イグニッション

佐藤遼空

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レーダー基地

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 レーダー基地に向かう前に、二人は必要な工作をしてきていた。
 中条今日子が、和真と佑一が見守る中で電話をする。スピーカーになってるスマホから、コール音が響く。やがて、電話の相手が出た。
「もしもし、パパ」
「なんだい今日子、どうかしたのかい? 仕事の方はどうだ、順調にやってるかい? 所轄の連中にイジメられてないかい? もしイジメられてたら言いなさい。すぐに飛ばしてやるから」
 太い声を無理に可愛くしたような声色で、電話の向こうの声が一気に話した。相手は今日子の父親、中条官房長である。今日子は父親に、返事をした。
「所轄の人たちはとても親切でいい人たちよ。ねえ、パパ。それより聞きたいことがあるの」
「なんだい、何でも聞きなさい」
「ねえ……パパは娘に嘘言ったりする?」
 今日子は、甘いものをねだるような声で問うた。

「何を言ってるんだ。パパは今日子に嘘を言ったりしないよ。そんな事したことないだろ?」
「そうね。いつもパパは、良いパパだったわ。…じゃあね、訊きたいことがあるの」
「なんだい、言ってごらん」
 今日子は息を吸うと、一息で言った。
「中国にミサイルを撃ち込む予定はある?」
「は?」
 電話の向こうで、驚いた気配が判る。
「なんだい? 何を言い出したのかな、今日子は。そんな事、日本がするわけないだろう。変な奴が、そんな事を言いふらしてるのかい? とんでもない話だよ」
「――それでは北京に中距離弾道ミサイルを撃つ計画は、官房長は了承してないという事でよろしいんですね?」
 脇から佑一が、そう割り込んだ。声を聴いて驚いたのは、官房長である。

「誰だ、君は? きょ、今日子の彼氏なのか? そういう関係なのか?」
「そういう関係じゃありません」
 佑一はうんざりした表情で言った。
「公安の国枝佑一警部補です。実際にそういう計画があって、もう既に動いています。しかも時間がありません」
 佑一の言葉を聞いて、官房長は少し黙り込んだ。が、今度は深みのある声が、電話口から響いてきた。
「――詳しい話を聞こうじゃないか」

 官房長に話をして今日子に必用な指示を出した佑一は、次は別のところに電話をかけた。
「おや、国枝君、どうかしたのかい?」
「矢崎さん、何処にいますか。いや、もしかしてですが…王日駐屯地に張り付いたりしてませんでした?」
「君、どっかで見てたのかい?」
 電話口の矢崎は、軽口を叩いた。
「矢崎さん、今朝がた宗方とその一派が出ていきませんでしたか?」
「出て行ったねえ。移動車両だけだったんで、なんだろうと思ったけど」
「何人くらいか、大雑把でいいんで判りませんか?」
 佑一の問いに、矢崎が答えた。

「宗方、それに黒岩って奴も見えたな。その二人を含めて10人」
「10人……」
「アリが言ってた、響の会は、そのくらいの数だそうだよ」
「そうですか、ありがとうございます」
 佑一が礼を言って電話を切ろうとすると、その寸前で矢崎が言った。
「国枝君」
「はい」
「…命は大事にした方がいいよ」
「まったく、そう思います」
 佑一はそう言うと、電話を切った。

「本当に二人だけで行くんですか?」
 バイクに乗る和真と佑一に、今日子が声をかける。心配そうな顔の今日子に、和真は答えた。
「ああ。もう人数を用意して突入する時間がない」
「けど、相手は自衛隊員ですよ? 危ないんじゃないですか?」
「かもな」
「かもじゃないでしょ! せめて仁さんたちに応援を頼んだ方が…」
「仁さんたちには別の件を頼んである。それに、お前の動きも重要だ。頼んだぞ、中条」
 不服そうに上目遣いで見ていた今日子だが、思い切ったように敬礼をして返事をした。
「はい! 了解しました!」
「よし、じゃあ行くか。いいな、佑一」
「ああ」
 佑一が、和真の腰を掴む。発進しようとする二人に、今日子が言った。
「二人とも……気をつけて下さいね」
「おう」
 それだけ言うと和真はバイザーを降ろし、イグニッション・キーを廻した。

 峠を走ること一時間。佑一は和真の腰に捕まったまま、腕時計を見た。
「10:12。もう時間がないぞ」
「いや、もうすぐ着くはずだ」
 和真の言葉通り、レーダー基地建設予定地が見えてきた。
 森の中に、鉄のゲートが現れる。和真はバイクを傍の茂みに止めると、バイクを降りた。
「まだカメラも赤外線装置もついてないな」
 佑一が辺りを確認して言った。二人はゲートを乗り越えて侵入する。
「どれがミサイルなんだ?」
「恐らく、あの装甲車だ」
 中の敷地は広く、その奥に巨大な箱を積んだような装甲車が停車していた。
 二人は陰に隠れて様子を伺う。
「中には二人か」
「左右同時に行こうぜ」
「判った」
 二人は移動式発射車両の後方から接近する。車両の後尾に着いた後、和真が頷いた。

 二人が飛び出す。和真は左、佑一は右に向かう。ドアは大きく、通常車両より高い位置にあった。和真は左のドアをいきなり開ける。
「な、なんだ!」
 中に乗っていた隊員が声を上げた。が、和真は胸倉をつかむと、前足を腹に当てて巴投げの要領で車外に放り出す。地面に転がった隊員の背後に素早く回り込み、右手で左の襟首を掴み、左手で右の襟を掴んで引き締める。柔道の裸締めであった。
「む……」
 暴れる気配を一瞬見せた隊員だが、すぐに落ち(・・)た。
 一方、佑一は和真がドアを開けるのを待っていた。左のドアが開いて異変に気付いた隊員が、左の方を向いている。そこを狙って右のドアを開けると、隊員が驚いて振り返った。
 佑一はその鼻っぱしらに肘打ちを入れた。
「ぐあ――」
 呻く間もなく、佑一は隊員を後ろから引っ張ると同時に、車から飛び降りた。そのまま落下する隊員の後頭部を、膝で迎え撃つ。隊員が地面に落ちた時には、もう気を失っていた。

 和真が廻り込んでくると、佑一にやられた隊員を見て言った。
「お前、結構乱暴だな。鼻折れてるんじゃないか?」
「オレなりに実戦を意識した結果なんだが」
 佑一はそう言いながら、車に乗り込む。和真は眉を上げて呟いた。
「なるほど」
 和真は横から、佑一が運転席の機器を調べるのを覗き込んだ。
「どうだ、止められそうか?」
 佑一は『停止』をあるボタンを押すが、何の反応もない。
「いや…この発射台から操作はできなさそうだ。やはり基地内の制御室が、コントロールしてる場所らしい」
「この車ごと、移動させちまうのはどうだ?」
「駄目だ。移動させても目標に向かって発射する。発射位置が変わっても、軌道は自動修正されるだろう」
「なんだよ。じゃあやっぱり、基地に突入するしかないのか」
 和真は少し離れている基地の方を見た。まだ足場が組まれていて、その足場を覆うように全体がブルーシートで覆われている。

 その時、突如、移動発射台が揺れた。
「な、なんだ?」
 降りてみると、後方部のポッドが持ち上がっていく。そしてほぼ垂直になったところで、さらに角度を少し変えた。
「まずい、目標位置に設定してる」
 佑一は時計を見た。10:30である。
 その時、車内から声が聞こえてきた。
「こちら司令部。発射台、応答せよ」
 和真は佑一を見た。佑一が渋い顔をして、車に乗り込む。無線機の通話機を外した。
「はい。こちら発射台」
「発射台を目標に設定した。正常作動を確認されたし」
「正常に稼働しております」
「了解。命があるまで待機」
 通話が切れる。佑一は息をついた。

「……バレなかったかな?」
 和真の心配そうな声に、佑一は答えた。
「バレたかもな。隊特有の言い回しや、暗号を使っていた可能性もある。――いや、待てよ」
 佑一は車を降りると、気を失っている隊員の服装を探り始めた。ベルトに無線機がついている。それを取ると、佑一は自分のベルトに取りつけた。
「特に連絡が入らないという事は、まだ警戒はされてないという事だ。基地に行こう」
 二人は基地に向かって、移動した。
 途中で、二人の隊員が立っているのが見える。二人は姿を隠した。
「あそこが入り口か。ある意味判りやすいが」
「しかし自動小銃を持ってる。迂闊には近づけないぞ」
「廻り込もう」
 二人は建物に隠れて、ぐるりと回り込んで逆の陰に潜んだ。しかし、入り口までは10m以上ある。

「どうする?」
 佑一の囁きに、和真は上を指さした。
 入り口を守る隊員は、何か物音を聞いて横を見た。誰もいない。しかし、建物の角の向う側から、僅かだが何か物音がする。隊員はもう一人の隊員に頷くと、自動小銃を抱えたまま角に近づいた。
 警戒しながら角を曲がる。何もない。が、次の瞬間、空中から降ってきた衝撃が、頭部を襲った。
「う――」
 隊員は小さく呻いて倒れる。その異変に、もう一人の隊員が気づいた。
 隊員は小銃を脇に構えながら、そっと角まで近づいてくる。角に張り付いて、気配を殺す。静かな様子に、隊員は小銃を構えて、角を出た。
 と、その足元がすくわれる。先に降りていた和真が、足元に潜んでいて、その足を掴んだのだった。と同時に、佑一が空から降ってきて、上を向いた隊員の眉間に、肘打ちを喰らわせた。隊員は後頭部から地面に激突し、物も言わずに昏倒した。

「ふう……捕まりやすい足場でよかったぜ」
 和真が身体を起こす。佑一は、隊員たちから自動小銃を外していた。
「持って行くのか?」
「いや、次に目覚めた時に、使われないようにしておくだけだ」
 佑一はそう言うと、弾倉を外して傍の茂みに隠した。和真が後ろから呟いた。
「よかった、俺、拳銃苦手なんだよ」
「オレたちの目的は殺しじゃないからな」
 佑一は振り向くと、そう軽く笑ってみせた。
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