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第七章・世界は優しい嘘に包まれて
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「すまない、ちょっと立て込んでて」輝彦は言った。
「だったらかけなおしたらどうだ?」男は返答に不機嫌さを隠そうともしない。
「そうもいかなくてな、緊急事態なもんで。だからどうしてもいま、あなたに訊いておきたいことがあるんだ」
輝彦は端末からあげた顔をふたりに……とくに霧子に向けた。
ここからは自分が話す。そう視線で訴えられ、勇三たちは頷いた。
「ならさっさと用件を言ってくれよ。こっちも暇じゃないんだ」男が急き立てるように言った。
「ありがとう。実はこっちで所有している、ある装置のことについて訊きたいんだ」
「どんな形だ?」
「本体は金属製。一辺の長さは二十センチ前後。三角形で銀色をしている。それに黒革のベルトが繋がっていて――」
途端に男が受話口から離れた。ただし今回は他の誰かと話すためではなく、すぐ近くでキーボードを打つ軽やかな音が聞こえてきた。
「開発コードは? 裏面の最初に刻印されてるはずだ」
「X―000964Q」輝彦はさきほど勇三たちに説明するときに話した英数字を繰り返した。
「ちょっと待ってろ」ふたたび男の声とともに、今度はさらに長めに打鍵音が響いた。「ああ、これか。ベルトのほうは知らないが、確かにその本体、金属の部分はたしかにおれが三年前作ったものだ。で、これがどうした?」
「この装置がなんなのか、詳しく教えてほしい。こっちの事情はあまり教えられないが」
「いいよ。事情なんて訊きたくもないね。これでも訳ありの顧客ばっかり扱ってるからな。詮索屋がどんな目に遭うかも知ってるつもりだ。ただ、参考までに訊くけど、おたくらはこの装置の開発を依頼したスーツ連中のお仲間かなんか?」
「まあ、そんなところかな」
輝彦は曖昧に答えた。男が言っているスーツ連中というのは、<特務管轄課>のことでまず間違いないだろう。
「なるほどね。で、さっき騒がしい女の子が犬の首輪と言っていたが……じゃあ装置はまだあの犬に取り付けられてるのか?」
「そうだ」答える輝彦は、男がトリガーの存在を知っているような口調にも動じていなかった。
「なるほど。じゃあ、そいつについて話してやるよ。難しいけど詳しい説明と、短くて簡単な説明ならどっちがいい?」
「詳しい説明を手短に。あんたならそれができそうだ」
「おまえこそよく『口が上手い』って言われないか? まあいいだろう。そいつはチューナー、いわば調整器だ」
「調整器? なにを調整するんだ?」
「概念の話になるが……まあ便宜上こう言っておこうか。『魂』さ」
輝彦が一瞬、口をつぐんだが、すぐに驚きを隠してこう続けた。
「魂? そんなものが本当にあると?」
「おれだって信じちゃいないさ。自我、あるいは魂なんてものは、要するに連続した感情の働き……つまり情動と記憶とが交差してできた錯視みたいなもんだ。経糸と緯糸で織ったモザイク柄のタペストリーってとこか。しかもその織物は端のほつれた代物で、簡単に解けちまう。だからつかみどころがない。こいつがおれの持論だ。
ところがその前提条件はあるとき半分覆されちまった。おたくらの仲間がここを訪れたときにな。連中はおれにこう言ったんだ。『動物の身体に人間の人格を再現できる装置を作れ』ってな。耳を疑ったよ。ただ冗談を言ってるようにも、ドリトル先生みたいに動物さんともっと仲良くしたい、なんて夢物語を抱いてるわけでもないことはすぐにわかった。なんてったって相手は政府直属の一部門で、然るべきコネクションを通じておれに接触してきたんだからな」
「だったらかけなおしたらどうだ?」男は返答に不機嫌さを隠そうともしない。
「そうもいかなくてな、緊急事態なもんで。だからどうしてもいま、あなたに訊いておきたいことがあるんだ」
輝彦は端末からあげた顔をふたりに……とくに霧子に向けた。
ここからは自分が話す。そう視線で訴えられ、勇三たちは頷いた。
「ならさっさと用件を言ってくれよ。こっちも暇じゃないんだ」男が急き立てるように言った。
「ありがとう。実はこっちで所有している、ある装置のことについて訊きたいんだ」
「どんな形だ?」
「本体は金属製。一辺の長さは二十センチ前後。三角形で銀色をしている。それに黒革のベルトが繋がっていて――」
途端に男が受話口から離れた。ただし今回は他の誰かと話すためではなく、すぐ近くでキーボードを打つ軽やかな音が聞こえてきた。
「開発コードは? 裏面の最初に刻印されてるはずだ」
「X―000964Q」輝彦はさきほど勇三たちに説明するときに話した英数字を繰り返した。
「ちょっと待ってろ」ふたたび男の声とともに、今度はさらに長めに打鍵音が響いた。「ああ、これか。ベルトのほうは知らないが、確かにその本体、金属の部分はたしかにおれが三年前作ったものだ。で、これがどうした?」
「この装置がなんなのか、詳しく教えてほしい。こっちの事情はあまり教えられないが」
「いいよ。事情なんて訊きたくもないね。これでも訳ありの顧客ばっかり扱ってるからな。詮索屋がどんな目に遭うかも知ってるつもりだ。ただ、参考までに訊くけど、おたくらはこの装置の開発を依頼したスーツ連中のお仲間かなんか?」
「まあ、そんなところかな」
輝彦は曖昧に答えた。男が言っているスーツ連中というのは、<特務管轄課>のことでまず間違いないだろう。
「なるほどね。で、さっき騒がしい女の子が犬の首輪と言っていたが……じゃあ装置はまだあの犬に取り付けられてるのか?」
「そうだ」答える輝彦は、男がトリガーの存在を知っているような口調にも動じていなかった。
「なるほど。じゃあ、そいつについて話してやるよ。難しいけど詳しい説明と、短くて簡単な説明ならどっちがいい?」
「詳しい説明を手短に。あんたならそれができそうだ」
「おまえこそよく『口が上手い』って言われないか? まあいいだろう。そいつはチューナー、いわば調整器だ」
「調整器? なにを調整するんだ?」
「概念の話になるが……まあ便宜上こう言っておこうか。『魂』さ」
輝彦が一瞬、口をつぐんだが、すぐに驚きを隠してこう続けた。
「魂? そんなものが本当にあると?」
「おれだって信じちゃいないさ。自我、あるいは魂なんてものは、要するに連続した感情の働き……つまり情動と記憶とが交差してできた錯視みたいなもんだ。経糸と緯糸で織ったモザイク柄のタペストリーってとこか。しかもその織物は端のほつれた代物で、簡単に解けちまう。だからつかみどころがない。こいつがおれの持論だ。
ところがその前提条件はあるとき半分覆されちまった。おたくらの仲間がここを訪れたときにな。連中はおれにこう言ったんだ。『動物の身体に人間の人格を再現できる装置を作れ』ってな。耳を疑ったよ。ただ冗談を言ってるようにも、ドリトル先生みたいに動物さんともっと仲良くしたい、なんて夢物語を抱いてるわけでもないことはすぐにわかった。なんてったって相手は政府直属の一部門で、然るべきコネクションを通じておれに接触してきたんだからな」
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