海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第四章 風子と小さな休日

咲きの湯

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 待ちに待った土曜の朝は晴れ。

 七月初旬の光の中で、私と莉乃ちゃんは朝早くから白良浜を散歩した。観光客で満ちる寸前の白良浜の波打ち際を、裸足で走りぬいてはしゃいだ。二人で腕を取り合い、首から下げたコンパクトデジカメで莉乃ちゃんが自撮りする。

「風子ちゃんいくよー!はい、シャッター音!」
「えー何その合図!」

 くすくす笑いながら顔を寄せ合って写真の枠に収まる。

 宗一郎さんが貸してくれたコンパクトデジカメはレトロなデザインで、莉乃ちゃんのワンピースにアクセサリーみたいによく馴染んだ。

「海辺は写真映えるからいいよね」
「そうだね、莉乃ちゃんのワンピースすごい映り良いよ」

 デジカメに映った青空とエメラルドグリーンの海、ベビーピンクのコントラストが映える写真を二人で絶賛し合って笑う。莉乃ちゃんがビーチをきょろりと見回して言った。

「そろそろ観光客タイムだね」
「じゃあ次に行こうか」
「だね」

 観光客のハイタイム前に次の場所へ移動だ。

 地元民だからこそできる軽やかなヒットアンドアウェイ作戦。

 砂浜で汚れた足や塩っぽくなった身体を清めに、白良浜から歩いて15分にある咲きの湯を訪れた。

 咲きの湯は小さな露天風呂が一つあるだけの日帰り温泉だ。

 ひっそりとした場所で、観光客は一見入りにくい。けれど温泉好きの間では有名だ。

 「湯舟が海とほぼ一体」と言われるほど、海に近い露天風呂。

 湯舟と海を隔てるのは岩のみで、岩に打ち寄せた波しぶきが顔にかかることもある。天空と大海原の開放感を全身で味わえる小さな名所だ。たった500円で入れる咲きの湯は私たちのお気に入りである。

 湯に入った莉乃ちゃんが、海と湯を隔てる岩に両腕を乗せながらリラックスした声を出す。

「海は見飽きてるけど、ここはいつも良いよねー」

 私は壁際に身体を寄せて、湯が腕を滑るのを撫でていた。

「自然と一体な感じだよね。私もここ好き」

 湯でほかほかと温まり、青とエメラルドを眺めていると体が芯から緩んでいく。まだ観光客はビーチで遊んでいる時間なので咲きの湯は貸し切り状態だ。

 ちょっと時間をずらすだけでビップみたいな気分になれる。

 二人でぼんやり湯に浸かっていると、妙齢の女性が一人やってきた。私は彼女の顔を見てはっとする。

「ミカミカさん!」
「あら、風子ちゃん。こんなところで奇遇やな」

 ミカミカさんは頭に水玉模様のシャワーキャップを巻いてにこりと笑った。彼女はラーメン屋のオーナー、つまり私の上司だ。

 いつも黒ワンピのミカミカさんと裸のお付き合いなんて緊張してしまう。つい湯に深く浸かって体を隠す。ミカミカさんもざぶんと湯に浸かる。

「今日は休みやのに、上司の顔見せて悪いなぁ」
「いえ、全然!大丈夫です!」
「仕事前にここに来るのが好きやねん」
「風子ちゃん、誰?」

 莉乃ちゃんがすすすと私の横へやってきて、水玉シャワーキャップのミカミカさんへ視線を向ける。私はミカミカさんに莉乃ちゃんを紹介した。

「ミカミカさん、こちらは莉乃ちゃん。海街メゾンで、一緒に暮らしていて」
「宗一郎とこの子か。うちのボンボンが世話になってます」

 ミカミカさんは大きな口で笑いながら、ぺこりと軽くシャワーキャップの頭を下げた。私は莉乃ちゃんに素早く言った。

「莉乃ちゃん、宗一郎さんのお母さんの、美香子さんだよ」
「え?!宗ちゃんのお母さん?!」
「ミカミカって呼んでや。宗一郎は堅物やから、苦労するやろ?ごめんやで」
「ミカミカさんめっちゃ話せる!」

 さすがミカミカさん。一言で莉乃ちゃんの心を掴んでしまった。私の影に隠れていた莉乃ちゃんはすぐにミカミカさんの側へ座った。

「うちは占い師やねん。宗一郎が世話かけてるやろうから、お詫びに手相を見よか?」
「えー!占い師に会ったの初めて!見てほしい!」

 ミカミカさんは莉乃ちゃんの若い手に触れながら「今好きな子がおるやろ?」なんて言って莉乃ちゃんの頬をピンク色に染め上げた。

 莉乃ちゃんは高校に気になる人がいるらしい。つい私も一緒に盛り上がってしまった。

 ミカミカさんと莉乃ちゃんはたった10分で親友のようになってしまった。すっかり打ち解けた莉乃ちゃんがミカミカさんに打ち明ける。

「それでね、ミカミカさん、宗ちゃんは莉乃に説教ばっかりしてくんの!」
「あーそういうところ旦那にそっくりやねん、宗一郎は……そうや、二人とも、こっちおいで」

 ミカミカさんが私と莉乃ちゃんを両側に呼び寄せた。三人だけの露天風呂で、ひそひそと内緒話をし始める。露天風呂の端っこで、波音がばしゃりと響いた。

「宗一郎の弱点を教えたるわ」
「え、ヤバ。そんな超貴重な情報あるの?さすが母」
「そんなの聞いてもいいんでしょうか」
「あんな堅苦しいところで暮らしてるんやから、宗一郎に鬱憤ぶつけてなんぼやろ?権利や、権利」

 いひひと笑うミカミカさんは、まるで宗一郎さんに似ていなくて可笑しかった。ミカミカさんは私たちに秘密を授けてから、仕事に行くと笑いながら出て行った。

 残された私たちは湯舟の端に座り、すっかり熱くなった身体を波風に晒して冷ました。莉乃ちゃんは顔を手で押さえながら、にやりと笑う。

「風子ちゃんこれ、このタイミングで聞いたの運命じゃない?いつやると思う?」
「まさか……今夜?」
「正解!うわー!テンション上がって来たー!宗ちゃんに仕返しできる!」

 莉乃ちゃんが海に向かって大声を上げたところで、次のお客さんが入ってきた。私は莉乃ちゃんの口を塞いで、お客さんたちにすみませんと小声で謝った。

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