海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

文字の大きさ
20 / 56
第四章 風子と小さな休日

広告

しおりを挟む
 
 海街メゾンで暮らし始めて、二ヶ月が経った金曜の夜。

 夕食後、リビングの間接照明の橙色に包まれながらソファに身体を沈める。ラーメン屋のアルバイトにも慣れて、明日は久しぶりに土曜日のお休みだ。

 すでにパジャマ姿の私と莉乃ちゃんは大きなソファで肩を寄せ合って座り、二人で一緒に私のスマホを覗き込んでいた。

「風子ちゃん、明日どこ行きたい?」
「カフェだけは必須」
「風子ちゃんカフェ好きだもんね。おっけ」

 明日は莉乃ちゃんと一緒に遊ぶ約束をしている。白浜には友だちがいなかったので、土曜日に休みが重なると莉乃ちゃんが遊んでくれて助かった。

 莉乃ちゃんは尊敬すべき、海街メゾンの先輩だ。

 白浜近辺で安く、どうやって楽しく遊ぶのかよく知っている。莉乃ちゃんのおかげで白良浜ビーチの攻略法や、近所の温泉巡りにも詳しくなった。

「あんまり遠くには行けないからね」
「ほんそれ。3000円の縛りで、交通費あるのは困る」

 土曜日の朝には、私たちの生活費を一手に管理する宗一郎さんから「娯楽費3000円」が支給される。毎日2000円の食費に加えて3000円だ。私たちは娯楽費の枠の中で最大限に楽しい遊びを考えるのだ。

「莉乃ちゃんは何したい?」
「私はねぇ……」

 二人で一緒に見ていたインスタグラムの画面に、すっと広告が映り込んだ。

 レースがひらりと揺れる夏らしいワンピースが目に留まる。私も莉乃ちゃんも「あ、可愛い」と同時に言ってしまって、顔を見合わせてくすりと笑う。莉乃ちゃんが広告画面を見ながら呟いた。

「私はショッピングモールに新しいワンピース見に行きたい」
「服買うお金あるの?」
「お父さんの娯楽費を奪う!」
「それは酷いんじゃ……」
「いいの!」

 莉乃ちゃんと達也さんの娯楽費は二人で4000円だそうだ。莉乃ちゃんはまだ高校生なので丸々3000円は渡さない。細やかな金銭管理に宗一郎さんの目が行き届いている。

「酷いよ莉乃~」

 リビングの檜テーブルに、缶ビールとおつまみポテトチップス。さらにスマホを並べて晩酌中の達也さんが、ひ弱な声で鳴いた。

「服は買ったばかりだから明日は勘弁して~運転手はするから」

 莉乃ちゃんが達也さんをきっと睨む。

「運転手は当たり前!でもこの前ネットで買った服は、実際着てみたらあんまりだったから、次が欲しいの。メゾンでがんばってるんだから、服くらい買ってよ!」

 莉乃ちゃんは頑張っている。それは疑いようもない。

 女子高生なのにガラホで、一日スマホは二時間だけ。私が莉乃ちゃんの立場なら逃げ出している。達也さんの眉がハの字に下がる。

「ごめんって……でもほんとに今月、服はもう無理で」
「お父さんってマジで甲斐性ない。私だって贅沢したい!」

 達也さんも毎日トラック運転手の仕事をがんばっている。早朝に出て行く日も、帰りが深夜になる日もある。

 けれど、毎朝莉乃ちゃんのお弁当を欠かさず作る。

 しかし、莉乃ちゃんにとってはそれは当たり前だ。私だって、高校生の頃は親がやってくれることは何でも当然だと思っていた。莉乃ちゃんを責められない。

「ごめんってぇ……」

 達也さんは丸い体で背中を丸めてしまう。達也さんの隣で、宗一郎さんはビール片手に文庫本を読んでいる。宗一郎さんは日中にパソコンを2時間使っているので、みんなのスマホタイムには本を読んでいることが多い。

 宗一郎さんが、手に持っていた本をぱたんと閉じる。

「莉乃」

 ピンとした宗一郎さんの声を聞いて、莉乃ちゃんが私の腕にぎゅうと抱きついた。彼に名前を呼ばれて、思わず強張る気持ちは私もわかる。

 宗一郎さんは顔を上げて莉乃ちゃんを鋭く見た。私と莉乃ちゃんは揃ってごくりと息を飲む。

「広告に踊らされるのは止めときや」
「こ、広告?」
「服が欲しいなんてここ一週間一回も聞いたことないで。今、スマホ見てて、ふと思いついただけやろ」

 私は手の中のスマホに煌々と光る広告に目を落とした。

 宗一郎さんは画面を見ていないのに、まるで見られていたように的確だ。莉乃ちゃんもスマホの広告にちらりと視線を移す。

「服は足りてるやろ。他の事して遊び」

 宗一郎さんは枠の番人だ。

 ルールを定めて、その枠内であればお金の使い方に特に関与しない。例えば毎日2000円の食費内なら、総菜弁当でも冷凍食品でも、達也さんみたいにビールとつまみに注ぎこもうと自由だ。

 だが、枠を越えそうな気配にはビシッと物を言う。

 私も本を読む準備がなかったとき、図書館に行って来いと圧をもらった。莉乃ちゃんの広告に乗せられた衝動買いは、宗一郎さんの琴線に触れたらしい。

 宗一郎さんは立ち上がって、ソファの前までやって来て屈んだ。宗一郎さんはソファに座る莉乃ちゃんを真正面に見据える。

「莉乃、何でもええから、作る方に回らなあかんで。そうせな一生広告に踊らされるだけや」

 莉乃ちゃんに向いた言葉だけれど、私にも十分刺さった。

 スマホもテレビも、ありとあらゆる買ってみては?の広告が流れる。広告に踊らされる意味はわかるが、作る方とはどういう意味か。莉乃ちゃんが質問した。

「作るって何をつくるの?」
「何でもええねん。売れるようなもんを作れって言うてないで?日記を書くでも、スマホ写真を撮るでも、下手な歌でもええ」

 作る側、と聞くと難しいように思う。宗一郎さんは続けた。

「作る側には、金を使うのとは全く違う、おもろい感覚があるんや」

 イラストを描いたり、アクセサリーを作ったり、そういうのは上手な人がするプロの領域な気がする。

 けれど、宗一郎さんは日記を書くでも良いと言う。そんな些細なことも、作る側、という判定になるのか。莉乃ちゃんの口をへの字に曲げる。

「宗ちゃんの話は説教臭くてイヤー」
「説教臭くないわ。真っ当な説教や」
「開き直らないでよ!」

 莉乃ちゃんは宗一郎さんからぷいと顔を逸らす。なかなか意志が強い。私はすでに宗一郎さんの弁舌に乗せられかけていた。私は流されやすいのかもしれない。

 しかし近頃、私は宗一郎さんのルールには意味があるとわかってきた。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください

まさき
恋愛
「別れてください」 笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。 三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。 嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。 離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。 ――遅すぎる。三年分、遅すぎる。 幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。

おひとりさまの準備してます! ……見合いですか?まぁ一度だけなら……

松ノ木るな
恋愛
 ストラウド子爵家の長女・エレーゼ18歳はお父様が大好きだ。このままお父様と同じ屋敷で暮らし、いつかお父様を私が看取る、そんな将来設計があるので結婚はしたくない。だがこれでも貴族令嬢、そういうわけにもいかなくて。  ある日、仕方なく見合いに赴くことになったのだが。  見合い相手はプラチナブロンド煌めくひたすら優美な王子様、いや辺境伯の跡取り息子。  見た目も家柄もファビュラスなのに、彼は今までことごとく見合い相手に断られ、挙句エレーゼのところに話が回ってきたという訳あり物件。  この話、断る? 断られるよう仕向ける?  しかし彼は言ったのだ。「こちらの条件のんでくれたら、結婚後、自由にしていい」と。つまり、実家暮らしの妻でOKだと!  名を貸し借りする程度の結婚でいいなんて。オイシイじゃない? で、条件とは何ですの?  お父様だけがもつ“私への無限の愛”しか信じない令嬢エレーゼが、何を考えているのだかよく分からない婚約者エイリークと少しずつ絆を深めていく、日常みじみじラブストーリーです。    ※第4話④⑤、最終話⑧⑨は視点を切り替えてヒーローサイドでお送りしております。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処理中です...