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ダメ聖女

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王宮内に用意された聖女用の豪華絢爛な部屋に、ネグリジェに着替えさせられたイブが寝ている。

豪華なベッドで眠るイブの手首をとってビクターが脈をはかるのをニナとアーサーが見守った。


「ビクター先生、聖女様の容態は……」

「このビクターにお任せを、お嬢さん」


ビクターと共にやってきたネオは、眉を顰めながらイブの額に手を当てた。ビクターは触診を終えて、アーサーの前に立った。


「殿下、人払いをお願いします。明日の朝まで誰もこの部屋に寄せないでください」

「わかった。後は頼んだよビクター。行こうニナ」

「いえ、私が寝ずに付き添いを!」


目に涙を浮かべたニナが食い下がるが、その背をアーサーが優しく押す。


「大丈夫だよ、ニナ。庭師君がいる」


ニナがネオに視線を向けると、ネオが静かに頷いた。


「僕が夜通し傍にいます」

「そうよね、聖女様もその方が心強いはず」


ネオの返事を確認したニナは涙を拭いて、アーサーと共に部屋を出た。


静かになった部屋で、眠るイブを見つめて立ち尽くすネオに向かって


ビクターが重い口を開いた。


「祈り後の意識消失は発作の一部だ」

「発作ですか。今まで何もなかったのに」

「この発作は出る時と出ない時が無作為にあって、晩年になるほど頻発する」


イブばかりみていた顔を上げて、ネオはビクターを見つめた。


「晩年、とは?」


ネオの視線に耐え難いビクターがグレイヘアをわしゃわしゃとかき乱す。ビクターが聖女を医師として診て来た経験を、弟子に授ける。


「フィリアと前聖女様では命が削れる度合いがまるで違った。

消費割合が違うんだ。

例えば一度の雨に対して、

前聖女様が捧げる命が『一か月』だとすると

フィリアは一度の雨に『一年』を捧げなくてはいけない」

「一年も……」

「誰にも計測できないことだが、長年聖女様と共にやって来た私の肌感覚だ。

だから前聖女様は比較的長く聖女を務められ、とても優秀だと言われた」


ベッドの横に置かれた椅子に、ネオがストンと落下するように座り込んだ。


「イブが一度の雨に消費する命が

まさか『五年』や『十年』なんてことは」


ネオの青ざめる顔を見て、ビクターは渋く頷いた。


「ありえる話だ」


ネオは両手で顔を覆って絶望を噛みしめた。


「聖女様のお命がいつ尽きるかは、誰にもわからない。

歴史的に見て、ひどく短命な聖女がいたこともある。

その方は亡くなってからも……

『ダメ聖女』と、呼ばれたそうだ」


くったりと眠るイブの手に触れようとしたネオの指先が、怒りに震えた。

    
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