海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第六章 風子と小さな勇気

例外

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 翌朝の水曜日。今日はアルバイトの定休日で、メゾンでのイベントが盛りだくさんの楽しみな日だ。図書館で「小さな本の作り方」の本を延長して借りて、レシピ本をいくつか増やした私は、スーパーに寄る。

 今夜の「宗一郎さんとご飯の日」のための買い出しで、宗一郎さんと待ち合わせをしていたのだ。

 二人分だから荷物持ちをすると宗一郎さんが申し出てくれたので、遠慮なくお願いした。すでにスーパーの前で待っていた宗一郎さんと落ち合う。

「お待たせしました?」
「いや、大丈夫やで。ほな行こか」

 宗一郎さんに何が食べたいかと聞きながら、スーパーの卵を眺めていると、ポケットの中で私のガラホが振動した。通路の端に寄ってパカッと開いて確認すると、メールが二通も来ていた。内容を確認して声が漏れた。

「えー……そっかぁ、残念」

 メールは莉乃ちゃんと達也さんからだ。宗一郎さんにも同時にメールが送られていることがわかる。

 達也さんが会社の社長から飲みに誘われて断れず、莉乃ちゃんは達也さんがいないならと部活友だちと晩ご飯を食べてくるそうだ。私の隣で宗一郎さんがさっぱり言った。

「今日のイベントはキャンセルやな」

 莉乃ちゃんの創作料理も、達也さんとの「白良浜まで夜歩きイベント」も楽しみにしていたのに、土壇場のキャンセル。口が尖るくらいには拗ねてしまう。けれど、対応はあくまで冷静にする。

「仕方ないですよね……また次の水曜日に、っと」

 私たちは二人にそれぞれ、ぽちぽちとガラホで返信した。返信を完了して、ぱたんとガラホを閉じて呟く。

「……こういう時、私だけ楽しみにしていたみたいに感じてしまいます」

 肩透かし感を口にすると、同じようにガラホをポケットに仕舞った宗一郎さんが微笑む。

「俺も楽しみにしてたで。でも、暮らしの中に、イレギュラーはあるもんやから」
「そうですよね……」
「いくら枠を決めても、柔軟に対応せなあかん例外はいくらでも起こるから……な」

 ふと言葉が途切れた宗一郎さんの横顔に、視線が取られる。スーパーで他のお客さんがざわざわと行きかう中、通路の端に立ち尽くす私たちに一拍の間が流れた。

 宗一郎さんは私にぱっと顔を向け直して、なぜか同じことを繰り返す。


「風子、例外は……あると思うか?」


 質問の意図が見えなかったが、私は即答した。

「え?それはもちろん、ありますよ?」
「せやな。あたり前や。なんか悩んでたのがすっきりしたわ」
「何の話ですか?」
「こっちの話や」

 宗一郎さんはくすりと笑って、買い物の通路へと戻った。紗理奈さんが言っていたように宗一郎さんは何か悩んでいたらしい。悩みの内容は教えてもらえなかったが、宗一郎さんの「すっきり」に貢献できたなら良かったのかもしれない。

 買い物を再開して、食材を眺めながら私は呟く。

「宗一郎さんに食べてもらうので、作ったことのある無難な料理にしようと思っていたんですけど……」

 私は少し悩んでから、目の前の卵のパックを手に取って宗一郎さんに尋ねた。

「昨日食べた紗理奈さんのオムライスを真似してみてもいいですか?毒味になっちゃいますが」
「ええで。受けて立つわ」
「ありがとうございます。がんばります」

 私は気合を入れて食材を揃え始めた。

 約束がキャンセルされたって拗ねていないで、今日の「小さなやってみよう」を試していこう。そうしたらいつだって、ちょっとしたわくわくを取り戻せる。



 食材を揃えて暑い中、買い物袋を抱えてメゾンに帰った。本格的なデミグラスソースを作るには時間が足りないので、一時間程度で完成するデミグラスソースを作ってみた。

 夕食の時間を迎えたメゾンの広いリビングで、宗一郎さんと檜のテーブルに向かい合って座る。莉乃ちゃんたちがいないので、空席が広く感じた。私と宗一郎さんだけで両手を合わせて挨拶する。

「いただきます」
「はい、どうぞ」

 メニューはデミグラスソースオムライスだ。見た目だけは紗理奈さんのデミグラオムライスと遜色ない。宗一郎さんと一緒に私もオムライスを口に運ぶ。ソース、卵、チキンライスの味の重なりを確認する。

 私は眉間に皺を寄せた。

「宗一郎さん、ごめんなさい」
「いきなりどうしたん?」
「あんまり美味しくなかったですね」

 宗一郎さんは食べる手を止めないまま、私に視線を寄越す。

「え?美味しいで?」

 私もさらに一口二口を食べ進めるが、どうにも納得いかなかった。宗一郎さんに気を遣わせてしまうのはわかっていたが、喋り出す口が止まらない。

「食べられる程度ではありますけど、普通過ぎです。紗理奈さんのオムライスには全然届きません」

 私は私のオムライスのどこが普通かを事細かく語った。宗一郎さんは食べながら口を挟まずに耳を傾けてくれる。宗一郎さんのオムライスがなくなったころ、ようやく彼は口を開いた。

「風子は紗理奈のオムライスを作れるようになりたいんか?」
「……そういうわけではないんですが」

 宗一郎さんの質問にじくりと刺される。相変わらず鋭いことしか言わない。私は普通味のオムライスをゆっくり食べながら、ぽつぽつ語る。

「近頃、もし自分がカフェをするならってよく考えていて……私の料理ってとことん普通だなって痛感しているというか。私が店を持つなんてやっぱり無理だなぁって」

 ぼそぼそと胸の内を晒すと何とも情けない気持ちになってくる。宗一郎さんは鷹のような鋭い目で私を見ているだけで口を挟まない。だから、余計に自分の声が自分に響く。

「莉乃ちゃんの料理を見てると特に思うんです。莉乃ちゃんって味のセンスがあって、オリジナリティの塊……私の周りは才能の塊で、料理の腕は完敗です」

 劣等感を露呈して、これ以上隠すもののない私は、歯を食いしばりながら全部を出し切った。

「でも私は料理が下手だけど、二人に負けないくらいカフェが大好きなんですよ!」

 二人だけのリビングに私の声が吸い込まれていった。宗一郎さんが思わず吹き出したようにふっと笑う。

「素直やなぁ風子は」

 宗一郎さんは頬杖をついたまま私を見て、にやりと笑った。

「風子、経営で大事なのは味だけやないで。味は二の次の店もある。必要なのは売れるコンセプトや」

 宗一郎さんの自信に満ちた声を聞いて、私はソファの上に置きっぱなしになっている私の本を指さした。

「その話、あの本にも書いてありました。コンセプトかぁ……なんか味よりももっと難解な気がします」
「せやな、それが商売のおもろいところや。味が良い店が生き残るわけでもない」

 私は宗一郎さんの意見を実感として理解できる。前職のグルテンフリーカフェがそうだった。味が抜群に良い店だったのに、潰れてしまったのだ。

 宗一郎さんは私が食べ終わったのを見計らって立ち上がった。

「お茶、淹れよか」
「あ、お願いします!」

 水曜は宗一郎さんが食後のルイボスティーを淹れてくれるのだ。

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