海街メゾンで、小さく暮らそ。

ミラ

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第七章 風子と小さな暮らし

朝の海

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「みんなで楽しそうなことして羨ましいー!」

 並んで海を見つめていた私たちの背後から、若い溌剌とした声が飛んできた。振り返ると、莉乃ちゃんが私の胸に飛び込んで来た。

「風子ちゃん、一晩中帰らないなんて心配した!家出ダメだよー!」
「ごめんね、莉乃ちゃん」
「宗ちゃんがさ、探しに行くから起きろって、私こんな朝っぱらから起こされたんだから」

 莉乃ちゃんが後方を指さすと、宗一郎さんが立っていた。宗一郎さんと目が合うと、少しくたびれた感じを受けた。もしかしてずっと、起きて待っていてくれたのだろうか。

「……風子、連絡せなあかんで」
「ごめんなさい、宗一郎さん。無断外泊も、昨日……甘えたことを言ってしまったことも」

 いつものお叱りを受けて、私はお辞儀をしてから再び顔を上げた。もう宗一郎さんの顔をまっすぐ見ることができる。

「でも家出したおかげで、きちんと卒業できる気持ちになれました」
「そうか……気持ちの整理ついて良かったわ」

 きゅっと眉尻が下がる彼の笑みが、なぜだか一瞬、切なそうに見えた。宗一郎さんの横をミカミカさんと紗理奈さんがすすっと通り過ぎながら、声を投げかけた。

「宗一郎、あんた固すぎやで。ええ加減にしいや」
「そうよ、宗ちゃん岩みたい。知ってたけど」

 宗一郎さんは明確に攻撃した二人をじろっと睨んだ。だが、追いかけなかった。榎本君も宗一郎さんに会釈しながら横を通り過ぎる。

「宗さん、相変わらずみたいですけど。僕の友だちは泣かないようにしていただけると嬉しいです」

 宗一郎さんは誰にも返事をしなかった。けれど、やや視線を下に向けた。達也さんが私の腕に絡まる莉乃ちゃんを引きはがして連れて行く。

「莉乃、宗ちゃんと風子ちゃん話あるみたいだから、あっち行ってよう」
「えーそれで昨日風子ちゃんどっか行っちゃったんだけど?! 宗ちゃん、重罪だよ、重罪ー!」
「いいから!」

 達也さんが莉乃ちゃんを連れて行ってしまうと、私と宗一郎さんだけが波打ち際に取り残されてしまった。皆が飲み会の片づけをし始めていたので、私も行こうと宗一郎さんの横を通り過ぎようとする。

「あ、あの宗一郎さん私も片づけに」
「風子、話あるからちょっと待ち」
「えっと、はい」

 達也さんや紗理奈さんがこっちはいいからと手振りで示してくれたので、私は宗一郎さんに向き合った。

 宗一郎さんと波打ち際で向かい合うと、朝風が首筋を撫でた。朝陽が半分以上のぼり、明るい光の筋が白良浜の白砂を煌かせるように降り注ぐ。

 珍しく言い淀んだ宗一郎さんを見つめると、やっと声が聞けた。

「風子、俺は卒業する子にどこに住めとは言わんねん。好きなところに行ったらええって言うてきた」

 海街メゾンの卒業生はわりと白浜界隈に住んでいるという話は聞いたばかりだ。私も白良浜ラーメン屋さんで働くのだから、近辺を探そうと思っていた。

「でも風子には卒業した後、勧めたい物件があるんや。昨日、そこのオーナーに家賃を安くしてもらわれへんか交渉に行ってたんや」

 宗一郎さんは私が卒業した後の家探しをしてくれて、しかもそこの値下げ交渉までしてくれていたというのか。

「海街メゾンに近い物件やねん」

 宗一郎さんは面倒見が良いが、自主性を重んじる。だから物件の価格交渉と聞くと、手を貸すにしてはやや過剰な気がした。

「ど、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 宗一郎さんの声が朝の海の波とともに響いた。

「風子が卒業しても、風子の顔をよう見たいからな」

 宗一郎さんが大事な話をしてくれたことがわかる。まっすぐ刺さる視線から一時も目を離せない。徹夜明けの乾いた喉から、擦れた声が出る。

「それは、どういう意味に受け取れば……」

 自然と期待してしまう胸の奥で心臓の居場所が特定できてしまうほどの鼓動を感じる。宗一郎さんが吹っ切れたように笑った。


「メゾン卒業したら、俺とデートして欲しいってことや」


 目も口も見開いたまま海風を全身に受けていると、潮の香りでいっぱいになった。宗一郎さんはくるりと向きを変えて海を見て、ふはっと笑う。

「言ってしもたわ。でも例外はあるって言うたの、風子やからな」
「あ、あのそれって、その」
「卒業までまだもう少しあるから、この話はこのくらいにしといてや」

 宗一郎さんが背を向けて白砂浜を歩いて行ってしまう。すっかり片づけは終わっていて、白良浜にはもう誰もいなかった。

 宗一郎さんは海街メゾンのオーナーとして、常に私を導く人だった。けれどずっと、どこかで対等になりたいと思っていた。メゾンを卒業すれば、それがようやく叶うのだ。

「宗一郎さん、ちょっと待ってくださいよ!勝手ですよ、ちょっと!」
「俺が勝手なんは、よう知ってるやろ?」

 くしゃりと表情を崩して笑う宗一郎さんに追いついて、私はやっと隣に並んで笑ったのだった。

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