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第七章 風子と小さな暮らし
大人組ソーダ
しおりを挟む図書館を出て、朝晩に涼しい風を感じるようになってきた道を歩きながら、クリームソーダの本を抱え直した。
夢への一枚目として、スーパーへクリームソーダの材料を買いに行く。
宗一郎さんと花火大会の夜に飲んだクリームソーダ。
あのときめきが忘れられない。あの夜のクリームソーダに宿った歓びを忘れないように、ずっと取っておきたい気持ちが胸に燻り続けている。
だからいっそ、この想いごと、クリームソーダにしてしまおうと思いついた。
何色にしよう、どんな香りにしよう、フルーツを乗せてみようか。どうしたらあの夜を表現できるのだろうか。
アイデアが次々と頭を駆け巡る私は、スーパーを目指す道すがら、心躍ってたまらなかった。
作るって、ときめく。
そうして始めたクリームソーダ試作だが、なかなかうまくいかなかった。メゾンの夜のキッチンで、私は色とりどりのソーダ水を前に唸っていた。キッチンカウンターの向こうで肘をつきながら私を眺めている莉乃ちゃんに泣きつく。
「莉乃ちゃーん、煮詰まっちゃったよー」
「私ならこうするってのはあるけど、それ言っちゃったら風子ちゃんのレシピじゃなくなっちゃうでしょ?」
「そうだよね、私が考えなくちゃ」
毎晩、夕食の後に莉乃ちゃんに見守られながら奮闘している。
宗一郎さんに相談して、榎本君が教えてくれたクリームソーダ専門家の本も既刊一式を購入して参考にした。宗一郎さんは勉強への投資に、限度額を作って賛成してくれた。
私はキッチンで本をめくりながら首を捻る。
「どうしよう……」
クリームソーダ作りの手順自体は、そこまで難しくない。だからあとは表現のオリジナリティなのだ。インスピレーションを探して図書館で配色デザイン本や、綺麗な言葉辞典も追加で借りた。勉強することはいくらでもある。
本とにらめっこしていると、オープンキッチンに置いていた莉乃ちゃんのスマホが震える。莉乃ちゃんは夜のスマホタイム中だ。
スマホを手に取った莉乃ちゃんの顔がぱっと明るくなるのを見て、私はにやりと笑う。
「彼氏の倉田君かな?」
「もう、風子ちゃんからかわないでよ~」
莉乃ちゃんは照れながら頬を染めて、スマホを持って自室へ向かった。莉乃ちゃんは廊下で湯上りの達也さんとすれ違う。
「莉乃、お風呂」
「あとで!」
スマホを持ってぱたぱたと駆けて行ってしまった莉乃ちゃんを見送って、肩を落とした達也さんがキッチンへやってきた。さっきまで莉乃ちゃんが座っていた場所に座って、達也さんがしょんぼり言った。
「莉乃……彼氏できたのかな?最近スマホ持ってすぐ部屋行っちゃうよね」
「……さ、さあ」
私は本で顔を隠したが、達也さんの視線が刺さる。だが、莉乃ちゃんは花火大会で告白されて、彼氏の倉田君と毎晩仲良くライン通話していると、勝手に言うわけにもいかない。
「……やっぱり、そうなんだ」
達也さんが背中を丸める。すぐにバレてしまったが、私は認めることもできない。ソファで本を読んでいた宗一郎さんが顔を上げて達也さんに声を投げかける。
「何を悲しむことがあるねん。うちの親は俺に彼女おらんてずっと嘆いてるで?」
宗一郎さんの慰めはいまいち空振りだと思う。達也さんが顔を上げて珍しく大きな声を上げる。
「宗ちゃんのおうちと、僕の気持ちは違うの!僕のお姫様の莉乃が……僕よりその男を好きなんて、莉乃にはもう僕がいらないなんて……複雑なの!」
宗一郎さんのお母さんのミカミカさんの気持ちも、達也さんの複雑さもわかる。脱力した達也さんは宗一郎さんを押しのけてソファに突っ伏して倒れ込んだ。
「うー……親離れ切ないよー」
軽く息をつく宗一郎さんはソファを背にラグに座ったまま、達也さんの側で文庫本をめくり続ける。達也さんを一人で置いて行かないあたりが、宗一郎さんの優しさだろう。
「何か……」
私は達也さんを励ます方法がないか、キッチンの上を見渡す。私が配合した三色のシロップが残っている。
タンポポ色と、橙色、エメラルドグリーン。
小さめのグラスを取り出して慎重に橙シロップを注ぎ、その上に氷を敷き詰め、達也さんみたいにほんわかしたタンポポ色シロップをそうっと注ぐ。
最後に包み込むようにエメラルドグリーンのソーダを丁寧に注ぎ切った。練習していた三色の三層ソーダの完成だ。
達也さんの健康のためにバニラアイスは割愛する。ミントを添えた私はソファへグラスを運んだ。
「達也さん、これ良かったらどうぞ」
ソファでぐったりしていた達也さんが顔を上げて、三色ソーダを見つけた。
「え!俺に?いいの?!」
「甘いので、小さめグラスですが」
「嬉しい~」
「よかったな、達也」
宗一郎さんの言葉にうんうんと頷いた達也さんは飛び起きてソファに座り直した。私は赤いストローを差し出して、隣に座った。私は宗一郎さんに声をかける。
「宗一郎さん、達也さんを挟んで座ってくれませんか」
「ソファにか?」
「はい」
宗一郎さんが本を置いて、達也さんを挟んでソファで三人並んで座る。ちょっと窮屈だが、私はにっこり笑って達也さんが持つグラスを指さした。
「海街メゾンの大人組、三色ソーダです」
「だから三層なんか」
「えー!あ、これ僕らってこと?!」
橙、たんぽぽ色、エメラルドグリーンのぱちぱち炭酸が弾ける三層を、達也さんはまじまじと見つめる。宗一郎さんも明るい三色のグラスを興味深く観察していた。
「風子が橙で、達也が黄色で、俺がグリーンか」
「正解です。達也さんを挟んだイメージで」
「すごい!風子ちゃん天才?!」
達也さんが両手放しに褒めてくれるので、照れくさくなりながら笑った。
「莉乃ちゃんはどんどん大人になってしまいますけど、私たちはもう大人なのでのんびりです。だからもう、大人だけで楽しんじゃえばいいのでは?」
私が一杯のソーダに込めた気持ちを語ると、達也さんの目にうっと涙が溜まった。達也さんは三色ソーダを涙目で見つめてから、赤いストローで吸い上げた。
「しゅわしゅわで甘くて、元気出るー! 」
達也さんはだんだんと層の境目がなくなって、ひとつに溶けていくソーダを飲み干した。空っぽになったグラスをぎゅっと握って、彼は私を見つめた。
「ありがとう、風子ちゃん!みんないるんだから、あんまり寂しがるのもやめる!」
達也さんの明るい笑顔が炭酸みたいに弾けて、ぽんっとタンポポが咲いたようだった。
「元気出て良かったです」
「俺も飲んでみたいわ」
宗一郎さんがリクエストをくれたので、すぐ返答する。
「私も飲みたいので、作りますね」
「僕ももう一杯おかわり!」
「じゃあ小さめに!」
三人分の三層ソーダを作り、みんなで莉乃ちゃんの恋に乾杯した。
「これは、大人三人の内緒です」
私が三色ソーダを掲げながらそう言うと、男性陣は顔を見合わせて笑っていた。三人でソーダを飲んだあと、莉乃ちゃんにバレないように早速グラスを洗い始める。私は残ったソーダ液を見つめながら、口角が上がった。
ソーダ作りのコツを、見つけたかもしれない。
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