海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第二章 風子と小さな図書館

レファレンス

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「カフェの写真集とか、カフェ経営者のエッセイとか、レシピみたいなのもありますよ。どのへんがピンときますか?」

 私は榎本君の隣に同じようにしゃがみ込み、カフェの写真がたくさん載った本をぺらぺら捲ってみた。

「インテリアかわいい~デザートおいしそう~え、宗一郎さんが読めっていう本ってこんな感じの……見てるだけで楽しいのとかで良いんですか?」

 隣で一緒にしゃがむ榎本君に聞くと、彼はくすくす笑った。

「宗さんは本の中身に文句を言いませんよ。本、ってものに触れる機会を作りたいだけだと思いますから」

 榎本君は立ち上がって、次々に本を出して四角い閲覧テーブルの上に並べてくれた。

 私は素敵なカフェの写真の表紙や、装丁が愛らしい本に目が惹かれた。その中でも薄青色を基調にした幾何学模様の文庫本にすっと手が伸びた。

「この本すごく可愛い。本って可愛いんですね……知らなかった」
「そうですよね。持っているだけでもお守りみたいでいいですよね、本って」

 榎本君の目が自然と細くなり、嬉しそうに弧を描いた。

 私の肌艶が良くなったと報告したときに、宗一郎さんが無邪気に笑ったときと同じような顔だった。

 これって、好きなものを褒められたときの表情、なのかもしれない。

 榎本君は本が好きで、たぶん宗一郎さんは小さい暮らしで心地よくなる瞬間が好き。

 榎本君は私の本を探すために、棚からまだまだ本を出してきて積極的に並べた。出せば出すほど片づけも大変なのに、一つもめんどくさがらない仕事ぶりだ。

「ぴんと来たものを手に取ってください。最初は手が選んだもので良いですよ。手は意外と何でも知っていますから」

 不思議なことを言うなと思いつつ、言われた通りに榎本君が並べる本を手が赴くままにぱらぱらとめくった。

「ネットの買い物では、手で選ぶとかしっくりくるっていう出会い方はできないので。僕は手で選ぶのを割と信じています」

 榎本君が本を見たまま言うので、私もふんふんと頷きながら本を何度も手に取る。確かにネットでは目で見た雰囲気だけで選ぶから違う感覚だ。私はなんとなく手に持ちたいなと思った本を選んだ。

「この三冊にします」

 海の見えるカフェ写真集と、カラフルクリームソーダのレシピ本、そして青い幾何学模様の名言集の三冊。榎本君はいいですねと微笑んだ。

 私は薄青色の名言集をぺらぺらと捲って、ぱっと目に入った文字を読んだ。

『金持ちの足を引っ張っても、お前の取り分は増えない』
「う……そのとおりです」

 先ほどの私の中でうねっていた感情をぶん殴られた気がした。金持ちを妬むことは無駄以外の何物でもないと正論を突き付けられた。

 榎本君がどうしましたかと、私の開いたページを覗き込む。

「さっき、宗一郎さんがボンボンなことにちょっと僻みなものを感じていて、それで……」
「あー本に説教されたわけですね」
「そうなんですよ……こんなことあります?!」

 私が顔を歪めて言うと、榎本君は堪えきれないように口元を手のひらで覆いながら笑った。

「ありますね」
「え、あるんだ。なにそれ……本って怖い」
「本ってすごいんですよ。なぜか自分に必要な言葉を持ってくるというか、人ってなぜか本の中に自分を見つけてしまうんです」

 私は本を読むことがなかったので、そんな経験をしたのは初めてだ。けれど、榎本君はそういうことはよくあると知っているようだった。

「ぱらぱらと捲っていて、刺されることもあります。でも、たくさん本を読んで、どの本が好きかのラインナップができていくと、本のセレクトの中に自分が浮かび上がりますよ」
「へぇ、すごいですね。なんか占いみたい」
「占いよりずっと精度が高いと僕は思います。同じ本を読んでも、そこから受け取るものは人によって違いますから」

 私は改めて選んだ三冊を眺めた。

 この三冊の中に私がいるのかと思うと、探してみたくなった。本に諭される体験も、新鮮な感覚だ。

「あ」

 出した本を重ねて片づけ始めた榎本君が声を漏らして、手がふと止まった。

「榎本君?」

 私が榎本君の顔を覗き込むと、彼の眉が情けなく下がった。榎本君は手に持った本を見つめて小さく言った。

「だから宗さんは本を読めって言うんだなと思って……」
「私はまだ宗一郎さんが本を読めっていう理由がわからないんですけど、榎本君はわかったんですか」

 榎本君は本を一冊ずつ本棚に戻し始めた。私も重ねた本を持って榎本君の後ろに立つ。片づけを手伝っていると、榎本君がぼそぼそ話してくれる。

「僕、本当はもっと大きい図書館で働きたかったんです。けど、ここしか受からなくて。こんな小さな図書館、誰も来ないし本は少ないしおもしろくなくて……不貞腐れて、ゲーム課金しまくっちゃって。海街メゾンに行ったんですよ」
「ゲーム課金ですか……私もカフェ課金組なので、なんかわかりますよ……」

 榎本君の胸のスカスカを埋めるために行われた課金に、深く共感してしまった。榎本君の隈はゲームのし過ぎで眠れなかったせいか。榎本君は迷いなく着々と本を棚に戻していく。

「本が好きだったのに、ゲームばっかしてるうちに……いつの間にか本を全く読まなくなってました」

 私みたいに好きなものに注ぎこむ人もいれば、好きから外れてとにかく忘れさせてくれる刺激の強いものに課金する人もいるのか。

 でも、衝動の形は同じだ。

 本を戻し終わった榎本君は私を貸出カウンター前に誘導した。

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