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アリーシャ編■二律背反
14.二心同体
しおりを挟む──急に意識が遠のくような感覚に見舞われることが、最近よくある。
突然の頭痛と共にやってくるその予兆は、同時に様々な錯覚を覚えさせるものだ。
経験したことのない事、知らない物、人、固有名詞。
それらが脳裏に突然浮かんでは、すぐに消えてしまう。
消えた錯覚はすぐに記憶から抹消され、『何かを思い出した』という情報だけが脳に残るのだ。
──アリーシャはスコットの十メートル程後ろを歩く。
大丈夫、いつものように振る舞えばいい。
いつものように父を慕い、敬う態度を崩さなければいいんだ。
そう思うことで、アリーシャは自分の中で蠢く葛藤を悟られぬようにすると決めた。
あの時から、父の様子はおかしかった。
外見だけではない。
性格も、仕草も、父と似せようとしているが、娘の私にはその微々たる変化が分かる。
そう──
あれは、父ではない。
父の身体を何者かが操っている、もしくは父そっくりに変身している、もしくは──
父が父ではなくなってしまっている。
その内のどれかに違いない。
だが、確かめる術もなければ、確信を持てる選択肢もない。
それに、敵対する者の仕業ならば私などいつだって殺せるはず。
それなのに、そうしないのは何故......?
アリーシャは考える。
考えて考えて、それでも答えに辿り着けるようなピースがまだ見当たらないことにだけ気付き、考えることを辞めた。
今は父に私が疑いをかけられていると思わせないことが大切だ。
まずは彼に付き従い、追っ手から逃げなければ。
生きなければ、先立ったヒュッケのためにも、生きなければならない。
生きる。
何が何でも生き抜いて、真相を暴くんだ。
オークの獰猛化、村の壊滅、友の死、そして、父の変化。
一体この世界に何が起きているんだろう。
それを、私が自分の目で確かめる。
確かめて、皆に報いる。
アリーシャは脚の痛みを堪えながら、杖替わりの弓を両手で支え、何とか歩く。
この矢が抜ければ、きっと何かが分かるはず。
せめて、誰が撃った物なのか、それだけでも分かれば。
まずは治療出来る人に助けてもらわなければならない。
いや、せめて薬があれば何とかなる。
薬の材料──
殺菌力のあるアクリノールと、被膜を作り傷口を乾燥させる酸化亜鉛があれば、化膿性皮膚疾患用の軟膏が作れ......
頭が割れそうな痛みが走り、一瞬目眩がした。
「──あっ」
思わず声が出てしまった。
まただ、また未知の物質の名前を無意識に思い浮かべていたみたいだ。
固有名詞は思い出せないが、殺菌作用がある物と乾燥させる作用があるものを組み合わせればいい、そういう事なのだろうか。
それらはこの森の植物で代用できる。
殺菌効果がある根絶やし草と、吸水性の水硝子の種。この二つがあれば薬を調合するには事足りるであろう。
この当たりにも生えていたはずだが、燃え尽きてしまったようで、周りを見渡しても見つかりそうにない。
もっと遠くの、火が侵食していない場所に行かなくては。
──でも、何故私はそんなことを知っているの?
何故私は知りもしないことを思い出すの?
まるで、別の人格と記憶を共有しているような、そんな感覚があるのは何故?
私は、誰?
あなたは、誰?
──ガタン!
「いてっ!!!」
ベッドから落ちたらしい。
我ながら、なんとジジ臭い失態。歳はとりたくないもんだね。
よろよろと起き上がると、ベッドの縁に腰をかける。座った部分だけが重力に負けてグニャっと沈み込む。
それにしても、今朝は不思議だ。
頭が冴え渡っている気がする。
夢の内容がぼんやりと舞い戻ってくる感覚を覚え、急いでペンを走らせる。
「アリーシャ、か」
唯一思い出した名前を呟いてみる。
勇作は、まだ気付いていなかった。
その名前はただの登場人物の一人ではなく、『自分自身』だという事に。
まさか、自分が女の子として、それもエルフの美少女として、壮絶な人生を歩むことになる事に。
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