イグニッション

佐藤遼空

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最後の稽古

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 うっすらと感じる陽光の眩しさに、佑一は眼を覚ました。
「――佑一さん、起きました?」
 声のする方を見ると、今日子である。今日子は笑ってみせた。
「なあんて、今、新婚の奥さんみたいじゃありませんでした? ね、一瞬、そんな勘違いしませんでした?」
「……此処は?」
 辺りを見回した佑一は訊ねた。ノリに付き合ってくれない佑一に頬を膨らませながら、今日子が答える。
「ホテルの一室ですよ。さすがにラブホテルにはしませんでしたけど。佑一さんが、いつ起きるか判らないんで同室にしました。傍から見たらあ、酔っぱらった彼氏を連れてきた、献身的な彼女、みたいな」
 にっこりと笑う今日子に、佑一は引きつり笑いを浮かべる。

「その『佑一さん』て、止めてもらえませんか」
「また。どうして和真先輩も呼び方にこだわるでんしょうね。国枝警部補って、なんか他人行儀じゃないですか」
「だって他人でしょ」
「もう! 一緒に監禁されて、演技も使って脱出した仲じゃないですか。二人の共同作業ですよ」
「やめてもらえませんか、その結婚式の司会が使うような単語」
 佑一が苦虫を噛み潰したような顔をした瞬間、傍のスマホが鳴った。電話に出る。
「和真か。無事なのか?」
「ああ、おかげさまでな。それより佑一、『イグニッション計画』の全貌が判った。すぐ来てくれ」
「何? なんでお前、その事を――」

「詳しい話は後だ。それとお前、中条のこと知らないか? 姿を見てないって言うんだが――」
「一緒にいま~す!」
 佑一の顔の傍に入り込み、今日子が会話に割り込む。
「なんだ中条、一緒にいるのか? 何処にいるんだ?」
「ホテルの一室です」
「なに! ……お前たち、そういう関係になったのか?」
「そういう関係じゃない!」
 佑一が電話をひったくって、会話を取り戻した。
「とにかく、すぐに行く」
 佑一は電話をきると、今日子を睨む。今日子は舌をちょこんと出して、笑ってみせた。

 病室で西村孝義の最後の動画を見て、佑一は衝撃を受けた。
「こんな事を……本当に計画してるとは」
「で、どうします? 佑一さん、和真先輩」
 今日子の声に、和真は不機嫌そうな眼を向ける。
「なんだお前、俺の事は先輩で、佑一はさんづけかよ」
「和真先輩も、和真さんがいいですか?」
「いや、もういい」
 和真は手を振った。その間に、考え込んでいた佑一が口を開く。
「もう時間がない。正式な手続きは並行するとしても、それじゃあ発射に間に合わない可能性が高い」
 皆が一斉に時計を見る。既に時刻は9:43であった。

「俺たちで、止めるしかないだろ」
 和真の言葉に、佑一が目を向ける。
「お前、傷は大丈夫なのか?」
「これくらい、何でもねえよ」
 和真は笑ってみせた。
「中止キーがなくても、物理的に止める手立てがあるだろ。とにかく発射場所に行かないと。けど、何処なんだ?」
「建設中のレーダー基地だ。相手はまだ、オレたちが止めに行くことを知らない。そこを急襲するんだ」
 佑一が言った。和真がにやりと笑う。
「いいぜ」
「あの、わたし――」
 口を開きかけた今日子に、佑一が目を向ける。
「中条警部には、やってもらいたい事があります」
「え、何ですか? 共同作業?」
 今日子は眼をぱちくりさせた。

 二人は山の中を走っていた。
 和真のバイクに二人乗りしてである。二人を乗せたバイクは、峠道を疾走する。木陰と陽光が、交互に二人を照らし出す。後部座席の佑一に、和真はヘルメットの中から声をかけた。
「おい、今日、青葉の結婚式だって覚えてたか?」
「…覚えてるさ」
「一緒に顔出さないか? 事件を解決したら、な」
 和真の言葉に、佑一は笑った。
「いいよ。一緒に行こう」
 和真もヘルメットの中で微笑む。やがて和真が、口を開いた。

「覚えてるか? 俺たちが最後に稽古した時のこと」
「ああ。覚えてるが――それがどうした?」
「俺は今、あの時みたいに、わくわくしてる」
 上機嫌な感じの和真の言葉に、佑一は怪訝な表情になった。
「お前…あの時、わくわくしてたのか?」
「ああ、そうだよ」
 佑一は苦笑を洩らした。
「お前、やっぱりおかしな奴だな」
「どういう意味だよ」
 和真も苦笑しながら、カーブに向けてバイクを傾ける。
 二人の脳裏には、同じ日の思い出が甦っていた。

    *

 泣いた青葉は、雨があがったのを機に帰っていった。和真は雨上がりの夕方を、佑一の家へと向かっていく。
 玄関に出てきた佑一に、和真は言った。
「佑一、俺と稽古しろ」
「……今からか?」
 佑一は、少し沈んだ表情で言った。和真は即答した。
「そうだ」
「…判った」
 二人は普段稽古に使っている警察道場へと赴く。道中、和真は何も喋らない。佑一も、何も聞こうとはしなかった。
 稽古は休み日で誰もいない。陽が暮れようとしている道場は、西日が差してオレンジ色に染まっていた。

 二人は防具をつけて向き合った。
 蹲踞して竹刀を構え、立ち上がる。
「ヤアぁぁッ!」
 和真が気勢をあげた。その迫力に、佑一が一瞬怯む。その居つきを見逃さず、和真は真っすぐに飛び込んできた。
「面ッ!」
 パンッ、と綺麗な音が響いた。そのまま和真は突進し、腕ごと体当たりを喰らわせる。凄い勢いに、佑一はぐらついて後退した。
「まだまだ! 今日はとことんやるぞ、佑一!」
 和真が大声で怒鳴った。
 佑一の眼が、見開かれた。唇を結んだ後、佑一も怒鳴り返す。
「そっちこそ、音を上げるなよ、和真!」

 佑一が小手、面の二段攻撃を繰り出す。その素早い攻撃を、和真はからくも凌ぐ。接近して鍔迫り合いになるか、と思いきや、接触した瞬間に佑一は離れ、素早く下がりながら面を打った。その竹刀が、防御のために出した竹刀に触れて面をかする。
 凄まじい速さの佑一の攻撃に、防戦に追い込まれた態勢を取り返すため、和真は遠間から思い切った面を打った。だが、その瞬間、佑一の姿が消える。
「胴ッ!」
 抜き胴だった。和真の横をすり抜けた佑一は、駆け抜けて振り返り、残心の構えを取った。
「やるな……」
 和真の口に、笑みが浮かぶ。佑一の瞳にも、同じ色が浮かんでいた。
 二人はそこから、少しも休まずに勝負を続けた。一本取られては取り返し、またぶつかる。一時間も経過した頃、辺りは暗くなってきた。だが二人は、道場に明かりをつける間も惜しんで勝負を続けている。

 やがて完全に陽が落ち、辺りは夜になった。道場には、外からの月明かりと街の灯が僅かに差すだけになり、ほぼ暗い中で二人は戦っている。それでも二人は戦うのを止めない。やがて二時間も経つ頃、さすがに二人の息が切れ、体力が限界に近付いてきた。
 まず佑一が、和真の打ってくるところを狙い始めた。その事に気付いた和真もまた、佑一の起こり頭を狙う。
 夜の道場で、二人は静かに向き合い始めた。
 激しいぶつかり合いから、研ぎ澄まされた静寂の一瞬へと戦いが移行していく。二人は呼吸を整え、読まれないようにしながら相手を読む。その静かな攻防の何合目かで、二人の動きが制止した。
 月明かりが差す面がねの奥に、佑一の瞳がある。
 僅かな光源の闇の向うに、和真の眼が光った。
 動いた。どちらからだったか。どっちが引き出し、どっちが狙ったのか。
 だが二人の竹刀は同時に、お互いの面を捉えた。

 二人の身体が、正面からぶつかる。と、そのまま互いにもたれるように、二人は床に崩れていった。
 二人は道場の床に寝ころんで、ようやく息をし始めた。
「チ……相打ちかよ」
 和真はそう言いながら、強引に片手で面紐を引っ張る。和真の面が脱げた。
「どうやら、そのようだな」
 佑一は胴の上で籠手を外すと、少し頭を浮かせて両手で面紐をほどいた。
 二人はしばらく、床に寝ころんだまま息をしていた。
 どちらにも、満足げな表情が宿っていた。
「――東大受けるんだって?」

 和真が口を開いた。佑一は、寝ころんだままそれに答える。
「ああ。……けど、そこが目標じゃない。もし受かったら……アメリカの大学を受験し直すつもりだ」
 佑一の言葉を聞くと、フフ、と声がした。和真が笑っている。
「そんな事考えてたのかよ。やっぱ、お前はすげーよ」
「……和真は、どうするつもりなんだ?」
「俺はお前みたいに大それた事考えちゃいないけど……色々やってみようと思ってる」
 和真は天井を見ながら、そう答えた。
「色々って何だ?」
「父さんは薙刀以外にも、実戦の事を知るために古流もやってた時期があるんだ」
 佑一は顔を横に向け、天井を見上げたまま話す和真を見つめた。

「古流ってのは、剣術だけじゃなくて薙刀や小太刀、鎖鎌、居合なんかの色々な武器術を学ぶらしい。加えて流派によっては柔術もあって、その柔術の中にも投げがあって当て身があるんだと」
「当て身?」
「打撃だよ。つまり古流ってのは、総合武術なんだ。実戦てのは、色んな局面に対応しなきゃいけない。だから昔は、色々あったんだよ。今の剣道とか柔道ってのは、その総合武術だったものの中から、一つのジャンルが特化したものだ。俺は…現在ある武道を色々やってみる事で、その元の総合武術の姿を見てみたい」
 和真の眼が、月明かりに輝いている。佑一は、微笑を洩らした。
「和真らしいな」
「そうか?」
 二人はしばらく、疲労しきった身体を床に預けていた。
「…頑張れな」
 やがて、和真が言った。
「お前もな」
 佑一は、そう短く返した。

     *
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