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第五章 風子と小さな嵐
グルテンフリー講座
しおりを挟む翌朝の朝食の席で、私はスマホを手にしていた。莉乃ちゃんと達也さんに宗一郎さんの許可をもらったプランについて紹介すると、二人とも勢いよく食いついてくれた。
私はスマホで二人にオーナーが作った料理の写真の数々を見せる。
「うわ、美味しそう!」
「映えてる~!こんなの作れる人が教えに来てくれるの?え、楽しそう!」
二人のリアクションに私は胸を撫でおろす。何か始めるときの入口は「楽しそう」な方が良い。しかし、達也さんが恐々言った。
「でも、この人プロだよね?そんな人に料理教えてもらうなんて、授業料とか高いんじゃ……僕、お金ないけど……」
達也さんの現実的な指摘に、同じテーブルでコーヒーを飲んでいた宗一郎さんがあっさり返答する。
「授業料は俺のおごりや。達也へのお見舞いみたいなものやで」
「え、うそ、宗ちゃんそんな気の利いたことできるの?!やるじゃん!」
「そ、宗ちゃんー!ありがとう!」
父娘が同時に声を上げ、達也さんは隣に座る宗一郎さんをぎゅうぎゅう抱きしめた。宗一郎さんはコーヒーをこぼさないように逃がしながらも抱擁を拒まない。
昨夜、私のお金貸してくださいの申し出は断られ、宗一郎さんが自腹を切ってくれることになった。
「企画は風子やで。俺はスポンサーや」
「もう風子ちゃんサイコー!私、前から一回、映え料理作ってみたかったんだよね!」
今度は莉乃ちゃんが隣に座る私にぎゅうと抱きつく。愛情表現が親子でしっかり似ていると思いながら、私も莉乃ちゃんの背中に腕を回した。手で頭をかいた達也さんが私に笑いかける。
「ありがとう、風子ちゃん。僕、がんばってヘルシー料理を作れるようになるよ」
莉乃ちゃんの抱擁が終わった私は、達也さんに向けて両手を横に大きく振った。
「いえ、なんかそんな押しつけがましいつもりはなくて……今回の件で、達也さんが食べることに罪悪感を抱くようになったら、嫌だなって思って」
莉乃ちゃんの猫目がちらりと達也さんを見やる。私は達也さんをまっすぐ見つめた。
「食べることは、ヘルシーな枠を守れば体に良くてハッピーなってことです。だから、講座は学ばなきゃって堅苦しいものじゃなくて、みんなで一緒に食を楽しもう!って感じです!」
私が笑うと、達也さんはいつも丸まっている背中を伸ばしてまた、ありがとうと小さく震える声で言った。
達也さんは講座の日の時間を空けられるように仕事を調整して、莉乃ちゃんは熱心にレシピ本を読み漁り、当日を迎えた。
海街メゾンへ来訪したオーナーは、グルテンフリー食の基本や簡単美味しいレシピを惜しげなく教えてくれた。
莉乃ちゃんと達也さんは手取り足取り指導を受けて、久しぶりに父娘の間に笑い声が響いた。講座の間、父娘の笑顔を見て、私と宗一郎さんは互いに目を合わせて何度も笑った。
大満足だった講座から数日後、ついに達也さんの検査結果発表の日がやってきた。
「じゃあ行ってきます」
「俺も付き添って来るわ」
達也さんの病院へは宗一郎さんがついて行き、私と莉乃ちゃんは留守番することになった。二人が出かけたあと、緊張してソファにうずくまる莉乃ちゃんの隣に、私はどんと座った。私は努めて明るく言った。
「莉乃ちゃん、達也さんのためにグルテンフリー料理を作っちゃうのはどう?」
ビーズクッションを抱きしめていた腕を解いて、莉乃ちゃんが頷く。
「……心配しても結果は変わらないもんね。そうだよ、小さくてもやれること、やろう!」
クッションを放り投げて立ち上がった莉乃ちゃんと一緒に、私たちはメニューの相談を始めた。莉乃ちゃんは小走りで自分の部屋へ戻り、普通のキャンパスノートを一冊持って来た。
「それ何?」
「この前の講座の後ね、教えてもらったレシピに一味足したりしたら美味しんじゃないかなー?ってアイデアを書いておいたの」
「莉乃ちゃんすごすぎるんだけど……」
私は莉乃ちゃんのノートを捲りながら、彼女の行動力と発想力に舌を巻いた。
オーナーが教えてくれた鶏ハムのつくり方に加えて、莉乃ちゃんはオリジナルソースを考案しているのだ。
白浜名産の蜜柑酢を使ったソース。
彼女が今まで週に一冊ずつ読み溜めたレシピの導火線に火がついたような発想だ。莉乃ちゃんもノートを覗き込む。
「このソース作ってみたいんだけど、どうかな」
「すごく良いと思う。パッとみて味が浮かぶから」
「えーそういうの言ってもらえると嬉しい!やってみたい!」
莉乃ちゃんの溌剌とした笑顔と共に、私たちは真夏の空の下、スーパーへ買い物に出かけた。自転車で往復30分。汗をかいてスーパーへ行き、帰りは重くなった荷物を抱えてまた暑い中をメゾンへ帰り着いた。
「莉乃ちゃん、疲れたでしょ?休憩しようよ」
「いやもうなんか、動きたいから、今やっちゃお!」
莉乃ちゃんは検査結果の不安を払拭するように動き続け、達也さんのために料理を作り始めた。
莉乃ちゃんが湯を沸かして、レシピを読んで調理を進める。その姿に私は感極まる。莉乃ちゃんが自ら「作る側」に回っている瞬間だと思うと、胸がどうしようもなく熱かった。
「私も手伝う!」
「ありがとう、風子ちゃん!じゃあ、野菜洗ってね!」
「はーい!」
莉乃ちゃんがメイン。私はお手伝いだ。
講座で得た基礎と莉乃ちゃんの瑞々しいオリジナリティが加わった料理が、着々と出来上がった。
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