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第六章 風子と小さな勇気
夢
しおりを挟む私はソファで本をぱらぱらめくってルイボスティーを待った。
宗一郎さんは白良浜ラーメン屋さんのプロデューサーをしている。白良浜ラーメンはもちろん美味しいが、唯一無二というわけでもない。
あの店の売りは、あの場所にしかない体験だ。
そういうものを開発して売れば、私でもカフェができるのか。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
宗一郎さんがソファに座る私にマグを差し出してから、隣に座った。ルイボスティーのすっとした鼻通りを味わってから、私は宗一郎さんに顔を向けた。
「さっきのコンセプトの話なんですけど。料理が下手な人がやっているのに、客足が途切れない店を知ってるんです」
「おもろい店やな。どんな店や?」
宗一郎さんの目に好奇心が宿る。彼は店の経営を手掛ける立場だ。そういう話は好きなのだろう。私はマグをサイドテーブルに置いて、「小さい店の作り方」と書いた本の表紙を宗一郎さんに見せた。
「お母さんの店です」
「風子のお母さんか?」
「はい。田舎の小さな喫茶店なんですけど、すごーく古くて寂れていて、メニューなんてトーストかオムライス、コーヒーしかないんです。お客はおじさんおばさん、高齢者ばかりでしたけど……店は成り立ってました」
「ご近所さんの憩いの場スタイルやな。オーナーの人柄で持たせる地域に馴染んだ店は強いで」
宗一郎さんが的確に店の強みを見抜く。
私はこくりと頷いた。お母さんは近所の中高年層の人気者だ。でも私は、店がそういうコンセプトで回っていることすら、今まで知らなかった。
「私は田舎の隅っこの、野暮ったいあの店が好きじゃなかったんです」
地元の友だちに見られるのも恥ずかしい店だった。もっとオシャレで美味しいものがたくさんあって、癒しの空間に憧れていたのだ。
「けど、この本を読んで、あの店にはあの店の価値があるんだって気づかされました……」
「お母さんの店もやるなと思ったんやな。ええ例やんか」
「そうなんです……私も料理がいまいちだから。きっとお母さんの店って見習うべきところがたくさんあるって納得してしまって。それがめちゃくちゃ……」
私は宗一郎さんの顔をまっすぐ見て、言い切った。
「腹立つんですよ!」
「何でそうなんねん……」
宗一郎さんは唖然とした後に、少し口角が上がっていた。半笑いだ。
「お母さんの店がダサいって言い続けてきて、改装する時期になったからもっとオシャレにしようって言ったんですよ。そしたら」
何も知らないくせに偉そうにと言った、お母さんのひどく厳しい顔が鮮明に思い浮かぶ。
「もう盛大にケンカしちゃって……それから三年帰ってません」
流れるように出てしまった言葉を聞いて、宗一郎さんは優しく眉尻を下げた。仕方ない子だと思われただろうなと察してしまう。
「風子の素直じゃないところ、初めて見たな」
「私は頑固ですよ」
「そうやな。でも意地が溶けるには、十分時間たったんちゃうか」
「……ノーコメントです」
宗一郎さんはそれ以上何も言わなかった。けれど、宗一郎さんからは莉乃ちゃんのわがままに軽く息をつくときのような雰囲気を感じた。子どもっぽいと思われたのかもしれない。
宗一郎さんは立ち上がって、リビングの本棚からいくつか本を持ってきた。
「この本はコンセプト戦略の話が詳しく書いてあるから、参考になるかもしれへんで」
宗一郎さんが本を開いて、このへんがと説明し始めるので私はきょとんと首を傾げた。
「宗一郎さんは……借金持ちのくせにカフェやりたいなんて無謀なこと言ってって思わないんですか?」
「思わへんよ。風子はメゾンに来てから、俺のルールを守って上手に暮らしてるわ」
本を手のひらで撫でる宗一郎さんの横顔は穏やかだ。
「俺はきっかけを与えるしかでけへん。でも自分で変わろうと思う人間は、変われると思ってる。だから、海街メゾンをやってるんやで?」
宗一郎さんは私に顔を向けて微笑み、また本の説明に戻る。宗一郎さんはそうやって、行動全部で信じてくれる。だから、私も夢を持っていいのだと安心する。
あれやこれやと私の夢を語れば、宗一郎さんが受け取ってくれる。
そしてたまに、緩んだ笑顔なんか見せてくれる。
水曜の夜が──来週も待ち遠しくなってしまった。
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