ReaL -墓守編-

千勢 逢介

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第七章・世界は優しい嘘に包まれて

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「で、作ってみせたと?」輝彦は訊ねた。
「その結果は、おたくらのほうがよく知ってるんじゃないのか? 実際苦労の連続だったよ。人格云々の前に身体はただの成犬だ。脳の機能も違えば根本的な働きも違う。別にどっちがすぐれてるかの話じゃないぜ、要はディーゼルエンジンとガソリンエンジンの違いみたいなもんさ。おまけに発話機能の付加と小型軽量化、外科手術無しに着脱ができるようにとまで注文に乗ってるんだ。だが、なんとかやり遂げたよ。おれもあの犬……トリガーっていったっけ?……も成功のために危ない賭けをしたのは一度や二度じゃなかった」

 勇三は思わず霧子を見た。
 自分や輝彦よりもずっとトリガーと付き合いの長い彼女は、このことを知っているのだろうか。だが端末をじっと見据える少女の横顔からは、なんの感情も読み取ることができなかった。

「さっき前提条件を半分覆されたって言ったな」男は続けた。「そいつをしでかしてくれたのはトリガーだったが、おれの持論を身をもって証明してくれたのもまたトリガーだった。
 要は交差する情動と記憶だ。目の前の実験体……失礼、犬の生い立ちなんて知る由もなかったが、おれはそいつを出発点に実験と研究、それに開発をはじめた。とにかく手探り状態、手あたり次第だったよ。知ってるか、とある国の女はたった一枚の絨毯を一生をかけて織るってやつ? 彼女たちほどじゃないが、おれだってそれなりに根を詰めたんだ」
「けど、そのおかげでトリガーはまたわたしと話せるようになった」そう言ったのは霧子だった。「ありがとう」
「よせよ」スピーカー越しに、男が鼻をすする。「その装置はな、色々心残りなんだ。もっと改良の余地はあったし、なによりひとりのエンジニアとして、おれは結果を見届けることができなかった。というのもおたくらの仲間のスーツの連中と、一緒にやってきたナントカって学者が装置ごとトリガーを連れ去っちまったんだからな。おれが知ってるのはそれだけさ。とにかく学者のほうは鼻持ちならないやつでな。おれのほうを見向きもしなかった」
「日下だ……」

 霧子がその名前をふたたび口にするのを、勇三は今度も聞き逃さなかった。

「なるほど、つまりあなたが知ってるのはそこまでというわけだ」輝彦はこう続けた。「ところで、これは仮の話なんだが……もしもその調整器が装着者からはずれてしまった場合、どんな弊害が起きるんだ?」
「そいつは、適切な処置を行わない場合でか? つまり故意にはずされたか、あるいは偶発的にはずれたか、ということだが? ああ、これも当然仮の話だとしてだ」

 男の密約めいた声に、三人のあいだで不穏な空気がたちこめる。

「アクシデントではずれてしまった場合を想定してほしい」輝彦が答える。
「だとすれば弊害なんて生易しいもんじゃない、ほとんど大問題だ。いいか、魂は端のほつれた織物と言ったが、そいつはあながち的外れな表現ってわけじゃない。情動も記憶もごく短い瞬間の積み重ね、連続性だ。だからこそ一定の形を持たないし、だからこそ変容し続ける。調整器はそんな織物の端を仮止めするような装置なんだ。装着者の大脳と、装置とのあいだで膨大な情報のやりとりをして、まばたきしているあいだに無数のセーブとロードを繰り返しているんだ。パソコンを使ってるときに落雷やら停電やらで電源が突然起きたら、ハードディスクの中身はどうなると思う?」
「クラッシュ……」輝彦の声がにわかに震える。
「そう。しかも存在しようがしまいが、魂ってのは一回性のもの。つまり代えのきかないものだ。少なくとも完全な形に復元するのはまず不可能だろうな」
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