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第七章 風子と小さな暮らし
専門家
しおりを挟む世の子どもたちの夏休みが過ぎ、白良浜にも九月の風がやってきた。
白良浜ラーメン屋さんの客足もやっと落ち着いて、私にも少し余裕が戻ってきた。アルバイトが休みの水曜日、私は図書館へ足を運んでいた。最近の図書館では、新聞しか読まなかったおじいさんが本を読んでいる場面を見かけるようになった。
榎本君がレファレンスをしたら、本にも興味を持ってくれるようになったそうだ。榎本君が嬉しそうに教えてくれた。
私は今日も榎本君が書棚の間を歩いていく後ろをついて行った。榎本君が一冊の本を取り出して、振り向いた。
「これですね」
「そうです、なんか懐かしい気がしてしまいますね」
私は榎本君が手渡してくれた本を開いて眺めた。
榎本君は相変わらず目の下の隈が酷かった。白浜図書館の本を全部読み尽くすつもりだという。毎週図書館を訪れる私と榎本君は互いに近況報告しているのだ。
榎本君は私が手に持った本を見つめて微笑んだ。
「風子さんがこの図書館で最初に借りてくれた本ですからね。思い入れがあるのも当然です」
私が手に持っているのは「クリームソーダのつくり方」というレシピ本だ。
以前、何となく手に取った本に、私はまた戻ってきた。縁とはこういうことを言うのだろうか。榎本君は私をカウンターへ促しながら言った。
「クリームソーダに興味があるなら、クリームソーダ専門家が出した本も売ってますよ」
「え、クリームソーダの専門家なんているんですね」
「世の中には些細なことを突き詰める人がいます。その人たちが何を考えているのか知ることができるのが本ですね」
滑らかに話す榎本君も、本を愛する専門家だ。
「残念ながらこの図書館にはありませんが、ネットなら買えますので参考に」
「ここにはない本のことも知ってるなんてすごいですね、榎本君は」
常に専門家の姿勢を見せてくれる榎本君は少し照れながら、本の貸し出し処理をしてくれた。
「榎本君を見ていると、私も何かの専門家になりたくなります」
榎本君は本を渡しながら、隈を動かして爽やかに言った。
「そのためにどうぞ、本をたくさん読んでください」
「はい、ありがとうございます」
榎本君に応援してもらって、本を受け取る手に力が入った。
私も何かを突き詰めた専門性を持って、宗一郎さんが言うように売れるコンセプトを練って、大好きなカフェを作りたい。
近頃はそうやって、きちんと言葉にできるようになっていた。以前は湯気みたいだった夢が、少しだけ具体的な道を持ち始めているように感じている。
でもその「何か」はこれから探す。
海街メゾンで小さく重ねる暮らしを続けて、わかるようになったことがある。
一枚の薄い紙をたくさん重ねていくからこそ、ぶ厚い一冊の本になるということ。
一つずつ地道に小さく重ねた先にこそ、大きな夢が形になるのだ。
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