49 / 56
第七章 風子と小さな暮らし
コンセプト
しおりを挟む穏やかな風が活動的にさせる神無月がやって来た。私のクリームソーダレシピの数は少しずつ増え、記録用として、新しくインスタグラムを始めた。
ソーダの試行錯誤の過程を写真に残して、その一杯に込めた試みや思い出を書き込むようにしていた。毎日二時間のスマホタイムは大体その作業で終わってしまう。
夕食を終えて、リビングのソファに寝転んでスマホタイム中の達也さんが、ラグに寝転ぶ私と莉乃ちゃんに顔を向けた。
「風子ちゃんのクリームソーダアカウント可愛くておいしそうだよね~」
スマホで私のアカウントを見てくれているらしい達也さんは、いつも手放しに褒めてくれる。けれど莉乃ちゃんは忌憚なきご意見を教えてくれるのだ。
「私はさぁ、実物見てて実際に可愛くて美味しいの知ってるから、あえて言うんだけど……」
「だけど?」
「写真がイマイチ」
莉乃ちゃんが私の鼻先にスマホ画面を見せつける。痛い所をどんと正面から突いてくれるのが莉乃ちゃんだ。私もそこに大いに課題を感じていた。
「だ、だよね……写真が下手過ぎてつらいと思ってたんだ」
「風子ちゃん、ラーメン屋さんで写真撮る仕事してるんじゃなかった?」
「あれは完璧なマニュアルがあるからできるんだよ」
白良浜ラーメン屋さんでの写真は構図と時間と人数の配置さえ覚えてしまえば、誰でもできるのだ。その技術を応用して構図や光を作ればいいのかもしれない。だが、素人にはなかなか難しい。
檜テーブルで文庫本をめくっていた宗一郎さんが顔を上げて、会話に入ってきた。
「店のマニュアルを作ったのは俺やけど、写真の撮り方はプロに教えてもらったんや。風子も教えてもらうか?」
「え、いいんですか?!」
「授業料はいるけど、紹介やから割引いてくれるとは思うで」
「お願いします!」
ラグから飛び起きる私に続いて、莉乃ちゃんも声を張った。
「私も参加するー!映え写真撮りたい!」
「ほな、企画しようか」
宗一郎さんがとんとん拍子に話をまとめてくれて、メゾンで「スマホで映え写真の撮り方講座」が開催されることになった。
日曜の朝にプロのカメラマンの女性が講師としてメゾンへ来てくれた。参加者は私と莉乃ちゃんだけ。宗一郎さんは見学だ。講師の方は気さくな人だった。紗理奈さんの友人だということで莉乃ちゃんも私もすぐに話が弾んだ。
和やかな雰囲気のままみんなでメゾンのガーデンに出た。秋晴れの空の下で私が作った「真夏の白良浜、エメラルドブルーのクリームソーダ」をウッドテーブルの上に置いて撮影する。
スマホの設定を変えてグリッド線を入れて、いくつか有名な構図の形を覚え、自然光の中で撮ることを押さえると、見違えるほど良い画が撮れた。
「知ってるか、知らないかはすごい違いですね……」
私の撮影を見守っていた宗一郎さんに写真を見せる。宗一郎さんは何度も頷いた。
「せやな。生涯ずっと勉強やわ」
構図を考えながら何度もシャッターを押していると、後ろに立つ宗一郎さんが問いかける。
「風子は最近よう勉強してるけど、カフェのええコンセプトは見つかったんか?」
私はアイスが溶け始めたクリームソーダを手に取って、宗一郎さんに渡した。溶け始めてはもう撮影ができないので、飲んでもらう係だ。
「白良浜のクリームソーダストーリー専門店、とか考えたりしてます」
宗一郎さんがストローを吸って、エメラルドブルーソーダを飲み込んでからニッと笑った。商売人の顔だ。
「フックがええな。売れ線がありそうやわ」
「ほんとですか!やった!」
「風子の作るクリームソーダはまず見栄えがええ。しかもそこに乗ったストーリーのおかげで情緒が増すわ。莉乃が言うエモいってやつやな。白良浜の海を見ながらエモいストーリーに浸って写真を撮りたい人、観光客に必ず一定数おるわ」
宗一郎さんにお墨付きをもらえるなんて相当な自信になる。宗一郎さんの手に持ったグラスからどんどんエメラルドブルーが減っていくのを見ていると、こうやって飲んでくれるお客さんが現れることを夢に見てしまう。
ガーデンの反対側で講師さんと撮影していた莉乃ちゃんが、スマホ片手にやってきた。写真を見てと言って莉乃ちゃんが笑った。私と宗一郎さんで写真を覗き込む。写真の中で淡いピンク色ソーダが綺麗に佇んでいた。
「風子ちゃんが私に作ってくれた『夏の夕暮れ、白良浜初恋チェリーソーダ』最高にエモいでしょ?」
宗一郎さんが、ほらエモいって言ったと言わんばかりに一瞬私を見たので笑ってしまった。
「これは莉乃の思い出を元に作ったソーダやったんか?」
「お父さんには内緒だけどね~」
にひひと笑う莉乃ちゃんの後ろから、初恋チェリーソーダをストローで吸っている講師さんも戻って来た。溶け始めたので飲んでくれているようだ。彼女が屈託なく笑う。
「これ本当に可愛い商品ですよね。思わず撮りたくなる被写体で、販売が待ち遠しいです」
「お、お世辞でも嬉しいです」
私は恐縮しながらお辞儀をした。プロのカメラマンさんにそう言ってもらえるとちょっと浮かれる私の前で、宗一郎さんが真剣に話し出す。
「商品はええんやけど、問題は利益率や。原価は高くない分、純利益も安い。白良浜っていう立地が必要な商売になるから、問題は不動産やわ。コンセプト的に店から海が見えなあかんやろ」
宗一郎さんの理論立ては非常に正しいのだろうが、私はまだそこまで行けていない。まだクリームソーダを極めていこうという段階だ。
「宗一郎さん、また資金繰りとか物件とかの段階になったら相談させてください」
私は宗一郎さんをまっすぐ見返した。
「今はまだレパートリーも少なくて、写真の撮り方も下手で。そもそも初期資金がありません。五年後を目標に、なんて思ってます」
私があまりにきっぱり言ったからか、宗一郎さんも莉乃ちゃんも一瞬固まってしまった。私たちの間を秋風が爽やかに吹き抜けた。
「風子ちゃんかっこいい~宗ちゃんを言い負かしちゃったよ」
莉乃ちゃんが拍手して大笑いし始める。私もするすると口から出てきた言葉に、自分でびっくりしていた。
「五年後」なんて具体的な筋道が見えてきたのは、自分でも大きな進歩だと感じた。宗一郎さんが笑って言った。
「俺が先走りすぎたな。風子が正しいわ。できることあったら手伝うから、いつでも言いや」
「はい、もちろん遠慮なく頼りにするつもりです」
「宗ちゃん金持ちだから、めちゃくちゃ良いコネだよね。私も頼ろ」
莉乃ちゃんがお願いしますと両手を合わせると、宗一郎さんは遠慮なく言う。
「莉乃、俺がいけると思えるコンセプトと商品、持っておいでや」
「あ、やっぱ止めた。細かすぎる宗ちゃんと仕事とか萎える」
「せやろな」
莉乃ちゃんの憎まれ口を聞きながら、宗一郎さんはエメラルドブルーを飲み干した。
私はまだまだ何も成していない。けれど、私は、私が確実に動き出していると自信が持てるようになってきた。爽やかな日差しが満ちるガーデンで、私はこの暮らしの地続きになら夢を為せると実感していた。
50
あなたにおすすめの小説
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
わたしを幸せにする25のアイテム
白川ちさと
ライト文芸
宮下みやび、二十五歳、は外車専門の中古車販売店に勤めていた。支店に転勤してきた岩梨悟という男に一目ぼれする。彼はミニマリストで部屋には何もない。彼に好かれようと、みやびもドンドン物を減らしていく。
しかし、ある日、岩梨悟が女性と仲良く歩いているところを目撃。失恋のショックと何もない部屋に愕然とする。
そんな折、みやびはコンビニで万引きをしようとしている女子高生を見つけてしまう。すんでのところで止めたみやび。彼女は失恋のショックで道を踏み外そうとしていたのだ。
失恋話で意気投合するみやびと、女子高生の翠。
翠は空っぽの部屋を見て、恩あるみやびを幸せにするための物を集めようと奮起する。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
地味男はイケメン元総長
緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。
GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。
お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが!
「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」
「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」
ヒミツの関係はじめよう?
*野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。
野いちご様
ベリーズカフェ様
エブリスタ様
カクヨム様
にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる