海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第七章 風子と小さな暮らし

花火夜クリームソーダ

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 それからまた二週間がたったある日の夕暮れ時に、仕事上がりの私は宗一郎さんに時間をもらった。

 莉乃ちゃんは部活、達也さんは仕事で外出中。メゾンには宗一郎さんと私の二人だけだ。

「何か改まった話か?」

 リビングで檜のテーブル席に座った宗一郎さんが、キッチンに立つ私に声をかける。私は慣れてきた手元の作業を進めながら明るく返事をする。

「いえ、私が作ったクリームソーダを披露したかったんです。まず、宗一郎さんにだけ飲んでもらいたくて」

 宗一郎さんは数回瞬きを繰り返したが、すぐに楽しみやなと言ってくれた。

 私はバニラアイスを飾って、檜のテーブルの上にとんとワイングラスを置いた。丸いフォルムが優美なモンラッシュワイングラスだ。

 グラスの中には深く気品あるロイヤルブルーソーダが氷と揺れている。

 宗一郎さんはまじまじとグラスの側面を覗き込む。

「えらい青いというか、濃い色やな?」
「ロイヤルブルーサファイアを意識していて、簡単に言えば濃紺ですね」
「こんな色も作れるんか」

 ロイヤルブルーを作るのは大変だった。鮮やかな色を作るのは比較的できるのだが、品のある濃紺色に寄せるのは塩梅が難しい。毎晩、色の配合に苦心し続けた。

「がんばっちゃいました」

 私は改めて、出来上がった一杯をじっくり見つめた。

 ロイヤルブルーソーダのてっぺんを飾る純白アイス、添えたのは定番の真っ赤なチェリー。

 そしてアイスの上にちょこんと二粒、スカイブルーとエメラルド色の金平糖が乗っている。

 私はこのクリームソーダの名を告げた。

「白良浜の花火夜クリームソーダです。どうぞ」
「……この前の?」

 宗一郎さんが視線で訊ねるので、頷いて答えた。

「ロイヤルブルーソーダが夜の海で、アイスが白い砂浜、チェリーが花火と……お母さんへの電話の想い出です」

 一杯の中に誰かとの関係や思い出を詰め込むように作るのが、私なりのクリームソーダのコツだ。

 金平糖は、あの日、私と宗一郎さんが飲んだクリームソーダの色だ。

 砂浜で二人並んで座ったのも忘れたくなかった。だから、この金平糖は特別に思い入れがあって飾った。

 でもそれを言うのは気恥ずかしくて、口にしなかった。

「金平糖は……」

 宗一郎さんは何か言いかけて口を閉じた。テーブルを挟んで向こう側に立ったまま私の顔を見上げて、宗一郎さんはゆるやかに笑ってくれる。

「ほんまに花火の夜が詰まったクリームソーダやな。俺が飲んでええんか」
「お母さんに電話できるように励ましてもらったお礼として、プレゼントのつもりで……私と宗一郎さんだけの思い出クリームソーダです」

 私は秘密を語るようにそう言って笑った。だから、莉乃ちゃんも達也さんもいない時間に渡したのだ。もう少し喜んでもらえるかと思っていたが、真顔の宗一郎さんはしばらく沈黙してしまい、やや口が半開きだった。

「ほんま、風子には驚かされるわ」
「あれ……私また何かやらかしました?」
「大いにやらかしたわ」

 私はここ数分をふり返ってみたが、何を失敗したのかわからなかった。宗一郎さんがおもむろに立ち上がる。

「あれ、飲まないんですか?色は独特ですけど味見もしてますから、美味しいですよ?」
「もちろん飲むで」

 宗一郎さんはリビングにあるメゾンみんなのスマホを集めた収納箱へ向かう。鍵を開けて自分のスマホを取り出した宗一郎さんは、スマホを花火夜クリームソーダへ向けた。写真を撮るらしい。

 宗一郎さんがスマホで何かを撮影しているところなんて、初めて見た。

「宗一郎さんって写真撮るんですね。意外でした」
「記憶だけで褪せて欲しくない思い出もあるやろ」

 何度も角度を変えて写真を撮る姿が、私の作ったクリームソーダを特別扱いしてくれているようで思わず笑ってしまった。

 私は宗一郎さんが向けるカメラに勝手に入り込んだ。クリームソーダとツーショットを撮ってもらおう。

「私も撮ってもらっていいですか?初オリジナルクリームソーダ記念です」

 私がにっこりピースして笑うと、宗一郎さんがまた真顔になる。

「風子、あんまり可愛いことばっかりするのも、どうかと思うで」

 予想外の返答を受けた私は、すみませんと小さく言いながらクリームソーダから飛びのく。叱られたのかと思うくらい真剣な声色だった。怒られたのか。褒められたのか。微妙なところだった。

 宗一郎さんは淡々と撮影を続けて、その言葉に弁明も説明も撤回もなかった。

 撮影を終えた宗一郎さんがついにクリームソーダを飲み始めた。

 私は彼の向かいに座って、可愛いの単語にうっかりじんとした耳たぶを弄ってしまう。耳を触りながら、宗一郎さんが美味しいと言うのを誇らしい気持ちで眺めた。




 各自が出立のための用意を整えるメゾンのリビングには朝特有の慌ただしさがある。そんな朝の空気の中で、制服に着替えた莉乃ちゃんがキッチンの壁際に立って私を呼んだ。

「風子ちゃん紺色のクリームソーダ、完成したの?」
「あれ?どうして知ってるの?」
「だって見てこれ」

 莉乃ちゃんが指さしたのはキッチンの一角に貼られた大きなホワイトボードだ。

 各人の帰宅予定時間や、連絡事項を書く場所だ。

 ボードの周りには今までのメゾンの卒業生の集合写真や、私たちが映画の日に揃って撮った写真なんかも飾られている。今日はまだ見てなかったと思って、莉乃ちゃんの隣に立って覗き込んだ。

 そこには「白良浜の花火夜クリームソーダ」の写真が一枚マグネットで貼られていた。

「あ……宗一郎さん、印刷してくれたんだ」
「えー宗ちゃんにだけ作ったのー?いいなー!しかもこのクリームソーダめっちゃ可愛い!金平糖とか初めて見た!」

 莉乃ちゃんが今度私にも作ってと、私の腕を取って甘えてくる。私は莉乃ちゃんが絡めた腕を抱き寄せながら、宗一郎さんが撮ってくれたクリームソーダを見て、どうにも口元が緩む。

 クリームソーダをどうやって作ろうか考えている時間は、アイデアが湧いて来る気持ち良さ、悩む楽しさ、手を動かして没頭する快感があった。

 それだけでも十二分に満悦だった。それなのに、私が作ったものをこうやって喜んで、大事に写真にまで残してくれた人がいる。

 なんて言い表しがたい高鳴りだろうか。やったかいがあるとは、正にこのことだ。ものを作る側にしかない面白さって、これか。私は莉乃ちゃんとくっつきながら呟いた。

「次は、何を作ろうかな」

 クリームソーダ作りに、ますますハマッてしまった朝だった。

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