海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第五章 風子と小さな嵐

水曜日は

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 その夜、大窓の外がすっかり真っ暗の海になった頃、達也さんがみんなをリビングに集めた。

 私と莉乃ちゃんがソファに並んで座り、達也さんと宗一郎さんがふわふわラグに座って四角形を作る。莉乃ちゃんが口火を切った。

「話って何ー?もう重い話はうんざりなんだけど」
「それはわかってるんだけど、みんなにお願いがあって呼んだんだ」

 個人的な相談なら、おそらく宗一郎さんに個別に話すだろう。けれど呼んだのは全員だ。また重いことが起こるのではとつい身構える。達也さんは正座して居住まいを正した。

「僕、水曜日を運動の日にしようと思うんだ」
「海鮮丼の日とか、映画の日みたいな?」

 莉乃ちゃんがさっと返事すると、それ!と達也さんは指さした。いつも控えめな達也さんがハキハキと言った。

「メゾンのルールみたいにカチッとしたやつじゃなくて、僕の自主企画みたいな感じで!夜、メゾンから白良浜まで歩こうっていう、ゆる企画なんだけど、良かったらご参加お願いします!」

 ばっと勢いよく下げられた達也さんの頭にふふっと笑いがこみ上げた。私は一番に手を上げた。

「はい!参加します!ちょうど運動の習慣があると良いなって宗一郎さんに相談してたんですよ。タイミング最高です」
「え~ほんとに?!風子ちゃんがいてくれたら、僕くじけないでいられそう」

 私はソファから下りて達也さんと軽くハイタッチした。達也さんが後頭部を手でかきながら情けなさそうに笑う。

「さっき僕は僕をがんばるなんて偉そうなこと言ったんだけど、よく考えたら僕って一人だと頑張れないんだ。だから……みんなに助けて欲しくて」

 申し訳なさそうにする達也さんだが、私は達也さんの正直に弱さをさらけ出せるところをかっこいいと思う。私は達也さんに向かってうんうんと頷いた。

「一人じゃ頑張れない気持ちわかります。私も自分のためだと自炊できないので……そっか、みんなに助けてって言えば良かったんですね」
「せっかくメゾンにいるからね」
「良いこと教えてもらいました」
「使って使って」

 達也さんの笑顔が移って、私もほわほわ笑ってしまう。私も自分のために頑張れないなら、人に頼れば良かったのか。黙って聞いていた宗一郎さんも静かに手を上げる。

「もちろん俺も参加するで。でも、莉乃が一人でメゾンにおるんやったら残るわ。危ないからな」
「別に平気だけど、お父さんだけ楽しそうなことして羨ましい!」

 莉乃ちゃんもソファから下りて、ラグに座り込む。

「でも夜歩くのは嫌だから、私は水曜日を料理の日にする!さっき毎日はダメって言われたけど、部活が休みの水曜だけなら良いでしょ!」

 莉乃ちゃんが手を上げながら発言する。達也さんがにっこり笑った。

「それはいい考え!水曜日はめちゃくちゃ健康になりそう!」
「いいなぁ、私も水曜日が休みなので、何かしたいです……」

 私が呟くと、三人の目がゆるやかに私へ向いた。

 特に目が鋭い宗一郎さんの視線に、風子は何をするのかと問われている気がした。私は宗一郎さんの顔を見て思いついた。

「水曜日は莉乃ちゃんが達也さんにご飯を作るってことですよね。じゃあ、私は宗一郎さんにご飯を作ってもいいですか?」

 宗一郎さんの目が瞠った。

「俺に作ってどうすんねん」
「さっきも言いましたけど、私、自分のためだけにご飯作りたくないんです。でも誰かのためならできます。だから、宗一郎さんの存在をお借りして、私も自炊できるように練習したいです!ダメですか?」
「……あかんわけやないけど」

 宗一郎さんが言い淀み、私の視線から逃れるように目を逸らす。最近たまに宗一郎さんと目が合わない時がある。私は肩を竦めた。

「私、上手ではないですけど、食べられるものくらい作れますよ?」
「いや、料理下手って疑ってるわけではないねん。遠慮というか公平さがどうかとか考えて……」
「宗ちゃん、珍しく歯切れ悪」
「ほんとだよね~別に宗ちゃんだけ作ってもらってズルいとか言わないよ?」

 宗一郎さんが迷っているなんて珍しいと、私たちは顔を見合わせて笑った。莉乃ちゃんと達也さんの援護を受けて、私の水曜日は「宗一郎さんとご飯の日」に決定した。

 宗一郎さんが淡々とルールを仕切り出す。

「風子、予定できたり、しんどかったりしたらいつでもキャンセルしてええからな。材料費は俺が持つわ」
「はい、了解です!」
「宗ちゃん細か……そんなだからモテないんだよ」
「莉乃、誰から聞いてんその話」

 宗一郎さんが莉乃ちゃんをジロリと睨むと、莉乃ちゃんはミカミカさんだよ!と笑った。達也さんがすっと立ち上がり、大きく伸びをした。

「水曜日早く来て欲しいね」
「何作ろうかな。風子ちゃん一緒に考えない?」
「いいね、私も図書館でレシピ本借りて来ようかな」
「僕も見せて~」

 私と莉乃ちゃんと達也さんの三人で、一緒にレシピ本を取り出して読み始める。ソファで頭を寄せ合ってあれやこれやと次の水曜日につくるメニューを考えた。

 立ち上がった宗一郎さんは壁時計を見てから、ふふっと一人で笑った。私はその笑みに気づいて声をかける。

「宗一郎さん、どうかしました?」
「いや、何もない。俺はもう先に寝るわ。消灯、頼んでもええか」
「大丈夫です!」

 宗一郎さんをお見送りして、三人でレシピ研究に精を出した。そうして消灯の時間がきて、私たちはやっと気がついたのだ。

 莉乃ちゃんがあ、と大きな声を出した。

「スマホタイム忘れてたー!」
「ほんとだ。話に夢中になり過ぎたね~ま、いっか。見なきゃいけないものでもないんだから」
「そうなんだけど、なんか損したぁ!」

 莉乃ちゃんと達也さんが部屋に戻っていく背中を眺めながら、私はやっと、さっき宗一郎さんが笑った意味がわかった。みんなが何を作ろうか考えるのに夢中で、スマホタイムを忘れていると気づいたのだろう。

 私はみんなが居なくなったリビングをぐるりと眺める。

 海街メゾンのリビングだからこそ生まれた、何かをつくる時間。そのあわい歓びを思い返してなんだかお腹いっぱいだった。

 静まり返った夜に、夜の虫の鳴き声が聞こえた。

 良い一日だったな。それに、次の水曜日がとても待ち遠しい。

 また明日、この場所に集う心地よさを想いながら、リビングの灯りをパチンと落とした。

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