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第四章 風子と小さな休日
コレクション
しおりを挟む「毎週映画見るの、面白いですね。メゾンのルールの中で一番好きかも」
「そうか、そりゃよかった」
宗一郎さんと一緒に横並びでソファに身を沈めながら、映画観賞会の余韻に浸る。
映画観賞会は土曜日に予定がないとき、少し孤独を感じるようなときでも、夜には映画があると小さな楽しみを置いておける工夫だ。
一日ぐうたら寝ていても、映画を見たなと満足感を得られる。休みに何をしようか悩むのがしんどいときでも、安定した娯楽を得られる。
土曜日の映画はそういう意味だ。
海街メゾンのルールは、住人に優しい。それを守る宗一郎さんはいつだって、もっと優しいのだ。
私は宗一郎さんを覗き込んで言った。
「来週は私に映画選択権があるんですが、もう一本、ホラー行きましょうか」
「何したらやめてくれる?ちょっと話し合えへん?」
「冗談ですよ」
宗一郎さんの真顔の交渉に大笑いしてしまった。笑いを収めてから、私は宗一郎さんに向き直った。莉乃ちゃんとのデートを経て実感した、私の発見を宗一郎さんに聞いて欲しかったのだ。
莉乃ちゃんにはちょっとわかってもらえそうにないからだ。
「宗一郎さん、聞いてくれますか。私、気づいたことがあるんです」
「どうしたん?」
隣に座ってマグカップを口に運ぶ宗一郎さんに、私は前のめる。
「海街メゾンって、お金の枠がありますよね」
「せやな。小さな暮らしの基本やわ」
「だから、どうしたらその枠の中で自分が最大限良い気持ちになれるかって考えるようになるじゃないですか。今日の莉乃ちゃんとのデートもそうでした」
宗一郎さんはしっかり顔を向けて聞いてくれる。彼はこっちの話が終わるまで声を挟まない。
「他にも例えば、ぐったりした日は鰹の刺身より、マグロの方がアガるとか。仕事で嫌なことあった日は、カフェより全力疾走の方がサッパリするかもとか」
私は私なりの体験を辿って、たどたどしく言葉に乗せる。
「決まったお金の中で、そういう自分の……小さな気持ち良い?みたいなのを探すのが、最近は楽しいんです」
私はマグカップを握り直して続けた。
「だから、宗一郎さんが言う小さな暮らしは、『こだわり抜いた小さな気持ち良いをコレクションしたもの』なのかなって……思ったんですけど、どうですか?」
宗一郎さんは何度も瞬きをして呆気に取られたような顔をした。ホラーを見ていたときより驚いていたように見える。しばらく言葉を失ったかのような宗一郎さんは、私の言葉をじっくり飲み込んでから言った。
「風子の言う通りや。そんなに、深く考えて言ってもらったの初めてで……ほんま嬉しいわ」
宗一郎さんが目尻に皺を刻んで柔らかく笑う。
彼の睫毛が瞬く回数まで見えるように、時間がゆっくりに感じた。こらえきれないように刻まれた彼の笑みが、なぜかいつまでも胸に残った。
メゾンの意図を少しでも汲み取れたことが誇らしかった。私は宗一郎さんに話したいことがいくらでもあった。
「宗一郎さんの作る側に回れって話も面白いなって思って、私も何か作ってみたいんですけど……特にこれってのが浮かばなくて」
相談には宗一郎さんから素早く答えが返ってくる。
「風子はもう自分の気持ち良い塩梅を探せるようになってきてる。暮らしを作る側にはすでに立ってるで」
「あ、そっか」
莉乃ちゃんとのデートの計画を組み替えたときに、宗一郎さんが今のが作る側だと教えてくれていた。欲に溺れず、枠の中で工夫して満足できるように組み直す。
それが暮らしを作るってことだ。
「でも風子がもう一歩何か作りたいと思うんやったら。今度図書館に行ったときに、そういう目線で本を探してみたら、おもろいかもしれんで」
宗一郎さんは私の背伸びにも向き合った提案をしてくれる。やってみたらと背中を押されるようで明るい声が出た。
「そうしてみます!あ、それに、やっぱり運動も良いかもって思ってて」
「ええ考えや。夜やったら俺も付き合うで。この辺は調子乗った観光客が多いから女の子一人はあかん」
「あー……そういうことも考えなくちゃいけないんですね」
打てば響く宗一郎さんとルイボスティーを飲みながら、そのまま話し込んでしまった。
二人で語っていると、お風呂から上がった莉乃ちゃんが私の元に駆け込んできた。莉乃ちゃんがぴょんとソファに飛び乗る。
「お父さんが、二人が盛り上がってるって言ってた!何の話?」
「えっと、小さい暮らし方、かな?」
私が答えると、莉乃ちゃんの眉があからさまに歪んだ。莉乃ちゃんの後ろから達也さんも戻って来たタイミングで、莉乃ちゃんの高い声が通った。
「風子ちゃんお願い!宗ちゃんみたいにならないで!」
「俺みたいにって、どういうことやねん」
「暮らしのルールオタクだよ!」
「へぇ、上手いこと言うやん」
見事な表現力で私は笑いを収めるのに必死だった。だが、宗一郎さんはあっさり認めてしまい、達也さんもほわほわ笑った。
「あはは!確かに宗ちゃんそういうとこあるよね~」
「私はオタクになるつもりはないんだけど……あ、二人もお茶飲みます?」
私は莉乃ちゃんと、達也さんにもルイボスティーを淹れて、全員でソファの周りにそれぞれ座って集まった。パジャマ姿の莉乃ちゃんが切り出す。
「そんな固い話よりも、さっきの映画見てたときの宗ちゃんがさぁ!」
「その話はもうええやろ。それより莉乃の成績が」
「その話やめよう?!」
宗一郎さんが話を逸らそうとすればするほど、海街メゾンのリビングには笑い声が咲いた。
サブスクのホラー映画の後に、ソファに集まってルイボスティーを片手に他愛ないお喋り。どれも小さくて、気持ちが良い。
すっと爽やかな香りがするルイボスティーに、今日の小さなしあわせコレクションをたくさん溶かして──お喋りな土曜の夜は更けていった。
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