海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第一章 風子と小さなご褒美

脱退者

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 紗理奈さんのカフェ「豆の木」から、海開きしたばかりの白良浜を横目に徒歩25分。

 宗一郎さんの背中を追って黙々と歩き通した私は、海外リゾート風のお洒落な平屋を前にしていた。明度の高いスカイブルーの壁面に圧倒されながら、感嘆の息が漏れる。

「こ、ここが海街メゾン……?」

 門をくぐった宗一郎さんは、緑のガーデンを颯爽と通り抜け、サーモンピンクのアーチ型扉を開けた。底抜けに明るく優しい色の取り合わせの家に気持ちまで明るくなっていく。

 家賃が無料と聞いていたのでどんなボロ家かと覚悟していた。だが白良浜に似合うリゾート感満載の平屋に胸が高鳴ってしまう。

 宗一郎さんに招かれてリビングにお邪魔する。私はリビング全面の大窓に思わず駆け寄った。

「うわぁーすごい!オーシャンビュー!」

 白良浜沖の深いエメラルドグリーン色が広がる窓の外に目を奪われる。騒ぐ私を気にも留めない宗一郎さんは淡々と説明する。

「リビング、キッチン、風呂トイレは共用や。掃除当番も順番に回ってくるで」

 宗一郎さんの説明を小耳に入れつつ、私はリビングのインテリアを見回した。

 まず存在感があるのが檜の大型リビングテーブル。それから柔らかそうな大きいソファに、文庫本が詰まった本棚のパステル色にも目が惹かれる。

 リビング中央に敷かれたふわふわラグの上には、大小さまざまなビーズクッションたちが、寛いでねと誘っている。

「めちゃくちゃ素敵なインテリアですね!」
「インテリアはようわからんから、居心地ええようにだけ配慮してくれって言うて紗理奈に依頼したんや」

 豆の木カフェを見れば、紗理奈さんの飛び抜けたインテリアセンスは証明されている。ここも紗理奈さんのデザインかと思えば大いに納得した。

「ここって、宗一郎さんが住んでる家ですよね?」
「せやで。海街メゾンって名前やけど、実際は俺の家や」

 私は高級リゾートっぽい空間のど真ん中で、腕組みしながら立つ宗一郎さんをちらりと見た。

「でも宗一郎さんって……あんまりこの家が似合いません、よね?」
「俺もそう思うけど、よう言うたな。ええ度胸や」

 じろりと鷹の目が私に向いた。だが、宗一郎さんはふっと笑っただけで窘めるでもなく、私に背を向けた。冗談には寛容なようだ。彼はそんなに怖い人ではないと確信する。

「もし風子が住むならこの部屋やで」

 廊下の手前、宗一郎さんに案内された個室は八畳で、ダブルベッドでどんと埋まっていた。コットンサテンのローズクォーツカラーシーツが敷かれたベッドは、高品質の眠りを約束している。

「ベッドしかないんですが……」
「個室は寝るところや。リビングで何でもしたらええよ」

 個室には鍵があり、まさに寝室、と呼ぶにふさわしい部屋だ。海街メゾンでは寝る時以外はリビングにいることになりそうだった。

 でもあの素敵なリビングにならいつまでも居たいから平気だろう。個室クローゼットは私が横になって眠れそうなくらい広かった。

 海街メゾンはどこを見ても一棟貸のホテルかと見紛うようなクオリティだった。

 海街メゾンを一周し終えた私は、ソファに身体を沈めた。ソファに抱きしめられる感覚にほわっとしていると、他の個室がある廊下の奥からやや猫背の男性が現れた。私と同じ年くらいだ。

「宗さん、ちょっと話してもいいですか」
「ああ、ええよ。風子ここで待っといてや」

 猫背の男性に呼ばれて、宗一郎さんは奥の部屋へ消えて行った。私は誰の目もないのをいいことにラグに寝転んだ。ごろごろしながらビーズクッションを抱きしめて、大窓から青空を眺める。

「ここ、贅沢だな……」

 リゾート気分を満喫していると、静かだった海街メゾンに男性の声が響いた。

「もう無理ですってば!」

 猫背の彼の声だろう。私はビーズクッションを抱いたまま飛び起きて座り込み、つい聞き耳を立ててしまう。

「スマホ一日2時間、生活費制限、クレカ処分ってもう無理です!他にもルールばっかりで何なんですかここはもう、牢獄ですよ!オレは囚人じゃないんですよ?!」

 彼が発するルールらしきものを聞いて、反射的に何だそれはと顔が歪んだ。一人暮らしで自由を謳歌してきた私に、厳しすぎる縛りの数々。彼が囚人の扱いだと思うのも無理はない。

 紗理奈さんがエグいところと言った意味がちょっとわかった。

 取り乱す彼に対応する、宗一郎さんの静かな声が聞こえてくる。

「あたり前や。囚人なわけないやろ。俺は人権を侵すようなことはせえへん。前も説明したけど、まず枠の感覚に慣れるんが大事なんや」
「宗さんは立派です。わかってます。でも誰もが宗さんみたいになれないんですよ。オレは……ダメなんです」
「自分にそんなこと言わんでええ。暮らし方なんて習ったことないんやから、最初は誰でも窮屈に思うもんや。だからもうちょっと長い目で」
「オレはもう耐えられないです……これ肩代わりしてもらった借金返します」

 言い合いの声にいてもたってもいられず、私は立ち上がって廊下の影からこそっと二人を覗き見た。

 猫背の彼は宗一郎さんに封筒を押し付けていた。宗一郎さんが眉を顰めた。

「これ、どうしたんや」
「……借りました。キャッシングで」
「そんなことしたらまた」
「もういいんです!とにかくこれでルールは守りましたから、出て行かせてもらいます。お世話になりました」

 猫背の彼がキャリーケースを引きずってこちらへ歩いてくるので、私は慌ててビーズクッションが待つラグの上に戻って正座した。

 彼は私を見もせずに玄関へと消えて行く。

 隈が濃い彼の横顔に浮かぶ沈痛さが、海街メゾンの厳しさを雄弁に物語っていた。

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