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犠牲

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「聖女の力は多くのために、か弱い一人の女性を犠牲にすることを強います。

世の中はそれを当然として、感謝さえしないのですね」


ネオはイブの手を握って、どこにもぶつけられない怒りを吐露する。


「神から与えられたはずの聖女の力は、なんて馬鹿げているのでしょうか」


眉を顰めて苦い顔をしたビクターは荷物をまとめて立ち上がった。


「生贄のように聖女を差し出すくらいなら、水に飢えたまま皆で仲良く滅びるべきだった。

それが自然だったはずだ」


フィリアはこの発作と戦いながら、命を削っていった。雨を降らせる義務を拒むことなど、できなかった。


聖女は、国の犠牲者だ。


「聖女の力を与えるなんて、神は余計なことをしてくれた」


ビクターはベッドをぐるりと回り、ネオの側に立って弟子の頭をぽんぽんと叩く。


「だが、今はお前が成果を上げたリンゴの件がある」


ネオがイブの手を握ったまま顔を上げると師匠は皺を深くしてにっかり笑った。


「殿下も協力的な今、雨を求められる回数を減らすことは可能なはずだ。

フィリアの時より、できることは確実に増えている」


時代が進み、状況は変わっている。ビクターは確実な変化に希望を感じていた。


「我々で聖女様をお守りするぞ」


返事のないネオの頭を片腕に抱きこんで、ビクターは耳元に囁く。


「弟子よく聞けよ、発作は目が覚めてからが本番だ」

「まだ続くんですか?どんな症状が?」

「まあ最初だからそれほど難易度も高くないだろう」

「僕は何をすればいいんですか先生」


やたらと距離の近いビクターにネオの赤目が縋る。


「聖女様の要望に全力で応えてあげなさい」


ビクターは厭らしい顔をして、皺を刻んだ口端をニヤリと歪めた。


「後はお前の腕次第!!ってな!」


ガハハハと品なく笑ったビクターはネオを残して、部屋を後にした。


      
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