海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

文字の大きさ
25 / 56
第四章 風子と小さな休日

コレクション

しおりを挟む
 
「毎週映画見るの、面白いですね。メゾンのルールの中で一番好きかも」
「そうか、そりゃよかった」

 宗一郎さんと一緒に横並びでソファに身を沈めながら、映画観賞会の余韻に浸る。

 映画観賞会は土曜日に予定がないとき、少し孤独を感じるようなときでも、夜には映画があると小さな楽しみを置いておける工夫だ。

 一日ぐうたら寝ていても、映画を見たなと満足感を得られる。休みに何をしようか悩むのがしんどいときでも、安定した娯楽を得られる。

 土曜日の映画はそういう意味だ。

 海街メゾンのルールは、住人に優しい。それを守る宗一郎さんはいつだって、もっと優しいのだ。

 私は宗一郎さんを覗き込んで言った。

「来週は私に映画選択権があるんですが、もう一本、ホラー行きましょうか」
「何したらやめてくれる?ちょっと話し合えへん?」
「冗談ですよ」

 宗一郎さんの真顔の交渉に大笑いしてしまった。笑いを収めてから、私は宗一郎さんに向き直った。莉乃ちゃんとのデートを経て実感した、私の発見を宗一郎さんに聞いて欲しかったのだ。

 莉乃ちゃんにはちょっとわかってもらえそうにないからだ。

「宗一郎さん、聞いてくれますか。私、気づいたことがあるんです」
「どうしたん?」

 隣に座ってマグカップを口に運ぶ宗一郎さんに、私は前のめる。

「海街メゾンって、お金の枠がありますよね」
「せやな。小さな暮らしの基本やわ」
「だから、どうしたらその枠の中で自分が最大限良い気持ちになれるかって考えるようになるじゃないですか。今日の莉乃ちゃんとのデートもそうでした」

 宗一郎さんはしっかり顔を向けて聞いてくれる。彼はこっちの話が終わるまで声を挟まない。

「他にも例えば、ぐったりした日は鰹の刺身より、マグロの方がアガるとか。仕事で嫌なことあった日は、カフェより全力疾走の方がサッパリするかもとか」

 私は私なりの体験を辿って、たどたどしく言葉に乗せる。

「決まったお金の中で、そういう自分の……小さな気持ち良い?みたいなのを探すのが、最近は楽しいんです」

 私はマグカップを握り直して続けた。

「だから、宗一郎さんが言う小さな暮らしは、『こだわり抜いた小さな気持ち良いをコレクションしたもの』なのかなって……思ったんですけど、どうですか?」

 宗一郎さんは何度も瞬きをして呆気に取られたような顔をした。ホラーを見ていたときより驚いていたように見える。しばらく言葉を失ったかのような宗一郎さんは、私の言葉をじっくり飲み込んでから言った。

「風子の言う通りや。そんなに、深く考えて言ってもらったの初めてで……ほんま嬉しいわ」

 宗一郎さんが目尻に皺を刻んで柔らかく笑う。

 彼の睫毛が瞬く回数まで見えるように、時間がゆっくりに感じた。こらえきれないように刻まれた彼の笑みが、なぜかいつまでも胸に残った。

 メゾンの意図を少しでも汲み取れたことが誇らしかった。私は宗一郎さんに話したいことがいくらでもあった。

「宗一郎さんの作る側に回れって話も面白いなって思って、私も何か作ってみたいんですけど……特にこれってのが浮かばなくて」

 相談には宗一郎さんから素早く答えが返ってくる。

「風子はもう自分の気持ち良い塩梅を探せるようになってきてる。暮らしを作る側にはすでに立ってるで」
「あ、そっか」

 莉乃ちゃんとのデートの計画を組み替えたときに、宗一郎さんが今のが作る側だと教えてくれていた。欲に溺れず、枠の中で工夫して満足できるように組み直す。

 それが暮らしを作るってことだ。
 
「でも風子がもう一歩何か作りたいと思うんやったら。今度図書館に行ったときに、そういう目線で本を探してみたら、おもろいかもしれんで」

 宗一郎さんは私の背伸びにも向き合った提案をしてくれる。やってみたらと背中を押されるようで明るい声が出た。

「そうしてみます!あ、それに、やっぱり運動も良いかもって思ってて」
「ええ考えや。夜やったら俺も付き合うで。この辺は調子乗った観光客が多いから女の子一人はあかん」
「あー……そういうことも考えなくちゃいけないんですね」

 打てば響く宗一郎さんとルイボスティーを飲みながら、そのまま話し込んでしまった。

 二人で語っていると、お風呂から上がった莉乃ちゃんが私の元に駆け込んできた。莉乃ちゃんがぴょんとソファに飛び乗る。

「お父さんが、二人が盛り上がってるって言ってた!何の話?」
「えっと、小さい暮らし方、かな?」

 私が答えると、莉乃ちゃんの眉があからさまに歪んだ。莉乃ちゃんの後ろから達也さんも戻って来たタイミングで、莉乃ちゃんの高い声が通った。

「風子ちゃんお願い!宗ちゃんみたいにならないで!」
「俺みたいにって、どういうことやねん」
「暮らしのルールオタクだよ!」
「へぇ、上手いこと言うやん」

 見事な表現力で私は笑いを収めるのに必死だった。だが、宗一郎さんはあっさり認めてしまい、達也さんもほわほわ笑った。

「あはは!確かに宗ちゃんそういうとこあるよね~」
「私はオタクになるつもりはないんだけど……あ、二人もお茶飲みます?」

 私は莉乃ちゃんと、達也さんにもルイボスティーを淹れて、全員でソファの周りにそれぞれ座って集まった。パジャマ姿の莉乃ちゃんが切り出す。

「そんな固い話よりも、さっきの映画見てたときの宗ちゃんがさぁ!」
「その話はもうええやろ。それより莉乃の成績が」
「その話やめよう?!」

 宗一郎さんが話を逸らそうとすればするほど、海街メゾンのリビングには笑い声が咲いた。

 サブスクのホラー映画の後に、ソファに集まってルイボスティーを片手に他愛ないお喋り。どれも小さくて、気持ちが良い。

 すっと爽やかな香りがするルイボスティーに、今日の小さなしあわせコレクションをたくさん溶かして──お喋りな土曜の夜は更けていった。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

わたしを幸せにする25のアイテム

白川ちさと
ライト文芸
 宮下みやび、二十五歳、は外車専門の中古車販売店に勤めていた。支店に転勤してきた岩梨悟という男に一目ぼれする。彼はミニマリストで部屋には何もない。彼に好かれようと、みやびもドンドン物を減らしていく。  しかし、ある日、岩梨悟が女性と仲良く歩いているところを目撃。失恋のショックと何もない部屋に愕然とする。  そんな折、みやびはコンビニで万引きをしようとしている女子高生を見つけてしまう。すんでのところで止めたみやび。彼女は失恋のショックで道を踏み外そうとしていたのだ。  失恋話で意気投合するみやびと、女子高生の翠。  翠は空っぽの部屋を見て、恩あるみやびを幸せにするための物を集めようと奮起する。

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

地味男はイケメン元総長

緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。 GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。 お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが! 「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」 「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」 ヒミツの関係はじめよう? *野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。 野いちご様 ベリーズカフェ様 エブリスタ様 カクヨム様 にも掲載しています。

処理中です...