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第七章 風子と小さな暮らし
コンセプト
しおりを挟む穏やかな風が活動的にさせる神無月がやって来た。私のクリームソーダレシピの数は少しずつ増え、記録用として、新しくインスタグラムを始めた。
ソーダの試行錯誤の過程を写真に残して、その一杯に込めた試みや思い出を書き込むようにしていた。毎日二時間のスマホタイムは大体その作業で終わってしまう。
夕食を終えて、リビングのソファに寝転んでスマホタイム中の達也さんが、ラグに寝転ぶ私と莉乃ちゃんに顔を向けた。
「風子ちゃんのクリームソーダアカウント可愛くておいしそうだよね~」
スマホで私のアカウントを見てくれているらしい達也さんは、いつも手放しに褒めてくれる。けれど莉乃ちゃんは忌憚なきご意見を教えてくれるのだ。
「私はさぁ、実物見てて実際に可愛くて美味しいの知ってるから、あえて言うんだけど……」
「だけど?」
「写真がイマイチ」
莉乃ちゃんが私の鼻先にスマホ画面を見せつける。痛い所をどんと正面から突いてくれるのが莉乃ちゃんだ。私もそこに大いに課題を感じていた。
「だ、だよね……写真が下手過ぎてつらいと思ってたんだ」
「風子ちゃん、ラーメン屋さんで写真撮る仕事してるんじゃなかった?」
「あれは完璧なマニュアルがあるからできるんだよ」
白良浜ラーメン屋さんでの写真は構図と時間と人数の配置さえ覚えてしまえば、誰でもできるのだ。その技術を応用して構図や光を作ればいいのかもしれない。だが、素人にはなかなか難しい。
檜テーブルで文庫本をめくっていた宗一郎さんが顔を上げて、会話に入ってきた。
「店のマニュアルを作ったのは俺やけど、写真の撮り方はプロに教えてもらったんや。風子も教えてもらうか?」
「え、いいんですか?!」
「授業料はいるけど、紹介やから割引いてくれるとは思うで」
「お願いします!」
ラグから飛び起きる私に続いて、莉乃ちゃんも声を張った。
「私も参加するー!映え写真撮りたい!」
「ほな、企画しようか」
宗一郎さんがとんとん拍子に話をまとめてくれて、メゾンで「スマホで映え写真の撮り方講座」が開催されることになった。
日曜の朝にプロのカメラマンの女性が講師としてメゾンへ来てくれた。参加者は私と莉乃ちゃんだけ。宗一郎さんは見学だ。講師の方は気さくな人だった。紗理奈さんの友人だということで莉乃ちゃんも私もすぐに話が弾んだ。
和やかな雰囲気のままみんなでメゾンのガーデンに出た。秋晴れの空の下で私が作った「真夏の白良浜、エメラルドブルーのクリームソーダ」をウッドテーブルの上に置いて撮影する。
スマホの設定を変えてグリッド線を入れて、いくつか有名な構図の形を覚え、自然光の中で撮ることを押さえると、見違えるほど良い画が撮れた。
「知ってるか、知らないかはすごい違いですね……」
私の撮影を見守っていた宗一郎さんに写真を見せる。宗一郎さんは何度も頷いた。
「せやな。生涯ずっと勉強やわ」
構図を考えながら何度もシャッターを押していると、後ろに立つ宗一郎さんが問いかける。
「風子は最近よう勉強してるけど、カフェのええコンセプトは見つかったんか?」
私はアイスが溶け始めたクリームソーダを手に取って、宗一郎さんに渡した。溶け始めてはもう撮影ができないので、飲んでもらう係だ。
「白良浜のクリームソーダストーリー専門店、とか考えたりしてます」
宗一郎さんがストローを吸って、エメラルドブルーソーダを飲み込んでからニッと笑った。商売人の顔だ。
「フックがええな。売れ線がありそうやわ」
「ほんとですか!やった!」
「風子の作るクリームソーダはまず見栄えがええ。しかもそこに乗ったストーリーのおかげで情緒が増すわ。莉乃が言うエモいってやつやな。白良浜の海を見ながらエモいストーリーに浸って写真を撮りたい人、観光客に必ず一定数おるわ」
宗一郎さんにお墨付きをもらえるなんて相当な自信になる。宗一郎さんの手に持ったグラスからどんどんエメラルドブルーが減っていくのを見ていると、こうやって飲んでくれるお客さんが現れることを夢に見てしまう。
ガーデンの反対側で講師さんと撮影していた莉乃ちゃんが、スマホ片手にやってきた。写真を見てと言って莉乃ちゃんが笑った。私と宗一郎さんで写真を覗き込む。写真の中で淡いピンク色ソーダが綺麗に佇んでいた。
「風子ちゃんが私に作ってくれた『夏の夕暮れ、白良浜初恋チェリーソーダ』最高にエモいでしょ?」
宗一郎さんが、ほらエモいって言ったと言わんばかりに一瞬私を見たので笑ってしまった。
「これは莉乃の思い出を元に作ったソーダやったんか?」
「お父さんには内緒だけどね~」
にひひと笑う莉乃ちゃんの後ろから、初恋チェリーソーダをストローで吸っている講師さんも戻って来た。溶け始めたので飲んでくれているようだ。彼女が屈託なく笑う。
「これ本当に可愛い商品ですよね。思わず撮りたくなる被写体で、販売が待ち遠しいです」
「お、お世辞でも嬉しいです」
私は恐縮しながらお辞儀をした。プロのカメラマンさんにそう言ってもらえるとちょっと浮かれる私の前で、宗一郎さんが真剣に話し出す。
「商品はええんやけど、問題は利益率や。原価は高くない分、純利益も安い。白良浜っていう立地が必要な商売になるから、問題は不動産やわ。コンセプト的に店から海が見えなあかんやろ」
宗一郎さんの理論立ては非常に正しいのだろうが、私はまだそこまで行けていない。まだクリームソーダを極めていこうという段階だ。
「宗一郎さん、また資金繰りとか物件とかの段階になったら相談させてください」
私は宗一郎さんをまっすぐ見返した。
「今はまだレパートリーも少なくて、写真の撮り方も下手で。そもそも初期資金がありません。五年後を目標に、なんて思ってます」
私があまりにきっぱり言ったからか、宗一郎さんも莉乃ちゃんも一瞬固まってしまった。私たちの間を秋風が爽やかに吹き抜けた。
「風子ちゃんかっこいい~宗ちゃんを言い負かしちゃったよ」
莉乃ちゃんが拍手して大笑いし始める。私もするすると口から出てきた言葉に、自分でびっくりしていた。
「五年後」なんて具体的な筋道が見えてきたのは、自分でも大きな進歩だと感じた。宗一郎さんが笑って言った。
「俺が先走りすぎたな。風子が正しいわ。できることあったら手伝うから、いつでも言いや」
「はい、もちろん遠慮なく頼りにするつもりです」
「宗ちゃん金持ちだから、めちゃくちゃ良いコネだよね。私も頼ろ」
莉乃ちゃんがお願いしますと両手を合わせると、宗一郎さんは遠慮なく言う。
「莉乃、俺がいけると思えるコンセプトと商品、持っておいでや」
「あ、やっぱ止めた。細かすぎる宗ちゃんと仕事とか萎える」
「せやろな」
莉乃ちゃんの憎まれ口を聞きながら、宗一郎さんはエメラルドブルーを飲み干した。
私はまだまだ何も成していない。けれど、私は、私が確実に動き出していると自信が持てるようになってきた。爽やかな日差しが満ちるガーデンで、私はこの暮らしの地続きになら夢を為せると実感していた。
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