書きの種 ’25(エッセイ)

佐藤遼空

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東山魁夷の、より奥の引き出し

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新聞に東山魁夷の記事が載っていて、それを興味深く読んだ。取り上げられたのは東山魁夷の『緑響く』という作品だ。これは緑の森の中、湖面にまたその緑が映る湖のほとりを、一頭の白い馬が歩いている。そういう絵だ。

実は東山魁夷というのは風景は描くけど、動物は描かない画家だった。それまでは。けど70年代に突如として、『白い馬の見える風景』を連作として描き出す。それは自分でも「思いがけないこと」だったという。

この白い馬は何処から来たのか? 東山魁夷本人も自問したらしい。戦争へ傾く暗い時代に、白い馬を描いたことはある。それは安らぎや救いを願う表れだったと思う。けど、世は移り変わった。なぜ、再び……東山魁夷は自問の末、「見る人の心にまかせたほうがよい」と書いたらしい。

東山魁夷は横浜市生まれの神戸市育ちである。戦後は千葉で過ごしたが、信州に何度も訪れた。自著にこういうくだりがある。『茅野から諏訪に向かって歩いて行くうちに、ふと、通りがかり見た風景が私を捉えた。心を牽かれるままに簡単なスケッチをした。この平凡な風景のなかに何があるのか』

『数日を経ても、意外に私の心に、その情景が根深く、静かな映像となって息づいているのを感じる』 東山魁夷はそう書いている。『緑響く』は場所は違うが、茅野市の御射鹿池がモチーフだという話である。その「心の風景」の意味を、記事はさらに掘り下げている。

東山魁夷は生まれと育ちの地が違ったせいか、長らく「故郷がはっきりしない」という感覚を持っていたという。心の引き出しを開けると、まず見えるのは煉瓦造りの倉庫がある横浜や神戸の光景。けど、もう一つ。より奥の引き出しを開けると、別の故郷が潜んでるようだ、と。

『私はもう一つ奥にある引出しの中身に気付いたのではないだろうか。それは、汽船や赤煉瓦とはちがって、きれいな水の流れる青い山の風景である。後者はより象徴的であり、より根源的であるといえるかもしれぬ』

東山魁夷の緑は、人の心の奥にある森なのだ。白い馬はそこを訪れた……何者なのか? それとも、そこにいる何かなのか? 判らないが…ただ惹かれる。
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