イグニッション

佐藤遼空

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武の道

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 二人は入り口から入り、基地の中を走る。
「制御室は何処なんだよ」
「恐らく上だ」
 階段を駆けあがり、部屋の扉を開けた瞬間、二人は中にいた隊員たちと目が合った。
「な、なんだお前たちは!」
 答えるより先に、和真は走り出して正拳突きを顎にお見舞いした。打たれた隊員が、のけ反るように吹っ飛ぶ。
 佑一はその影から飛び出し、傍にいた隊員の眼を裏手で払った。と同時に、金的を蹴り上げる。
「ぐっ」
「貴様ら!」

 瞬時に判断した隊員が、和真に殴りかかる。和真はそれを廻し受けで流すと、そのまま背後に廻り込んで、相手の頭部を抱えた。並んでダンスをするように、ぐるりと舞う。合気道の技であり、廻された隊員をそのまま、一人の隊員に放った。
「わっ――」
 正面衝突に驚く隊員が声を上げるなか、和真はその放った相手の背中を蹴飛ばした。二人の隊員がもつれあって転倒する。佑一が素早く近づき、下になってる男の顔を踏みつけた。上になってる男が驚いて、顔を上げようと振り返る。そのこめかみに和真の手刀が襲いかかった。手刀というと小指側の側面をイメージしがちだが、実際には小指側の手首前面、骨のある箇所で打つ。隊員は下の隊員に覆いかぶさるように、気絶した。
「――誰が来たのかね?」
 その奥の部屋から声がする。奥の部屋への扉が開いた。

 立っていたのは屈強な体つきの男――黒岩謙吾であった。黒岩が口を開く。
「鼠が二匹、入り込んでます」
「通してやりたまえ」
 黒岩は睨みながら、部屋の奥へと誘うように消えた。
 二人は奥の部屋へと足を踏み入れる。そこには、椅子に座る宗方弦がいた。
「君か――国枝君」
 宗方が微笑んだ。
「何をしに来たのかね、君たちは? どうやら、無抵抗の私の部下に暴行を働いたようだが」
「ミサイル発射を止めに来たんだよ」
 和真の言葉に、宗方は笑った。

「何のことかね? それに、仮にそうだとして、何の権限で君たちにそれを止める権利があるというのだ」
「貴方のやろうとしてる行為は、権限を越えている事だ」
「君たちに、どうしてそれが判る?」
 佑一の言葉に、宗方はせせら笑いを浮かべた。しかし佑一は宗方を睨んで言った。
「既に官房長により、総理大臣の命令でミサイル発射を計画したのか確認済みです。総理大臣は、そんな命令は出してない――と言っています」
 既に来る途中、今日子から入った連絡で、官房長が江波総理大臣に直接問いただしたことを二人は聞いていた。
「総理大臣、それに防衛大臣も『そんな事は認可していない』の一点張りだったみたいです」
 今日子のその言葉に、和真は頷いた。

 そんなやりとりをした後である。佑一は宗方を凝視した。しかし宗方は臆した様子もない。
「なるほど、では私が独断で暴走してるとしよう。しかしそれは自衛隊法違反だ。つまり私を捕まえるのは自衛隊の警務隊の役目であり、警察官の君たちではない」
「――いいや、俺がお前を捕まえるぜ」
 宗方の言葉に対し、和真は宗方を指さした。
「宗方弦、西村孝義殺害事件の重要参考人として、署まで同行してもらう」
「西村殺し? 一体、何の証拠があって。それに、どうやって西村を殺したというのだ? 方法は?」
「ドローンですよ……」
 佑一は宗方を見ながら、静かに口を開いた。
「三機のドローンで上空に待機して、三名の自衛隊員が804号室に入る。そこから合鍵を使って03号室に侵入した。そういう流れです」
 佑一の言葉を聞いた宗方は、せせら笑いを浮かべた。

「馬鹿な、そんなもの何処に証拠がある? 君の荒唐無稽な妄想だ」
「それが、あるんだな」
 和真がそこで口を開いた。
「うちの捜査員が、804を借りた夫婦の夫の方の顔が、自衛隊員の1人に照合できるとさっき連絡があったよ。あの部屋自体が、自衛隊――いや、あんたの借りた部屋だ。そして鑑識がマンションに入っているけど、屋上のゲソ痕は自衛隊員特有のブーツのものと判った。まだあるぜ、804号室には、隣室を盗聴するための小さな穴が壁にあったし、その傍には髪の毛が落ちていた。あそこで伸びている誰かのものだろうぜ」
「それに、一番肝心な証拠を忘れてるようだな」
 佑一はそう言うと、部屋の一角を指さした。
「それが、西村さんのパソコンだ」
 部屋の机に置いてあるノートパソコンを、佑一は指さしていた。

「そのパソコンの指紋を照合すれば、すぐに判ることだ。お前たちは、西村さんを殺してパソコンを奪った」
「殺したりなどしない!」
 宗方は大声を出した。
「あの男が……勝手に飛び降りたのだ。愚か者め」
 宗方は椅子に座ったまま、吐き捨てるように言った。
「我々は西村を殺すつもりなどなかった。ただ、起動キーを要求しただけだ。そもそもイグニスは我々の武器であって、西村のものではない。それを己のものと勘違いした西村が、起動キーの受け渡しを拒んだから、妙な事になったのだ。あ奴は『少し待て』と言って、机に近づいたかと思うと、いきなりベランダから飛び降りたのだ!」
 宗方の言葉の後に、それまで黙っていた黒岩が口を開いた。
「俺は奴を捕らえようとしたが、スーツの端を捕まえただけで手から抜けていった。奴は自分から飛び降りたんだ」
「それで、横から落ちたのか……」
 和真は納得したように呟いた。

 佑一は正面から宗方を見据えて言った。
「貴方のくだらない計画のために、二人もの――いや、殺された中国人女性も含めれば四人もの命が失われた。…貴方を止めます」
「くだらない計画などではない!」
 突如、宗方は椅子から立ち上がり激昂した。
「私はこの平和ボケした日本を救うために、行動を起こしたのだ! 公安の君なら判るだろう、この日本が、どれだけ敵国から狙われ、そして無防備であるかという事が」
 宗方は歩きながら、独り演説のように語り始めた。
「この国は情報漏えいに無頓着だ。機密は盗み放題、それを取り締まるスパイ防止法もない。米国では中国製のSNSを法律で禁止しているのに、日本ではそれが話題に上がった事すらない。しかも敵は弾道ミサイルをバンバン撃ってきているというのに、この国では正式な軍隊すら持ってないという事になっているのだ。自衛隊員が海外に派遣されて、どんな思いをするか知っているのか?

 自衛隊は英語で何というか知ってるかね? 『Japan Self―Defense Forces』。ディフェンス・フォーシズだ! 海外の軍隊は、国名の後にフォーシズと来るだけ。それが当たり前だ。セルフディフェンスなどという言葉のついた日本の名前を聞いて、海外の兵隊は笑い出すのだ。挙句の果てに、これだけの装備を持ちながら『軍隊ではないので、前線には出られない』と言わなければならない始末。これほどの欺瞞があるか? 
 南スーダンに派遣された際には、すぐ傍で戦闘行為が起きているのに、自衛隊PKOは安全な地域でなくてはならないという事から、レポートは隠蔽され、『戦闘』は『衝突』と言い換えられた。こんな言葉遊びで、自衛隊員の命を賭けさせる政治は何だ? そして軍隊であるにも関わらず、戦闘を禁止されてる自衛隊は、一体なんだというのだ?
 左翼どもは、自衛隊を違法存在であるかのように喧伝してきた。阪神淡路大震災の時、被災者のための炊き出しにいった自衛隊の傍で、野党議員が何て叫んだと思う? 『皆さん、憲法違反の自衛隊からは、炊き出しを貰わないでください』だと! 自衛隊は存在が罪なのか? 違反なのか? じゃあ、この国がならず者国家に襲われたら、誰が国民を守るのだ!」
 宗方は振り返り、ギラギラする眼を佑一に向けた。

「頭がお花畑の平和主義者どもは、『対話で戦争を回避しよう』と二言目には言う。しかし、そんな『対話』が通じるような相手か? 相手は少数民族を虐殺し、自らの国民の学生も大勢殺すような連中なのだ。話し合って物事が解決するなら、軍隊などいらん! 我々が直面しているのは、恐ろしい敵なのだ。その危機意識が、戦後ずっと米軍の傘に守られた日本の国民にはない。自ら国を守ろうという気概も、誇りもない! だから核を持つ国が隣にいるのに、核武装しなくてもいい、などと言ってられるのだ。
 憲法を変え、自衛隊を日本国軍とし、核武装する必要がある! その必要性を真に感じた時――つまりその危機意識が憲法を変える。しかし、今のままでは危機意識は高まらない。ではどうするのか? 本当の危機になれば、危機意識が高まるのだ!」
 宗方の叫びに、佑一は鋭い目つきを向けた。

「その本当の危機を呼ぶために…ミサイルを撃ち込む、と?」
「そうだ! 私が日本国民の危機意識に火をつける。それが点火作戦(オペレーション・イグニッション)だ!」
 宗方の独白に、佑一は黙り込んだ。しかし、その静寂を和真の声が打ち破った。
「――あんたさ、話し通じないっていうけど、じゃあ、隣国の人間を皆殺しにしたいわけ?」
 和真は少し、呆れたような口調でそう言った。
「そりゃ、相手が恐くてビビってんだろ。皆殺しにしないまでも、奴隷みたく支配下におかないと安心できないんだろ? 相手が恐いから、先に手を出す。つまり……弱いんだよ」
 和真の言葉に、宗方の顔色が変わった。
「き――貴様は何だ! たかが、刑事ふぜいに何が判る!」
「判らねえな。お花畑で何が悪いよ? 俺たちの仕事は、みんなのお花畑を守る事だろ。危機意識を目覚めさせる? 誰がそんなこと望んだよ? 望んでもいないのに、人を危険に晒して、お前の価値観を一方的に押し付けてるだけだろ。一方的な価値観に、人を従わせる――そりゃあもう、暴力って奴なんじゃないのか?」

 和真はそう言うと腰を落とし、静かに手刀を前に出す。
「そいつは――」
 和真は、一部の隙も無い構えで言った。
「――俺の武の道に障るぜ」
 ふら、とよろけるように、宗方が椅子に腰を下ろす。
「武の道ねえ……日本人は面白いことを考える」
 不意に奥の扉が開くと、男が一人入ってきた。和真はその姿を見て驚きの声をあげた。
「王世凱! 何故、お前が此処にいる?」
「フフ…私の組織や国には内緒だがね。実は、私はこの計画の密かな協力者なのさ」
 王世凱は鋭い眼差しを送りながら、口元に笑みを浮かべた。
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