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第二章 風子と小さな図書館
同居人
しおりを挟むしとしとと雨が硝子窓を打つ朝のリビングで、私は海街メゾンの同居人と語らっていた。
「ほんと宗ちゃんは鬼だよ、鬼!」
檜のテーブル席で縮毛矯正黒髪ロングの女子高生、莉乃ちゃんが興奮気味に言った。
「わかる……覚悟してきたつもりだったけど、相当キツいよねこれは」
私は朝食のトーストをかじりながらしみじみと返答する。
「風子ちゃんはまだ三日目でしょ。私なんてもう一年だから」
「すごい……尊敬しちゃう」
海街メゾンに引っ越して来て三日だが、私はすでにこのルールばかりの家に疲弊し始めていた。莉乃ちゃんはコップに入れた牛乳をぐいと飲み干してぷはっと息を吐き出す。
「現役女子高生がガラホとかありえる?!」
莉乃ちゃんは二つ折りになった携帯電話、通称ガラホを突き出す。私もポケットからガラホを取り出して見せ合った。メゾンに入居した日に宗一郎さんに配布されたものだ。私も張り切って同調する。
「私なんて25歳だよ莉乃ちゃん!シニア向けなのにこの携帯!」
「ほんとそれ!私たちまだ若いんだけど?!ここ海街メゾンじゃなくて、監獄メゾンだから!」
莉乃ちゃんのナイスワードチョイスに、私たちは思わず大笑いしてしまった。笑わないとやってられないとお互いにわかっている。
ガラホは電話とメールなど最低限の連絡しかできず、検索やSNSをするものではない。携帯、の文字通り持ち運べるただの電話だ。
宗一郎さんから外出する際はガラホを使えと指示された。
私が今まで使っていたスマホは宗一郎さんが預かり、リビングの棚の中にある暗証番号付き金庫に収められている。
夜のくつろぎタイムになると、宗一郎さんが金庫からスマホを出して返却され、2時間きっかりだけ使える。宗一郎さんは無慈悲なほど正確に時間を計る。
「はい、終わりやで。金庫に戻しや」
終了を告げる揺るがない声を、今聞いたかのように思い出せる。宗一郎さんの時報が鳴ればスマホは没収。ルールは物理的に執行される。
メゾンには令和の現代人にとって過度に厳しいルールがいくつもある。やめたくなるが、否が応でもルールに従うよう、宗一郎さんが半端ない精度で環境設計しているのだ。
私と一緒に大いに笑った莉乃ちゃんは、テーブルに肘をついてはぁと息をついた。
「私、高校で友だちに携帯見せる度に笑われるんだよ」
「え、それが原因でハブられたり……?」
「いやまあ……意外とみんなそういうことはしない。連絡はガラホにメールしてくれて、レトロ可愛いってストラップくれたりする。ほらこれ」
莉乃ちゃんのガラホにはパンダのマスコットがついていた。莉乃ちゃんはパンダを指先でつんつんと弄る。
「でもやっぱりカワイイスマホカバー着けて持ち歩きたい!いつでもどこでもSNS見たい!好きな動画見まくりたい~!」
「それはそう!でも宗一郎さんが……」
「そう、あのきっつい目がずっと見てるんだよね……宗ちゃん目力エグいんだよ。ストレスすぎる」
セーラー服をまとった莉乃ちゃんと一緒に肩を落としていると、後ろからやわらかい声がかかる。
「ごめんねぇ、僕が借金まみれなばっかりにここに住まないといけないから……」
私と莉乃ちゃんがそろって振り返ると、てっぷり太った達也さんがしょんぼり背中を丸めて立っていた。
達也さんは莉乃ちゃんのお父さんで、シングルファーザーだ。
気弱そうに太い眉を下げた達也さんは、居心地悪そうに微笑む。
海街メゾンにいる人はみんな借金持ちだ。お父さんの達也さんの借金が原因で、莉乃ちゃんは堅苦しいメゾンでの生活を強いられている。莉乃ちゃんが棘のある声で言う。
「お父さん、早く借金返してよ。ここ早く出たい……!」
「うん、ごめんね。がんばるから。はい、これ莉乃のお弁当。今日は雨だから車で送るよ」
莉乃ちゃんは達也さんが手渡したお弁当をひったくるように受け取り、出発の準備をするために自室へ戻った。達也さんは莉乃ちゃんの朝食のお皿をキッチンで洗ってから、まだ座ったままの私に挨拶してくれる。
「じゃあ風子ちゃん、僕は莉乃を送ってから仕事に行くね」
「達也さん、いってらっしゃいです」
私が立ち上がって見送ろうとすると、達也さんが振り返る。
「風子ちゃん、ここの生活、慣れるまですごく大変だと思うんだ。だから、よかったら何でも言ってね」
「何でも、とは?」
「僕は僕のことで精一杯だから、何も助けてあげられないと思う。でも愚痴くらい言い合おうよってこと!」
仏のようにおおらかな笑顔で、達也さんは新入りの私のことを気にかけてくれる。
海街メゾンの住人は、管理人の宗一郎さんと、達也さん父娘、そして私の四人だ。
達也さんと莉乃ちゃんに出会ってまだ三日だが、宗一郎さんルールへの不満を吐き出し合うことで一気に距離が縮まった。こういうとき、愚痴は便利なツールなのだ。
「ありがとうございます、達也さん」
「こっちこそありがとうだよ。莉乃が朝食で笑うのなんて久しぶりに見たんだ。風子ちゃんが来てくれたおかげ。仲良くしてくれると嬉しいよ」
「こちらこそです!」
明るくそう言うと、達也さんはいってきますと笑いながら玄関へ向かう。海街メゾンは強烈に窮屈だ。なのに、一人で暮らしている時より、笑う回数が増えたのが不思議だった。いつでも誰かいる家は、私にとって意外と悪くなかった。
自室から鞄を持って現れた莉乃ちゃんは、達也さんを追い越しながらぼそりと言う。
「お父さんのこと、友だちに見られたくない。送るのは学校の近くまででいいから」
「わかってるよ」
莉乃ちゃんは達也さんのたるんだ体型が嫌で、同級生に見られたくないそうだ。毎日娘のために働いて、家事をこなしてお弁当まで作っているというのに、莉乃ちゃんの対応はなかなか渋い。
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