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第四章 風子と小さな休日
カフェ女子会
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咲きの湯から出て、すっきりした体で向かったのはお待ちかねの豆の木だ。
もう昼時で豆の木は大混雑の時間。
けれど、事前に紗理奈さんに席の予約をお願いしていたので、豆の木でもまるでお嬢様のようにスムーズにソファ席に案内された。
紗理奈さんが丸い笑顔で注文を取りに来てくれる。
「風子ちゃん、莉乃ちゃんいらっしゃい。さっき宗ちゃんも来てたのよ。今から二人が来るって言ったらさっさと帰っちゃったけど」
「えーなにそれ、感じ悪い!」
莉乃ちゃんがお冷やを飲みながらつんと膨れる。ランチデザートセットを注文して、紗理奈さんが注文を伝票に書き込みながら笑う。
「ほんと、宗ちゃんって愛想ないわよね」
含み笑顔の紗理奈さんがごゆっくりと言いながら下がったあとも、莉乃ちゃんがお冷やを見つめてむすっとしている。
「宗ちゃん、私たちに会いたくなかったのかな。私が文句ばっかり言うから?嫌われてる?」
莉乃ちゃんは宗一郎さんに文句たらたらだが、外でも会いたいなんて、そういうところが可愛いらしい。莉乃ちゃんは何だかんだ宗一郎さんに懐いているのは一目瞭然だ。
高校受験を控えていた莉乃ちゃんは昨年、達也さんの事情で海街メゾンにやってきたそうだ。けれど、塾に通うお金がなかったので、宗一郎さんが無償で勉強を見てくれたという。
莉乃ちゃんは無事志望校の公立高校に受かり、今は健やかに通っている。
莉乃ちゃんにとって宗一郎さんは腹も立つが、恩もあるお兄さんという感じだろう。私もお冷やでこくりと喉を潤しながら、カウンターの端っこの席を見やった。
今は空席だが、宗一郎さんの豆の木での定位置である。
「宗一郎さんが私たちに会わないように帰ったのは……気を遣ったんじゃないかな」
「どういうこと?」
「さっきミカミカさんも言ってたけど、休みの日に上司の顔なんてみたくないでしょっていう配慮だよ」
「宗ちゃんは上司じゃないけど……まあ顔見たら自由じゃなくなる感じはある」
「でしょ?ミカミカさんもたぶん、仕事が休みの私に気を遣って、莉乃ちゃんに占いをやってくれたんだと思う」
「うーん……特別サービスってこと?」
首を傾げる莉乃ちゃんに、私は頷いた。
ミカミカさんと宗一郎さん。
似てないと思ったけれど、管理者として気を使うところは似ているようだ。莉乃ちゃんはお冷やの氷を口に入れて笑う。嫌われていないとわかって安心したのかもしれない。
「でも、今さら気を使ってもダメ!今日は宗ちゃんをぎゃふんとするから」
「それ、やっぱり止めた方が」
「いいの!風子ちゃんだってたまには、宗ちゃんがびっくりするところとか見たいでしょ!?」
「うーん」
莉乃ちゃんが断固として譲らない。私にはどうにも止められないようだ。彩り豊かな野菜たっぷりトルティーヤランチが運ばれてきて、莉乃ちゃんはころっと機嫌が直った。
朝からのデートは全部思い通りに済んで、ほんのり心地いい疲れと充足感を抱えて帰路についた。帰りの途中で、メゾンの近くにある地元密着の魚屋さんで刺身を買って帰った。
海街メゾンで暮らすようになってから、この魚屋さんの刺身の夕飯にすることが多くなった。
莉乃ちゃんと二人で刺身の袋を下げてメゾンまでの帰路を並んで歩く。
「月曜でもないのに晩ご飯、刺身にしちゃったね」
海街メゾンには月曜日に「海鮮丼の日」を設けている。
月曜日は私も達也さんも魚屋さんで刺身を買って帰るのだ。刺身は夕飯のメインであり準備が楽、栄養満点、海街の白浜では安い食材の一つなのに高級感があるという満点食材だ。
「私、メゾンに来てから刺身ばっかり食べてるけど、飽きないんだよね。莉乃ちゃんは飽きてきた?」
月曜日が海鮮丼の日なのは、週初めの特にぐったりした日に「夕食の献立を何にしようか」という悩みから解放されるためだと解釈している。
達也さんが月曜日は楽というのを何度も聞いたことがあった。同感だ。私は月曜以外にも、疲れて何もしたくない日は魚屋で刺身を買う習慣がついた。
「莉乃も刺身は飽きなくて、好き。なんか冷食とか買って来た弁当よりずっと食べた感じするから」
「わかる。海鮮丼は何の手間もないのに、しんどくても『きちんと夕食準備をした私は偉い』みたいな感じをくれるのも好き」
「なにそれ?美味しいかどうかじゃないの?」
「すごく大事なんだよ?」
「えー大人わかんない」
二人でくすくす笑いながら、何の刺身が好きかを言い合って歩いた。
「私は私なりにきちんとして偉い」の積み重ねがいつしか「私は大丈夫」になっていく気がする。
そういう小さなきっかけを宗一郎さんはいくつも作って、手渡してくれてるのだ。宗一郎さんのルールには意味がある。
曜日ルールにはもう一つ「映画の日」がある。
それが土曜日、今夜なのだ。
土曜の夜、自由参加ではあるが、リビングに大きなスクリーンを垂らして映画観賞会をする。
住人が順繰りに映画サブスクから好きな作品を指定できる。課金が必要な作品の場合でも、宗一郎さんが課金してくれるというサービス行事だ。
今日の映画選択権は莉乃ちゃんにある。
つまり、選べるのだ。
宗一郎さんの弱点だという、ホラー作品を。
もう昼時で豆の木は大混雑の時間。
けれど、事前に紗理奈さんに席の予約をお願いしていたので、豆の木でもまるでお嬢様のようにスムーズにソファ席に案内された。
紗理奈さんが丸い笑顔で注文を取りに来てくれる。
「風子ちゃん、莉乃ちゃんいらっしゃい。さっき宗ちゃんも来てたのよ。今から二人が来るって言ったらさっさと帰っちゃったけど」
「えーなにそれ、感じ悪い!」
莉乃ちゃんがお冷やを飲みながらつんと膨れる。ランチデザートセットを注文して、紗理奈さんが注文を伝票に書き込みながら笑う。
「ほんと、宗ちゃんって愛想ないわよね」
含み笑顔の紗理奈さんがごゆっくりと言いながら下がったあとも、莉乃ちゃんがお冷やを見つめてむすっとしている。
「宗ちゃん、私たちに会いたくなかったのかな。私が文句ばっかり言うから?嫌われてる?」
莉乃ちゃんは宗一郎さんに文句たらたらだが、外でも会いたいなんて、そういうところが可愛いらしい。莉乃ちゃんは何だかんだ宗一郎さんに懐いているのは一目瞭然だ。
高校受験を控えていた莉乃ちゃんは昨年、達也さんの事情で海街メゾンにやってきたそうだ。けれど、塾に通うお金がなかったので、宗一郎さんが無償で勉強を見てくれたという。
莉乃ちゃんは無事志望校の公立高校に受かり、今は健やかに通っている。
莉乃ちゃんにとって宗一郎さんは腹も立つが、恩もあるお兄さんという感じだろう。私もお冷やでこくりと喉を潤しながら、カウンターの端っこの席を見やった。
今は空席だが、宗一郎さんの豆の木での定位置である。
「宗一郎さんが私たちに会わないように帰ったのは……気を遣ったんじゃないかな」
「どういうこと?」
「さっきミカミカさんも言ってたけど、休みの日に上司の顔なんてみたくないでしょっていう配慮だよ」
「宗ちゃんは上司じゃないけど……まあ顔見たら自由じゃなくなる感じはある」
「でしょ?ミカミカさんもたぶん、仕事が休みの私に気を遣って、莉乃ちゃんに占いをやってくれたんだと思う」
「うーん……特別サービスってこと?」
首を傾げる莉乃ちゃんに、私は頷いた。
ミカミカさんと宗一郎さん。
似てないと思ったけれど、管理者として気を使うところは似ているようだ。莉乃ちゃんはお冷やの氷を口に入れて笑う。嫌われていないとわかって安心したのかもしれない。
「でも、今さら気を使ってもダメ!今日は宗ちゃんをぎゃふんとするから」
「それ、やっぱり止めた方が」
「いいの!風子ちゃんだってたまには、宗ちゃんがびっくりするところとか見たいでしょ!?」
「うーん」
莉乃ちゃんが断固として譲らない。私にはどうにも止められないようだ。彩り豊かな野菜たっぷりトルティーヤランチが運ばれてきて、莉乃ちゃんはころっと機嫌が直った。
朝からのデートは全部思い通りに済んで、ほんのり心地いい疲れと充足感を抱えて帰路についた。帰りの途中で、メゾンの近くにある地元密着の魚屋さんで刺身を買って帰った。
海街メゾンで暮らすようになってから、この魚屋さんの刺身の夕飯にすることが多くなった。
莉乃ちゃんと二人で刺身の袋を下げてメゾンまでの帰路を並んで歩く。
「月曜でもないのに晩ご飯、刺身にしちゃったね」
海街メゾンには月曜日に「海鮮丼の日」を設けている。
月曜日は私も達也さんも魚屋さんで刺身を買って帰るのだ。刺身は夕飯のメインであり準備が楽、栄養満点、海街の白浜では安い食材の一つなのに高級感があるという満点食材だ。
「私、メゾンに来てから刺身ばっかり食べてるけど、飽きないんだよね。莉乃ちゃんは飽きてきた?」
月曜日が海鮮丼の日なのは、週初めの特にぐったりした日に「夕食の献立を何にしようか」という悩みから解放されるためだと解釈している。
達也さんが月曜日は楽というのを何度も聞いたことがあった。同感だ。私は月曜以外にも、疲れて何もしたくない日は魚屋で刺身を買う習慣がついた。
「莉乃も刺身は飽きなくて、好き。なんか冷食とか買って来た弁当よりずっと食べた感じするから」
「わかる。海鮮丼は何の手間もないのに、しんどくても『きちんと夕食準備をした私は偉い』みたいな感じをくれるのも好き」
「なにそれ?美味しいかどうかじゃないの?」
「すごく大事なんだよ?」
「えー大人わかんない」
二人でくすくす笑いながら、何の刺身が好きかを言い合って歩いた。
「私は私なりにきちんとして偉い」の積み重ねがいつしか「私は大丈夫」になっていく気がする。
そういう小さなきっかけを宗一郎さんはいくつも作って、手渡してくれてるのだ。宗一郎さんのルールには意味がある。
曜日ルールにはもう一つ「映画の日」がある。
それが土曜日、今夜なのだ。
土曜の夜、自由参加ではあるが、リビングに大きなスクリーンを垂らして映画観賞会をする。
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