海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第七章 風子と小さな暮らし

浜飲み

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 榎本君がハイボール缶を配って、紗理奈さんとミカミカさんは家から持って来たシートの上に、缶詰やソーセージにスルメやお菓子のおつまみを広げてくれた。紗理奈さんは私に上着まで持ってきてくれていて、用意周到だ。

「じゃあ始めちゃおっか~宗ちゃんに仕返し飲み会に乾杯!」

 みんなでハイボール缶を掲げてから、喉に流し込む。すっかり喉が渇いていたらしい私は、久しぶりのお酒をぐいぐい飲んでしまった。それぞれが雑談する中、私は達也さんに訊ねた。

「皆さんお知り合いなんですか?」
「海街メゾン繋がりだよ。白浜には風子ちゃんはまだ会ったことない子も結構いるよ」

 海街メゾンのホワイトボードの周りに飾られた卒業生たちの写真を思い出す。私のようにメゾンを卒業していった人はたくさんいるのだ。

「卒業したら、みんな大体白浜界隈に住んでるんだ。ミカミカさんの店や、紗理奈さんの店で過去に働いてた子もいるから。みんなどこかで繋がってる感じ」

 達也さんの説明に、ハイボールをくいっと飲んだ紗理奈さんが笑う。

「宗ちゃん結婚もしてないのに、白浜の人口を増やしてるのすごいよね」
「ものすごい地域貢献だね」

 達也さんと紗理奈さんが揃ってからから笑った。海街メゾンの繋がりがそんなに広範囲なものとは知らなかった。

「卒業生の会、みたいな感じですか」
「そんな大層な形はないけど、緩くね。みんな一度は宗ちゃんルールを受けてるから、初対面でも宗ちゃんの話で盛り上がっちゃう。榎本君はミカミカさんとは初対面じゃない?」

 榎本君はミカミカさんとさっそく話し込んでいた。そういえば、達也さんや莉乃ちゃんと仲良くなったきっかけは、宗一郎さんのルールが辛いと言う愚痴だった。

 彼への愚痴は卒業したあとも、懐かしく語られているのか。紗理奈さんが達也さんを指さして微笑む。

「私と達也君もすぐ仲良くなっちゃったわ。ミカミカさんは皆の姐さんよ」

 みんなの視線が夜でも黒ワンピのミカミカさんに集まると、彼女は自信満々に胸を叩いた。

「宗一郎への文句言わせたら、そりゃあ母親のうちが一番やろ」

 ミカミカさんの大笑いが白良浜の夜に響くと、みんなわっと笑った。私もミカミカさんの懐の深さに笑ってしまう。私はふっと気がついて達也さんに顔を向けた。

「そう言えば達也さん、莉乃ちゃんは?」
「もちろんメゾンにいるよ。宗ちゃんがいるから大丈夫」
「あ、そうか……」
「僕は出かけるから莉乃をよろしくって言ってきたんだ。どこに行くとは言わなかったけど。だからここに宗ちゃんは来ないから安心して」

 莉乃ちゃんの安全確保のために、宗一郎さんは決してメゾンを出ないだろう。私は深く頭を下げた。

「達也さん、莉乃ちゃんを置いて来させてすみません」
「もう風子ちゃんは水臭いな~これも前に風子ちゃんが言ってくれたよ?」
「何、ですか?」
「大人だけで楽しんでしまえばいいのでは?ってね!」

 それはいい考えだと、みんなが口々に言い始め、大人の特権とばかりにハイボール缶を再び開け始めた。私もほろ酔いになってきて、口が軽くなる。

「宗一郎さんに、出て行きってきっぱり言われて……わかってるんですけど、そんな冷たく言わなくてもいいのにって思ってしまって」

 私が缶を握り締めてぐじぐじ言っていると、紗理奈さんとミカミカさんが私を両側から挟んでぎゅうと抱きしめてくれた。私の愚痴は止まらない。

「私が未熟だからこんなこと言ってしまって、宗一郎さんは悪くないんです……っ」

 優しくされるとまた目が潤んでしまった。ミカミカさんが私の背中をぽんぽん叩いてあやしてくれる。

「ほんま風子ちゃんは一生懸命で可愛い子やで。もう血も涙もない宗一郎なんかやめとき」
「そうよ、風子ちゃんみたいな優しい子、宗ちゃんにはもったいないわ!ねぇミカミカさん!」
「そうや!もっとええ男おるで!」
「そんな話してないんですけど……」

 酔っ払っているミカミカさんと紗理奈さんは宗一郎さんを肴に存分に盛り上がる。二人は私を理屈抜きに甘やかしてくれて、両側から抱きしめてくれる。私は涙を拭いて鼻をすすった。

 榎本君が私の握っていた空の缶を取り上げ、代わりに新しい缶を手に握らせてくれる。ほろ酔いの榎本君がぴしっと声を張った。

「風子さん、宗一郎さんがいなくても大丈夫です。僕は何とかやってます!」
「榎本君が言うと説得力ある……!」
「でしょう?風子さんには仕事も、クリームソーダも、こうやって飲める友だちもいる。図書館には僕もいます。いつでも来てください」

 榎本君が図書館の外で笑うのを初めて見た。もうすぐ朝を迎える白良浜に、冷えて澄み切った風が通り抜ける。達也さんががっと榎本君の肩を抱いた。

「そうだよ、風子ちゃん。僕は次も約束を守る」
「ミカミカさんの人生相談はいつでも受け付けてるで。風子ちゃんは社員割でタダにしたるわ」

 ミカミカさんが指先でお金マークを作って笑うと、紗理奈さんが続けた。

「私はもちろん、豆の木にいる。でも、風子ちゃんは店だと遠慮しちゃうと思うから、今度からは電話してね」

 私に向けられる色んな角度からの励ましが、冷えた身体に染み入った。彼らはみんな、卒業しても大丈夫だと伝えてくれているのだ。

 私はみんなからもらった言葉と共にぐいっとハイボール缶を煽った。胃の中に熱がこみ上げ、熱さに押されて立ち上がった。私は身体に溜まった熱の衝動にたまらず砂浜を波打ち際まで走り、白んできた水平線に向かって叫んだ。

「みなさん優し過ぎです!どうしてー!」

 私の声に全員がきょとんとなって、大笑いし始めた。達也さんが私の真似をしてのしのし駆けてきてから、声を張り上げた。

「風子ちゃんがー!先に優しくしてくれたからー!」

 榎本君も走って来て私の隣で海に向かって声を放つ。

「海街メゾンをちゃんと卒業するとか、凄すぎですー!僕はできなかった!」

 榎本君ってそんな大きな声が出るのかとびっくりしていると、榎本君の隣でミカミカさんと紗理奈さんが並んだ。二人はせーのと揃えて大きな声を海へ飛ばす。

「「風子ちゃん、卒業おめでとうー!!」」

 その声に呼ばれたように、水平線から朝陽の筋が差した。眩しい光が目に染みて、涙になってしまう。私は涙を擦って叫び返す。

「卒業しても、がんばります!」

 朝の海に吸い込まれた私の決意表明に、祝福の拍手がわき上がった。私はみんなをふり返って、朝の海風で涙が乾いた頬で笑った。

 そうだ、卒業って嬉しいことだ。

 きらきらと水面が光る朝海は、私の卒業を祝ってくれているみたいだった。

 今度は「白良浜の秋、朝海の卒業クリームソーダ」が作ろう。きっと、きらきら光るちょっと切ない色になる。

 海街メゾンからの卒業記念だ。

 私は朝陽が光る水平線を見つめながら、靴の中に入った白良浜の白砂の粒を踏みしめていた。

 白浜で地に足をつけて毎日堅実に暮らしてきた。ここで築いた暮らしの上に、私はこれからも生きていく。一人になるだなんて、大きな勘違いだ。

 すぐに会いに行ける友だちがいる私は。

 枠の意味を知っている私は。


 一人でもきちんと暮らしていける。


 朝の空気で胸を満たして、波打ち際にみんなで並んで静かに朝陽を見つめていると、気づいてしまった。

 宗一郎さんが私を突き放したのは、独りではないと自分で気づかせようとしたからだ。

「宗一郎さんにはやっぱり……敵わないなぁ」

 私は誰にも聞こえない声で海の光の中に、完敗の言葉を溶かした。

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