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第七章 風子と小さな暮らし
逃避
しおりを挟む夜の道を白良浜へ向けて全力疾走する。嫌なことがあったら走ったらいい。宗一郎さんにそう教えてもらった。
喉が焼けて肺が破裂しそうなくらい走って、白良浜で足が止まった。肩を上下させながら膝に両手を当てて項垂れる。
いつの間にか滲んだ涙のせいで余計に呼吸が苦しい。息をするたびに胸が痛かった。
運動したからか、もう何がしんどいのか言葉にならず、わけがわからなくなっていた。でも、肺の中に石があるみたいに重くて息がしづらい。白良浜の潮騒も耳に入らないくらい、息の音しかしないのに、楽にならない。
「全然、気持ち晴れない……」
私は絶望的な気持ちでトボトボ歩き出した。どこへ行こうかとも、何をしようかとも考えずふらふら歩く。
私の足は自然と紗理奈さんの店「豆の木」に向いていた。クローズの看板は出ているものの、まだ人の気配がある店の前で私は打ちのめされる。
「私って、何にも変わってないな……」
店の前にうずくまって膝をぎゅっと抱えた。最大限の理性を動員して、店のドアに手をかけようとする手を自分の手で縛り付ける。
先日、豆の木に行ったばかりだ。まだ次回のカフェ貯金は貯まっていない。
物事がうまくいかなくなったら、カフェに逃げ込んで散財する。リボ地獄に落ちかけた直接的原因ではないか。消費で自分を誤魔化そうとするのが私の一番愚かなところだと、学んだはずなのに、このざまだ。
何も考えないでいたら、自然とここに足を運ぶこと自体が私の弱さの証明だった。
ドアを開ければきっと、紗理奈さんが丸い笑顔で迎えて慰めてくれるだろう。甘い誘惑が鼻を掠める。
けれど私は──同じ間違いだけはしたくない。
だってそんなことをしたら、今まで重ねてきたものの意味がなくなってしまう。海街メゾンで小さく、小さくがんばってきた。それが私の誇りになっていたはずだ。私は豆の木に背を向けて、夜の道をまた走り出した。
私の意地が何とか勝った。だが結局、白良浜に戻ってきてしまった。ビーチ沿いの遊歩道は近くのホテルまで続いて続いているので、夜通し街灯が明るい。
私はビーチの端のなだらかな石垣に腰を下ろして、ため息を波音に溶かしていた。膝を抱えて座ってどれくらいたっただろうか。ガラホも財布も置いて来たので、何も持っていない。もう夜が更けて、かなり遅い時間のはずだ。
『風子、こんな時間にこんなところにおったら危ないで?』
そう言われた声を思い出す。
「宗一郎さんに叱られるかな……」
口にしてしまった言葉のせいで、また喉に寂しさの涙がこみ上げる。
海街メゾンを出たら、そうやって叱ってくれる人も、心配してくれる人も、追いかけてくれる人もいなくなるのかと思うとますます追いつめられていく。
私はずっと胸がスカスカしているが辛くて、海街メゾンでやっとそのスカスカが埋まったのに。
私はまた一人になるのか。
そんなことはしない。しないのだが、また孤独へ落ちていくくらいなら、その前に海にでも飛び込んでやろうかと思うくらいに投げやりな嵐が胸に巣くっていた。
涙を飲み込み、膝に顔を埋めてその気持ちを飼いならしていると、上から人の気配が降って来た。
──誰かが私を覗き込んでいる。
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