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第七章 風子と小さな暮らし
集合
しおりを挟む──誰かが私を覗き込んでいる。
俯いたまま感じる影は大柄で息も荒くてはぁはぁと聞こえてくる。顔を上げるのが怖くて固まった。動けないでいるとその人物が声を放った。
「風子ちゃん、みつけた!」
聞き慣れた声に顔をあげると、達也さんだった。一気に安堵して力が抜けた。
「達也さん……びっくりしました」
「遅くなってごめんね」
「ま、待ち合わせしてましたっけ?」
「してないよ。でも前に言ったでしょ?風子ちゃんが困ったら、僕、絶対駆けつけるからって!」
達也さんは出っ張ったお腹をぽんと叩いて笑った。十月の夜はもう冷えるのに、達也さんの額からは汗がいっぱい垂れている。ずっと我慢して飲み込んでいた涙が、ぼろっと頬を伝ってしまった。
「達也さん……ありがとうございます……」
ぼろぼろ泣き始めた私の横に座って、達也さんはよくがんばったねと背を撫でてくれた。ぶ厚くてあったかい手が優しかった。達也さんは好きなだけ、泣かせてくれた。
涙が一息ついた私が卒業のことを話すと、達也さんは真剣に耳を傾けてくれた。最後まで私の話を聞いた達也さんの眉が険しい角度になった。
「ちょっと宗ちゃん、それはヒドいね」
「いやでも……何も間違ったことは言っていなくて」
「それでも話の途中で退席はありえないよ。風子ちゃんが不安がってること知ってるくせに。絶対わざとだね」
「わざと?」
「宗ちゃんに寄りかからないように、わざと素っ気なくしてるんだよ。宗ちゃんって人のために嘘つくことあるから」
冷静に考えてみると、達也さんの意見は至極当然と思えた。宗一郎さんがあんな話の切り上げ方するなんて、あまりに雑だ。
花火大会の日の宗一郎さんの方便を思い出して、納得してしまった。
「風子ちゃん、宗ちゃんと仲良いからね。宗ちゃんもちょっと寂しくて余裕なかったのかも?」
「そう、でしょうか……甘えるなって聞こえましたけど」
「風子ちゃんにそう受け取らせたのは宗ちゃんが悪いよね」
さっと立ち上がった達也さんがにひっと莉乃ちゃんがイタズラを考えたときと同じ笑い方をした。
「だから、宗ちゃんに仕返ししよっか」
「仕返し、ですか?」
こんな夜遅くだというのに、達也さんは電話をかけ始めた。相手は誰だかわからなかったが、全部繋がったよと達也さんは自慢げに言った。
何をするつもりなのか教えてくれないままの達也さんに促され、隠れたようなビーチの端っこから、砂浜と遊歩道の間の段差へ移動した。人の通りがよくわかる場所だ。しばらくすると、達也さんが手を上げた。
「あ、来た来た!おーい、榎本くーん!こっちー!」
「え?」
達也さんが呼んだ名前に驚いて、きょろきょろ探す。すると白良浜のメインストリートの方から本当に榎本君がやって来た。図書館司書の榎本君だ。
私がよく見る榎本君はしゃっきりしないシャツのスーツ姿だが、彼はだるいジャージの上下を着ていた。完全に寝間着である。
私と達也さんの前で榎本君が、重そうなビニール袋を掲げた。
「こんばんは、今日は本ではなくアルコール担当の榎本です」
「榎本君、いらっしゃーい」
達也さんが笑顔で榎本君を迎え入れる。榎本君が私の斜め前の段差に座り込んだ。私は戸惑ったまま榎本君に問いかける。
「榎本君と達也さんって、仲良かったんですか?」
「僕が海街メゾンを出て行く決意ができたのは、達也さんに相談したからなんです。ある意味、僕の恩人ですよ。達也さんも図書館によく来てくれます」
榎本君は海街メゾンに馴染めないまま出ていったのかと思っていた。だが、あくまで宗一郎さんと方針が合わなかっただけなのか。榎本君は隈を揺らしてにっと笑った。
「今日は宗一郎さんナシの飲み会で、文句言い放題って聞いてきました」
「そうなんですか?めちゃくちゃ悪いですよその企画……!」
私が思わず大きな声で言うと、達也さんがにっこり笑う。
達也さんの仕返しは、陰ながら宗一郎さんを攻撃していて絶妙だった。達也さんにこんな企画力があったとは、知られざる一面を見てしまった。
「僕がそう言って皆を誘ったんだ~」
達也さんが指さした方向に、また人が現れた。今度は女性の二人組。
ミカミカさんと、紗理奈さんだった。
「面白そうなことやるっていうから、喜んで来たで」
「私も夜の浜飲みなんて久々で、旦那説得して出てきちゃった」
ミカミカさんと紗理奈さんは旧来の友人のように顔を見合わせてふふふと笑い合っている。私がぽかんとしているうちに飲み会の準備が着々と進んだ。
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