イグニッション

佐藤遼空

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戦闘、二対二

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「二重スパイ、って事か」
 和真は王世凱を睨んだ。
「王、黒岩! こいつらはもういい、始末してしまえ!」
「まるで、ヤクザの言い分だよ」
 和真が呆れた声を出す。黒岩が前に出たところで、宗方が言い足した。
「ただし銃は使うな。ここにある精密機械は、数十億円もするもので、将来の国防を担う機器だ。決して破損させるな」
「了解です」
 黒岩が呟いて、拳を構える。佑一はその姿を怒りの眼で睨んだ。

「……お前が安積さんを殺したな?」
 黒岩の表情が、僅かに動く。
 怒りを帯びた佑一の声が響いた。
「その代償は、高くつくぞ」
 佑一は眼鏡を抑えながら、長い指先を構えて向けた。
「黙れ」
 黒岩が動く。黒岩は横蹴りを放ってきた。佑一はそれを僅かな動きで見切る。続けて繰り出される連続パンチを、佑一は前腕で払い落した。

 一方で、王世凱が和真の前に横向きになって構える。王は微笑しながら言った。
「得物を殺し損ねたことは、私の美学に反しますよ」
「やっぱり、お前が病院で李蓮花を襲ったんだな?」
「フフ……無傷の貴方と戦いたかったですね」
「なあに、こんな傷、お前を倒すくらいなら何でもねえよ」
「言いますね」
 王が横に動いた。と見るや、すぐに間を詰めてくる。その静かな足取りに、気配が掴めない。
 掌を上に向けた手刀が、和真を襲う。和真は後退して、それをかわした。
「くそ、相変わらずおかしな戦い方しやがるぜ」
「――和真、それは八卦掌だ」
 脇から、佑一の声が飛んだ。
「八卦掌? なんだそりゃ」

 佑一が、和真の問いに答える。
「最高峰と言われる中国拳法の一つだ。穿掌と呼ばれる攻撃に、特徴がある。『蟷螂拳をやれば三日で強くなる。しかし十年経ったら八卦掌に抜かれる』という言葉があるくらいだ」
「……で、対抗策は?」
「判らない」
 佑一の答えに、和真は顔をしかめた。
「なんだよ! じゃあ、どうしようもないじゃんか」
「その通り」
 王の穿掌が襲いかかる。前に対戦した時、それを防いでも次の攻撃、それを防いでも、さらに次の攻撃が来るのを和真は判っていた。

 和真は攻撃を防ぎながら、蹴りを出す。その足を巧妙に絡めると、王は掌打で和真の脇腹を狙った。
「く――」
 衝撃を受けつつも、後退することでダメージを逃がす。しかし王は不敵に笑った。
「確か、その辺りを刺したでしょう? 傷口を広げてあげますよ」
 王の攻撃に、和真は苦渋の表情で下がる。
「和真!」
「――人の心配をしてる場合か」
 黒岩がパンチと蹴りのコンビネーションを繰り出してくる。佑一はそれを慌てて防ぐが、中段横蹴りの威力がありすぎて、受けつつもなお弾き飛ばされた。
「む――」
 佑一は踏みとどまると、態勢を立て直す。が、そこにさらに黒岩が襲いかかった。

 ジャブ、右ストレート、と出るように見せて、右ストレートは打たず、そこから左フックを浴びせてくる。佑一の頬を拳が捉え、佑一は思いきり吹き飛ばされた。
「佑一!」
「よそ見をするな!」
 王の長い足が真っすぐに上がり、和真の顎を捉える。和真は顔をのけ反らせて、後ろに倒れ込んだ。
 倒れた佑一に、黒岩が容赦なく襲い掛かる。まだ膝立ちの態勢の佑一に、黒岩は蹴りを飛ばす。かろうじて上半身をのけ反らせて躱すが、その勢いのまま後ろ回し蹴りが佑一の胸を捉えた。
「ぐ…はっ」
 佑一がさらに吹き飛ばされる。黒岩はその場で軽くステップを踏んで、薄ら笑いを浮かべた。
「フン、所詮、お前らは殺しのプロじゃない」
「……なるほどね」

 唇の端から血を流した佑一が、眼鏡を抑えながら立ち上がる。
「大した威力だ。見掛け倒しじゃない」
「まだ、そんな口がきけるか」
 黒岩が再び襲い掛かる。しかしジャブを繰り出した時、異変に気付いて黒岩は飛び退いた。黒岩が呟く。
「…貴様……」
 佑一は、手の甲で口の端を拭った。
 黒岩がじり、と前に出る。佑一も前に出る。と、黒岩がジャブを打った。が、それは佑一の前腕で、擦り抑えるように防がれている。と同時に、その防御がそのまま、指先で目つきを狙う攻撃になっていた。
 黒岩が下がり、厳しい表情で佑一を睨んだ。

「なんだ貴様は、警察の武道じゃない。軍隊にでもいたのか?」
「そんなとこさ」
 黒岩の問いを、佑一は軽く受け流した。
 佑一は、柔らかく指を軽く開いた手を前に出す。黒岩の拳は石をも砕く勢いで打ちかかって来る。それを紙ではたくように、佑一は攻撃を防いだ。腹を狙って廻し蹴りが来る。そこを前に踏み込み、唯一は蹴りを受けつつ、その足を抱えた。
「元格闘家だな。攻撃が綺麗すぎる」
 抱えた足を押し込み、後ろに崩す。バランスを崩した黒岩に、隙が生まれた。
 柔らかく開いた手を、眼を狙って打ち込む。どんな屈強な者でも、眼を鍛えることはできない。怯んだところを金的を蹴り、さらに軸足の膝に横蹴りを喰らわせた。
「くっ――」

 無理矢理に振り回した拳を避けるために、足を離して離脱する。黒岩は眼を抑えて呻いた。
 王は穿掌で和真を襲う。が、和真は防ぐのを止めて、中に入り込んだ。
「なに?」
 王の顔に驚きが浮かぶ。王の穿掌が、和真の頬を僅かに斬り裂いて抜けた。和真は接近したところで、王の襟を取り、もう一方の手で肘の部分を掴んだ。
 ぐん、身体を沈める。襟を取られた王の身体も、一緒に沈むしかない。そのまま和真は、王の身体を後ろへ引いた。
 組み技をやると、打撃や他のスポーツでできる筋力とは異なる、体幹力ともいうべきものができる。それは組んだ瞬間に、組み技をやる者なら身体で感じるものだった。
 王は卓越した技量を持っているが、組み技の身体ではない。そう見た和真は、組み技の土俵に王を引きずり込んだのだった。

「くっ、離せ!」
「離すかよ」
 足払いを入れる、しかしこれは王も防いだ。が、その一瞬に、身体が『浮く』。和真は瞬間、身体を翻した。
「な――」
 王の身体が宙に浮き、和真の背に乗る。そのまま和真は、縦に一回転した。
「ぐふぅ……」
 和真の背負い投げに叩きつけられた王が、息を吐いた。和真は立ち上がると、王を見下ろす。
「どうよ、日本の武道は?」
「き……貴様…」
 王はよろよろと立ち上がった。その顔が、怒りで形相が変わっている。
「よくも……よくも、私を地面に這わすなど…」
 王がよろけながら、別の場所にあったものを取り出す。それは長くて両刃の細剣だった。
「この屈辱、絶対に許さん!」

 眼を抑えていた黒岩が、その様子を横目で見た。そして自分は、裾からナイフを取り出す。刃渡り30cm近くある、前に見たナイフであった。
 武器を取り出した二人を前に、和真と佑一は顔を見合わせた。
 和真が、ジャケットの内側から何かを取り出す。その取り出したものは、木製の棒だった。
「なんだ、それは?」
 王が訝し気に問うた。
 和真は手にした60cmほどの棒を、かざして見せる。
「知らないのか? これこそ日本警察の主要護身具――警棒だよ」
 和真が不敵に微笑んだ。が、王はそれを見て、引きつり笑いに口を歪めた。
「馬鹿な! そんな麺棒のような棒っきれで、この私を打てるとでも思っているのか? 愚かな!」
「この棒が打つんじゃないさ」
 和真は、す…と歩を進める。
「俺の心が、打つ」
 和真は静かに、警棒を正眼に構えた。
 それに応ずるように、王も険しい顔で細剣を構えた。

「――お前も、棒っきれで戦うつもりか?」
 黒岩の言葉に、佑一はフッ、と笑って見せた。
「あいにく、オレはもうちょっと現代的だがね」
 左腰のベルトのホルダーを外し、佑一は金属製の棒を取り出す。それを手にすると、佑一は三段階に引き伸ばした。
「警察採用の特殊警棒、65型だ」
 そう言いながら、佑一もまた静かに構える。
「…ただし、オレも心で打つがな」
 並んだ二人は、まったく同じように正眼の構えをとっていた。

 静寂が場を支配する。見合った四人は、誰も動かない。
 ――否、僅かに動いていた。その場の四人は、僅かな相手の動きに合わせ、自らも動いている。その動きに音はなく、むしろ静寂を際立たせた。
 が、王がその静寂を断ち切る。
 王が細剣を突き込んだ。和真はそれを、後退しつつ捌く。
「――王世凱、お前に訊きたいんだげどな」
「何だというのだ?」
 王は攻撃の手を休めることなく、和真の問いに答えていた。
「お前の国にミサイルを撃ち込むような計画に、何故、お前が加担してる?」
「そんな事か」
 距離を取った王は、和真を見て微笑んだ。
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