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ガロード編■魔法都市

23.ナハトヴァール

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総司令官を含め僅か20人の小さな小隊、これがグリムロックの1000人もの市民を守る魔導師軍『ナハトヴァール』だ。

市民の人数に対して軍人の数が極端に少ないのは理由がある。

一つは、大陸が四分割されてから数百年、一度たりとも戦争が起きたことがない、というよりも、他種族間での干渉が禁止されていたことだ。
平和が長く続き、軍事力に費やす予算がギリギリまで抑えられているために、定数が増やせずにいる。


二つ目は、アラドの意向だ。
軍の総司令官であり街の長である彼は、争いを好まない。
街に被害が及びそうなモンスターが出現した場合にのみ討伐隊を出す程度で、基本的には非武力を説いている。
そして、多くの軍人が街を闊歩する姿は威圧的であるとして、少数精鋭を維持しているのだ。

軍人でありながらも平和を貫く彼のその姿勢が、この街の平穏を築いているのだと思う。


三つ目は、ナハトヴァールの魔導師達の、圧倒的な戦闘力だ。

本来人間族はエルフや魔族と比べて高度な魔法を使うことが出来ず、身体能力がずば抜けて秀でている訳でもない。むしろ他種族と比べると、最低ランクだ。

しかし、彼らの最大の強みは『適応力』にある。


元々人間は魔力を生成出来ないため、魔法を使うことが出来ない種族だった。

そこで科学力に長けている彼らは、希少鉱石である『ハルキゲニア』を材料に、『魔導具』を開発した。

魔導具は杖の形状をしており、先端にハルキゲニアを仕込むことで魔力のない者の代わりに魔力を供給し、魔法陣を描くことが可能になるデバイスだ。

それだけではない。
ハイエルフの多瞳孔ほど複雑な調整は出来ないが、魔導具は基本三原色を組み合わせることで色を生成し、様々な魔法が使えるのだ。

エルフが使う援護系の風魔法や、魔族のみ使える炎魔法、加えて他の種族では使うことの出来ない特殊な魔法まで独自研究することで、幅広く使えるようになったのは、人間族ならではの適応力あっての物種だろう。

これだけ聞くと、アルハザードでも特に魔法に長けた種族なのではないか、と思えてくる。
しかし、彼らはごく基本的な魔法しか使うことが出来ないため、各種魔法に特化した種族に対して同色の属性魔法で勝負を仕掛けたとしても、まず勝ち目はないと言っていいだろう。

単純な戦闘力は他種族に劣る彼等だが、相手に合わせた属性魔法を駆使して戦えること、それが出来る人間が集まっていること。
工夫次第では最弱から最強まで、いくらでも機転が利く。
これがナハトヴァールの強さの秘訣だ。





──そんな汎用性に優れた魔導具の台頭と科学の進歩により、人間族はどの種族よりも高度な文明を築けるほどに成長したのである。

その集大成とも言える街が、このグリムロックだ。

この街は、膨大な魔力により維持されている。

魔導師軍ナハトヴァールの本部の地下には巨大なハルキゲニアの結晶が保管されており、その魔力を街全体に巡らせることにより『照明』なるもので暗がりを昼間のように明るく照らしたり、『機械』と呼ばれる自動式の器具を作ることで、人間の代わりに作業をさせることも可能になった。

更に、人間はこの巨大な結晶を小さく切り取って魔導具として使っているのだから、結晶が人間に寄与する恩恵はとてつもないものだと言えよう。

ハルキゲニア無くして人間族の発展は有り得ないのだ。





──そんなグリムロックをモンスターの軍勢が襲う理由など、一つしかあるまい。

地下深く、厳重に魔法で施錠されているから簡単に入り込むことは出来ないはずだが......。

仮に市民を無事避難させることが出来たとしても、あの遺産をモンスターに奪われてしまったら、人間族は完全にこの世界のピラミッドの最底辺に墜落してしまう。
市民を囮にしてハルキゲニアを死守する方法もあるだろうが、あのアラドがそんな策を取るはずがない、か。

安堵の中に、恐れと不安が葛藤しているが、そんな事を考えている余裕はない。

ガロードは雑念を切り捨て、目の前に現れたオークゾンビの群れに向かって魔法陣を描いた。
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