀プレート自体はずしりと重く、おそらくこれを支え続けていたために金属疲労が起きたのではないか。成犬とはいえ、普段トリガーはこれほどのものを抱えて生活していたというのか。
「そこに落ちてたんだ」
輝彦に首輪を渡しながら霧子が指さす先を振り返ると、荒れた店内の床の上でトリガーの定位置であるスツールが倒れていた。
根元に錆が浮いてぽっきりと折れたスツールを見て、遅まきながら勇三にもようやく事情が飲み込めてきた。
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