海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第六章 風子と小さな勇気

夏祭り

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 二週間後の八月初め、夏真っ盛りの白浜花火大会の日がやってきた。

 仕事を終えた夕方から、海街メゾンの四人全員で祭りに出かける予定だ。

 莉乃ちゃんは達也さんを友だちに見られたくないと常々言っていたが、今回は「元気に生きてるなら、もうどうでもいい」と一緒に行くことを快諾してくれた。

 いまだにお母さんに素直になれない私をすっ飛ばして、莉乃ちゃんは驚くほど大人になっている。

 日が傾きかける前から準備を始めて、莉乃ちゃんと四苦八苦しながら浴衣を着て、髪をまとめてはしゃいでいた。

 莉乃ちゃんの薄桃色の生地に桜をあしらった浴衣が、彼女の愛らしさを引き立てていた。私は白地にゼニスブルーの菊花紋の浴衣をまとっている。

「風子ちゃんの浴衣大人っぽいね」
「お母さんのお下がりだから、かなりレトロだけどね」
「浴衣はレトロだから良いよ」

 ご機嫌な莉乃ちゃんの黒髪に白い薔薇の簪を差してから、二人で装いを整えて部屋を出る。

 リビングへ行くと達也さんと宗一郎さんがお茶を飲んでいて、私たちの準備が終わるのを待っていた。達也さんが一番に声を上げる。

「わー!莉乃可愛い~お姫様みたい!」
「お父さんっていっつもそれ。他に褒め言葉ないよね」
「え、そうかな……?でもいつもそう思うんだよ。風子ちゃんも浴衣似合ってる!」

 達也さんの無垢な社交辞令に会釈を返していると、莉乃ちゃんが宗一郎さんの前でくるっと一回転して浴衣を披露していた。

「宗ちゃんどう?可愛い?」
「ああ、ええな」
「素っ気ないなーそんなんだからモ」
「モテへん話はもうええねん」

 莉乃ちゃんの愚痴を先回りして止めてしまう宗一郎さんに笑っていると、莉乃ちゃんがぴっと私を指さした。

「じゃあ風子ちゃんの浴衣はどう?」

 宗一郎さんの目が私に向く。とたんに居心地が悪くなった。宗一郎さんは大人なので、無難な返事をくれることはわかっている。なのに、妙に緊張する。

 宗一郎さんがうんと一つ頷いた。


「可愛いで」


 あまりに予想外の返答に、耳の奥で脈の音が聞こえるほど耳が痺れた。

 かっと熱が上がってじんじんする耳たぶを手の平で隠しながら、私はありがとうございますとか細い声を出した。莉乃ちゃんがすぐに宗一郎さんを非難する。

「ちょっと宗ちゃん!今までいつ私の服見ても、ええな、しか言わなかったくせに可愛いって言った!私も可愛いって言ってよ!」
「細かいとモテへんで」
「それ宗ちゃんが一番言っちゃダメなやつだけど?!」
「まあまあ、莉乃が一番可愛いから、ね!」

 莉乃ちゃんが騒ぐのを達也さんが収めつつ、全員でぞろぞろとメゾンを出る。私は耳の熱が収まるまでずっと、耳たぶをいじってしまっていた。社交辞令でもちょっと、心臓に悪かった。


 いつもの白良浜への道は人通りが桁違いだ。夕暮れが迫る強い橙色の日差しを浴びながら、人混みの中を四人で白良浜へ向けて歩く。隣を歩く莉乃ちゃんが、ふとガラホを取り出した。

 歩きながらガラホを確認した莉乃ちゃんが立ち止まってしまう。

 後ろを歩いていた人たちが、怪訝な顔をしながら追い抜いていった。私はガラホを見つめる莉乃ちゃんに声をかける。

「どうしたの莉乃ちゃん」
「ふ、風子ちゃん、どうしよう……倉田が一緒に花火見ないかって」
「え?!」

 私はつい大きな声を出してしまって、また周りを歩く人たちからジロリと視線を受ける。私たちは行きかう人の邪魔にならないよう、道の端っこに場所を移す。

 達也さんたちは先に歩いて行ってしまったようだ。私は夕陽の中で真っ赤に燃える莉乃ちゃんの顔を覗き込む。

「どうしようって、行くしかない!」
「そ、そうだよね!でもお父さんと宗ちゃんに何て言えばいいか」
「私がうまく言っておいてあげる」
「風子ちゃん……!」

 私たちは手を取り合って頷き合ってから、互いに約束を決めた。

 莉乃ちゃんが倉田君に会いに行ったのは内緒にする。

 でも、帰宅時間は必ず守ること、電話には出ること、困ったときは連絡すること。

 莉乃ちゃんと指切りしてから、彼女が可愛く笑う。

「こんなにドキドキしてるのにルール確認なんて、すっかり宗ちゃんに染まってるね私たち」
「そうだね。宗一郎さんは安全第一だから」

 ふふふと笑い合ってから、莉乃ちゃんは人混みを反対へ歩き始めた。倉田君が海街メゾンまでお迎えに来てくれるらしい。

 甘酸っぱい待ち合わせが待っている予感だ。私のみぞおちがキュっとするのを感じながら、頬を染めて手をふる莉乃ちゃんを見送った。

「がんばれ、莉乃ちゃん……!」
「あれ?莉乃、帰ったの?忘れ物?」

 後ろから達也さんのおっとりした声がかかって、私はぱっと振り返る。宗一郎さんと達也さんは、私たちがいないと気づいて戻ってきてくれたようだ。

「莉乃ちゃん、友だちに誘われたらしくて。やっぱり友だちと行くって」
「えーそうなの?」

 達也さんは残念そうにしょんぼりと肩を丸めた。宗一郎さんは高校生やからなと一言、言っただけだ。私たちは人通りが多い中、道の端に寄って話し込んでいた。

 そこへいきなり、知らない声が割って入った。

「達也」

 名前を呼ばれたのは達也さんだけだが、私たちはみんなで声の主に顔を向けた。達也さんが驚いた声を上げる。

「社長!?」
「さっきメゾンまで迎えに行ったんやで。お前、電話出なあかんわ」

 達也さんが社長と呼んだ男性は、色黒で引き締まっている。筋肉のおかげで相当若く見えるが60代くらいだろうか。社長さんは宗一郎さんにも軽く挨拶してから、達也さんに言った。

「達也、行くで。祭りやぞ、一緒に飲むに決まってるやろ」
「え、そんな急に……僕は今日、宗ちゃんたちと」

 社長さんは宗一郎さんと、隣に立つ私の方にもちらりと視線を向けてから、にっかり笑った。

「宗一郎にもええ子おるみたいやし、まあ付き合えや達也。ほな宗一郎、お嬢ちゃんも、悪いけど達也を借りて行くで」

 社長さんは言いたいことだけ言って、人波の中へさっさと歩いて行ってしまう。

「えー?! あ、ご、ごめんね、二人とも!また埋め合わせする!」

 平謝りした達也さんは、社長さんの背中を小走りで追いかけた。達也さんが社長に可愛がられていることは聞いていたが、なかなか強引な人だ。

 二人が遠ざかるのを見送りながら、宗一郎さんが呟く。

「あの社長、いつもああやねん」

 達也さんは宗一郎さんから仕事を今の仕事を紹介してもらったと聞いている。宗一郎さんと社長には、以前から付き合いがあるのだろう。

「た、楽しそうな人ですね……」

 人通りが尽きない道の端っこで、私と宗一郎さんは二人並んで、取り残されてしまった。

 祭りのざわめきの中で妙に静かな時間が私たちに流れたあと、宗一郎さんの目が私に向いた。

「しゃあないな、二人で行こか」
「え、あー……」
「帰るか?」
「いや、帰りません!楽しみにしてたので!」
「せやな。俺もや」

 宗一郎さんが優しく笑うので、また耳たぶがじんとしてしまう。けれど、一歩下駄を前に出した私は、耳の熱さを夏の熱気のせいだと思うことにした。

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