37 / 56
第六章 風子と小さな勇気
例外
しおりを挟む翌朝の水曜日。今日はアルバイトの定休日で、メゾンでのイベントが盛りだくさんの楽しみな日だ。図書館で「小さな本の作り方」の本を延長して借りて、レシピ本をいくつか増やした私は、スーパーに寄る。
今夜の「宗一郎さんとご飯の日」のための買い出しで、宗一郎さんと待ち合わせをしていたのだ。
二人分だから荷物持ちをすると宗一郎さんが申し出てくれたので、遠慮なくお願いした。すでにスーパーの前で待っていた宗一郎さんと落ち合う。
「お待たせしました?」
「いや、大丈夫やで。ほな行こか」
宗一郎さんに何が食べたいかと聞きながら、スーパーの卵を眺めていると、ポケットの中で私のガラホが振動した。通路の端に寄ってパカッと開いて確認すると、メールが二通も来ていた。内容を確認して声が漏れた。
「えー……そっかぁ、残念」
メールは莉乃ちゃんと達也さんからだ。宗一郎さんにも同時にメールが送られていることがわかる。
達也さんが会社の社長から飲みに誘われて断れず、莉乃ちゃんは達也さんがいないならと部活友だちと晩ご飯を食べてくるそうだ。私の隣で宗一郎さんがさっぱり言った。
「今日のイベントはキャンセルやな」
莉乃ちゃんの創作料理も、達也さんとの「白良浜まで夜歩きイベント」も楽しみにしていたのに、土壇場のキャンセル。口が尖るくらいには拗ねてしまう。けれど、対応はあくまで冷静にする。
「仕方ないですよね……また次の水曜日に、っと」
私たちは二人にそれぞれ、ぽちぽちとガラホで返信した。返信を完了して、ぱたんとガラホを閉じて呟く。
「……こういう時、私だけ楽しみにしていたみたいに感じてしまいます」
肩透かし感を口にすると、同じようにガラホをポケットに仕舞った宗一郎さんが微笑む。
「俺も楽しみにしてたで。でも、暮らしの中に、イレギュラーはあるもんやから」
「そうですよね……」
「いくら枠を決めても、柔軟に対応せなあかん例外はいくらでも起こるから……な」
ふと言葉が途切れた宗一郎さんの横顔に、視線が取られる。スーパーで他のお客さんがざわざわと行きかう中、通路の端に立ち尽くす私たちに一拍の間が流れた。
宗一郎さんは私にぱっと顔を向け直して、なぜか同じことを繰り返す。
「風子、例外は……あると思うか?」
質問の意図が見えなかったが、私は即答した。
「え?それはもちろん、ありますよ?」
「せやな。あたり前や。なんか悩んでたのがすっきりしたわ」
「何の話ですか?」
「こっちの話や」
宗一郎さんはくすりと笑って、買い物の通路へと戻った。紗理奈さんが言っていたように宗一郎さんは何か悩んでいたらしい。悩みの内容は教えてもらえなかったが、宗一郎さんの「すっきり」に貢献できたなら良かったのかもしれない。
買い物を再開して、食材を眺めながら私は呟く。
「宗一郎さんに食べてもらうので、作ったことのある無難な料理にしようと思っていたんですけど……」
私は少し悩んでから、目の前の卵のパックを手に取って宗一郎さんに尋ねた。
「昨日食べた紗理奈さんのオムライスを真似してみてもいいですか?毒味になっちゃいますが」
「ええで。受けて立つわ」
「ありがとうございます。がんばります」
私は気合を入れて食材を揃え始めた。
約束がキャンセルされたって拗ねていないで、今日の「小さなやってみよう」を試していこう。そうしたらいつだって、ちょっとしたわくわくを取り戻せる。
食材を揃えて暑い中、買い物袋を抱えてメゾンに帰った。本格的なデミグラスソースを作るには時間が足りないので、一時間程度で完成するデミグラスソースを作ってみた。
夕食の時間を迎えたメゾンの広いリビングで、宗一郎さんと檜のテーブルに向かい合って座る。莉乃ちゃんたちがいないので、空席が広く感じた。私と宗一郎さんだけで両手を合わせて挨拶する。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
メニューはデミグラスソースオムライスだ。見た目だけは紗理奈さんのデミグラオムライスと遜色ない。宗一郎さんと一緒に私もオムライスを口に運ぶ。ソース、卵、チキンライスの味の重なりを確認する。
私は眉間に皺を寄せた。
「宗一郎さん、ごめんなさい」
「いきなりどうしたん?」
「あんまり美味しくなかったですね」
宗一郎さんは食べる手を止めないまま、私に視線を寄越す。
「え?美味しいで?」
私もさらに一口二口を食べ進めるが、どうにも納得いかなかった。宗一郎さんに気を遣わせてしまうのはわかっていたが、喋り出す口が止まらない。
「食べられる程度ではありますけど、普通過ぎです。紗理奈さんのオムライスには全然届きません」
私は私のオムライスのどこが普通かを事細かく語った。宗一郎さんは食べながら口を挟まずに耳を傾けてくれる。宗一郎さんのオムライスがなくなったころ、ようやく彼は口を開いた。
「風子は紗理奈のオムライスを作れるようになりたいんか?」
「……そういうわけではないんですが」
宗一郎さんの質問にじくりと刺される。相変わらず鋭いことしか言わない。私は普通味のオムライスをゆっくり食べながら、ぽつぽつ語る。
「近頃、もし自分がカフェをするならってよく考えていて……私の料理ってとことん普通だなって痛感しているというか。私が店を持つなんてやっぱり無理だなぁって」
ぼそぼそと胸の内を晒すと何とも情けない気持ちになってくる。宗一郎さんは鷹のような鋭い目で私を見ているだけで口を挟まない。だから、余計に自分の声が自分に響く。
「莉乃ちゃんの料理を見てると特に思うんです。莉乃ちゃんって味のセンスがあって、オリジナリティの塊……私の周りは才能の塊で、料理の腕は完敗です」
劣等感を露呈して、これ以上隠すもののない私は、歯を食いしばりながら全部を出し切った。
「でも私は料理が下手だけど、二人に負けないくらいカフェが大好きなんですよ!」
二人だけのリビングに私の声が吸い込まれていった。宗一郎さんが思わず吹き出したようにふっと笑う。
「素直やなぁ風子は」
宗一郎さんは頬杖をついたまま私を見て、にやりと笑った。
「風子、経営で大事なのは味だけやないで。味は二の次の店もある。必要なのは売れるコンセプトや」
宗一郎さんの自信に満ちた声を聞いて、私はソファの上に置きっぱなしになっている私の本を指さした。
「その話、あの本にも書いてありました。コンセプトかぁ……なんか味よりももっと難解な気がします」
「せやな、それが商売のおもろいところや。味が良い店が生き残るわけでもない」
私は宗一郎さんの意見を実感として理解できる。前職のグルテンフリーカフェがそうだった。味が抜群に良い店だったのに、潰れてしまったのだ。
宗一郎さんは私が食べ終わったのを見計らって立ち上がった。
「お茶、淹れよか」
「あ、お願いします!」
水曜は宗一郎さんが食後のルイボスティーを淹れてくれるのだ。
50
あなたにおすすめの小説
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
わたしを幸せにする25のアイテム
白川ちさと
ライト文芸
宮下みやび、二十五歳、は外車専門の中古車販売店に勤めていた。支店に転勤してきた岩梨悟という男に一目ぼれする。彼はミニマリストで部屋には何もない。彼に好かれようと、みやびもドンドン物を減らしていく。
しかし、ある日、岩梨悟が女性と仲良く歩いているところを目撃。失恋のショックと何もない部屋に愕然とする。
そんな折、みやびはコンビニで万引きをしようとしている女子高生を見つけてしまう。すんでのところで止めたみやび。彼女は失恋のショックで道を踏み外そうとしていたのだ。
失恋話で意気投合するみやびと、女子高生の翠。
翠は空っぽの部屋を見て、恩あるみやびを幸せにするための物を集めようと奮起する。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
地味男はイケメン元総長
緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。
GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。
お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが!
「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」
「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」
ヒミツの関係はじめよう?
*野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。
野いちご様
ベリーズカフェ様
エブリスタ様
カクヨム様
にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる