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第六章 風子と小さな勇気
クリームソーダ
しおりを挟む二人になってしまって少し緊張したまま白良浜へ向かったが、ビーチ沿いの出店の列を見て一気に高揚した。
見渡す限りの人波の中、私と宗一郎さんは出店を吟味しながら並んで歩く。たこ焼きソースや焼きトウモロコシは祭りの香りだ。
「出店の数すごいですね!すぐお金なくなっちゃいそうです!」
今日の予算は、祭りに来る前に宗一郎さんから支給された臨時娯楽費の3000円。
それに海街メゾンの住人は、宗一郎さんの指示で軽めの夕食を取ってきている。小腹を満たしてから出かけると、3000円で満足に遊べるという宗一郎さんの知恵だ。
特別に食べたいものを食べる程度のお腹は開いていて、遊びたいなら遊べる。空腹を満たすためだけに何かを買う必要はない状態なのだ。
祭りでのお金の使い方にまで海街メゾンルールを提示されて、莉乃ちゃんは反発した。だが、私は賢いやり方だと思う。出店は異様に値段が高いからだ。
けれどやはり、本物の祭りの出店を前にすると、何を買おうかと忙しなくきょろきょろしてしまう。宗一郎さんは落ち着かない私を見ながら笑った。
「迷ったらもう止めときや。絶対迷わんやつだけ買い」
「はい!真剣に選びます」
完全に保護者の言い方だったが特に気にならない。似たようなものだ。私は宗一郎さんに宣言した。
「宗一郎さん、私は祭りに来たら絶対にヨーヨー釣りです」
「へぇ、何でや?」
「祭りの間バシンバシンして遊べて、明日も遊べるからです!」
すれ違う人を避けつつ私が力説すると、隣を歩く宗一郎さんは手の甲で口元を押さえて笑いを耐えていた。堪えきれていない。彼があまりに崩れた笑い方をするので、むずむずしてしまった。
「そんなに笑わなくても……」
「いやほんまもう、敵わんなと思ってな」
「アホ過ぎて敵わないってことですね?」
「まあそう悪い風に取りな。ええ意味やで」
宗一郎さんにヨーヨー釣りの店へ誘導されて、誤魔化された。だが宗一郎さんもヨーヨー釣りに付き合ってくれたので良しとする。
私は宗一郎さんの分ももらって、両手にヨーヨーを吊り下げながら白良浜沿いの道を奥まで歩く。日が暮れ切って夜が訪れた白良浜に、出店の灯りが煌々と連なっていた。
祭り特有の橙色の灯りの中で、私は特別に光る店を見つけた。私はその店を指さした。
「宗一郎さん!見てください!私、あれ欲しいです!絶対あれ!」
「今度は何や?」
私が大興奮で指を差したのは出店の「クリームソーダ屋さん」だ。
行列ができていたが、宗一郎さんの許可を得て長いこと並んだ。カキ氷屋さんでカラフルなシロップを使うのと同じ要領で、カラフルなクリームソーダを作ってくれるお店だった。
宗一郎さんは定番のメロンで、私は白良浜の海みたいなエメラルドブルーを選んだ。
透明カップに透き通るカラフルソーダが注がれ、氷がたっぷり浮いている。その上に純白の丸っこいアイスクリーム。添えられたチェリーがとっても愛しい。
私はクリームソーダカップを両手で握って惚れ惚れした。
「か、かわいい~!」
「ほら風子、立ち止まってたら危ないからおいで」
クリームソーダに魅了されて立ち止まっていた私を、宗一郎さんが呼び寄せる。私の視界は完全にエメラルドブルーソーダに支配されていて、前も見ずに宗一郎さんの声掛けにただ従いながら歩いた。
「ここ座って飲もか」
「早く飲まないと、溶けますからね!」
いつの間にか白良浜の端っこまで辿りついていたようで、ビーチの端はやや人が少なかった。
白い砂浜とコンクリート道の間にある段差に腰を下ろして、私はさっそくクリームソーダに刺さった赤いストローを吸い上げた。
「クリームソーダ懐かしい~美味しい!」
ちょっと安っぽいシロップの味が、しゅわわの炭酸と真白のアイスで化粧をして見事なお姫様に変身するダイナミックな飲み物だ。
透き通る青い炭酸を飲んで、白いアイスを食べて、紅いチェリーを噛む。
まだ蒸し暑い夜の湿気も重なって、特別に美味しかった。
脇目も振らずに夢中で飲み終わると、宗一郎さんがじっと私を見ていた。
「どうかしました?」
「いや、めちゃくちゃうまそうに飲むなと思って」
「めちゃくちゃ美味しかったです」
「せやろなぁ」
深く感心したように言う宗一郎さんも、すでにクリームメロンソーダを飲み切っていた。割と甘いものもいける口らしい。
ヨーヨーを手に入れ、クリームソーダでようやく落ち着いた私の耳に、やっと白良浜のざわめきが戻って来た。
浜辺には大勢の人がシートを敷いて座り、花火が始まるのを待っている。人が多くて、潮騒は聞こえない。
しばらくざわめきに身を委ねてから、私は私と宗一郎さんの間にある空カップをちらりと見る。
「お母さんの喫茶店にも、クリームソーダがあったんですよね」
「コーヒーしかなかったって言うてなかったか?」
「よく覚えてますね。クリームソーダは子どもが来た時だけの特別メニューなんですよ」
古臭い母の喫茶店は好きではなかった。だが、母の作るクリームソーダは大好きだった。
中高年の客ばかりのあの喫茶店に、時たまに大人に連れられた子どもがやってくる。
「ほとんど来ない子どものために用意してるなんて。お母さんはそういう心遣いができる人なんだなぁって……今、これ飲んで気づきました」
海で飲んだクリームソーダがお母さんに繋がってしまった。宗一郎さんが視線で私を呼び、なぜか話を切り替えた。
「風子、花火って打ち上げるものやろ?だから、花火大会の夜は打ち明け話をするのが白浜の決まりや」
「そうなんですか?莉乃ちゃんはそんなこと言ってませんでしたけど」
莉乃ちゃんの好きそうな話題なのに一度も聞かなかった。少し気にかかったが、宗一郎さんは話を続けた。
「莉乃はまだ白浜に来て長くないから、知らんのかもな」
「そっか、教えてあげれば良かった」
莉乃ちゃんに今からメールしようかなと思っていると、宗一郎さんが海を見ながら言った。
「花火まで時間あるから、順番に打ち明け話しよか」
「私と宗一郎さんで、ですか?」
「他に誰がおるねん」
私は少し思案した。
宗一郎さんは私の失敗の数々と借金の値段、口座残高まで知っている。私が打ち明けることなど特にない。それに引き換え謎いっぱいの宗一郎さんから打ち明け話を聞けるとは面白そうだ。私は顔を上げた。
「いいですよ。順番はじゃんけんで決めましょう」
快諾を得てジャンケンしたところ、宗一郎さんが勝って後攻を選んだ。
何しても勝てないなと、私は少し口を尖らせながら聞いた。
「私は何を打ち明けたらいいんですか?」
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