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第四章 風子と小さな休日
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しおりを挟む海街メゾンで暮らし始めて、二ヶ月が経った金曜の夜。
夕食後、リビングの間接照明の橙色に包まれながらソファに身体を沈める。ラーメン屋のアルバイトにも慣れて、明日は久しぶりに土曜日のお休みだ。
すでにパジャマ姿の私と莉乃ちゃんは大きなソファで肩を寄せ合って座り、二人で一緒に私のスマホを覗き込んでいた。
「風子ちゃん、明日どこ行きたい?」
「カフェだけは必須」
「風子ちゃんカフェ好きだもんね。おっけ」
明日は莉乃ちゃんと一緒に遊ぶ約束をしている。白浜には友だちがいなかったので、土曜日に休みが重なると莉乃ちゃんが遊んでくれて助かった。
莉乃ちゃんは尊敬すべき、海街メゾンの先輩だ。
白浜近辺で安く、どうやって楽しく遊ぶのかよく知っている。莉乃ちゃんのおかげで白良浜ビーチの攻略法や、近所の温泉巡りにも詳しくなった。
「あんまり遠くには行けないからね」
「ほんそれ。3000円の縛りで、交通費あるのは困る」
土曜日の朝には、私たちの生活費を一手に管理する宗一郎さんから「娯楽費3000円」が支給される。毎日2000円の食費に加えて3000円だ。私たちは娯楽費の枠の中で最大限に楽しい遊びを考えるのだ。
「莉乃ちゃんは何したい?」
「私はねぇ……」
二人で一緒に見ていたインスタグラムの画面に、すっと広告が映り込んだ。
レースがひらりと揺れる夏らしいワンピースが目に留まる。私も莉乃ちゃんも「あ、可愛い」と同時に言ってしまって、顔を見合わせてくすりと笑う。莉乃ちゃんが広告画面を見ながら呟いた。
「私はショッピングモールに新しいワンピース見に行きたい」
「服買うお金あるの?」
「お父さんの娯楽費を奪う!」
「それは酷いんじゃ……」
「いいの!」
莉乃ちゃんと達也さんの娯楽費は二人で4000円だそうだ。莉乃ちゃんはまだ高校生なので丸々3000円は渡さない。細やかな金銭管理に宗一郎さんの目が行き届いている。
「酷いよ莉乃~」
リビングの檜テーブルに、缶ビールとおつまみポテトチップス。さらにスマホを並べて晩酌中の達也さんが、ひ弱な声で鳴いた。
「服は買ったばかりだから明日は勘弁して~運転手はするから」
莉乃ちゃんが達也さんをきっと睨む。
「運転手は当たり前!でもこの前ネットで買った服は、実際着てみたらあんまりだったから、次が欲しいの。メゾンでがんばってるんだから、服くらい買ってよ!」
莉乃ちゃんは頑張っている。それは疑いようもない。
女子高生なのにガラホで、一日スマホは二時間だけ。私が莉乃ちゃんの立場なら逃げ出している。達也さんの眉がハの字に下がる。
「ごめんって……でもほんとに今月、服はもう無理で」
「お父さんってマジで甲斐性ない。私だって贅沢したい!」
達也さんも毎日トラック運転手の仕事をがんばっている。早朝に出て行く日も、帰りが深夜になる日もある。
けれど、毎朝莉乃ちゃんのお弁当を欠かさず作る。
しかし、莉乃ちゃんにとってはそれは当たり前だ。私だって、高校生の頃は親がやってくれることは何でも当然だと思っていた。莉乃ちゃんを責められない。
「ごめんってぇ……」
達也さんは丸い体で背中を丸めてしまう。達也さんの隣で、宗一郎さんはビール片手に文庫本を読んでいる。宗一郎さんは日中にパソコンを2時間使っているので、みんなのスマホタイムには本を読んでいることが多い。
宗一郎さんが、手に持っていた本をぱたんと閉じる。
「莉乃」
ピンとした宗一郎さんの声を聞いて、莉乃ちゃんが私の腕にぎゅうと抱きついた。彼に名前を呼ばれて、思わず強張る気持ちは私もわかる。
宗一郎さんは顔を上げて莉乃ちゃんを鋭く見た。私と莉乃ちゃんは揃ってごくりと息を飲む。
「広告に踊らされるのは止めときや」
「こ、広告?」
「服が欲しいなんてここ一週間一回も聞いたことないで。今、スマホ見てて、ふと思いついただけやろ」
私は手の中のスマホに煌々と光る広告に目を落とした。
宗一郎さんは画面を見ていないのに、まるで見られていたように的確だ。莉乃ちゃんもスマホの広告にちらりと視線を移す。
「服は足りてるやろ。他の事して遊び」
宗一郎さんは枠の番人だ。
ルールを定めて、その枠内であればお金の使い方に特に関与しない。例えば毎日2000円の食費内なら、総菜弁当でも冷凍食品でも、達也さんみたいにビールとつまみに注ぎこもうと自由だ。
だが、枠を越えそうな気配にはビシッと物を言う。
私も本を読む準備がなかったとき、図書館に行って来いと圧をもらった。莉乃ちゃんの広告に乗せられた衝動買いは、宗一郎さんの琴線に触れたらしい。
宗一郎さんは立ち上がって、ソファの前までやって来て屈んだ。宗一郎さんはソファに座る莉乃ちゃんを真正面に見据える。
「莉乃、何でもええから、作る方に回らなあかんで。そうせな一生広告に踊らされるだけや」
莉乃ちゃんに向いた言葉だけれど、私にも十分刺さった。
スマホもテレビも、ありとあらゆる買ってみては?の広告が流れる。広告に踊らされる意味はわかるが、作る方とはどういう意味か。莉乃ちゃんが質問した。
「作るって何をつくるの?」
「何でもええねん。売れるようなもんを作れって言うてないで?日記を書くでも、スマホ写真を撮るでも、下手な歌でもええ」
作る側、と聞くと難しいように思う。宗一郎さんは続けた。
「作る側には、金を使うのとは全く違う、おもろい感覚があるんや」
イラストを描いたり、アクセサリーを作ったり、そういうのは上手な人がするプロの領域な気がする。
けれど、宗一郎さんは日記を書くでも良いと言う。そんな些細なことも、作る側、という判定になるのか。莉乃ちゃんの口をへの字に曲げる。
「宗ちゃんの話は説教臭くてイヤー」
「説教臭くないわ。真っ当な説教や」
「開き直らないでよ!」
莉乃ちゃんは宗一郎さんからぷいと顔を逸らす。なかなか意志が強い。私はすでに宗一郎さんの弁舌に乗せられかけていた。私は流されやすいのかもしれない。
しかし近頃、私は宗一郎さんのルールには意味があるとわかってきた。
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