え?公爵令嬢さまと婚約破棄して私と婚約したい?いやいや、ありえないから

やノゆ

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婚約破棄編

第16話・元王妃の苦悩

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ーーー昔から、気配りのできない愚かな娘だった。

リリーシオ国の第一王女兼、第3王位継承者・ミリオンジュ・ゲーチェリー・モステント・ツェルガ…ああ、婚姻は破棄される予定のため、今はミリオンジュ・テイトロー・モステントであるが。

容姿も魔法学も、彼女は昔から人より優れていた。
だが、昔から気配りというのがどうも苦手だった。
彼女は、表立って人のためにすることをあまりしない。そういう時は、いつも他の人間が助けているから。

だから、彼女のすることは、ひっそりと影から助けることだけ。

そんなことをしていたら、気配りのできない愚かな娘だと口々に言われた。
まだ10になる前だった彼女は、すっかりそれを信じ込み、自分のことを、気配りもろくにできない愚かな娘だと認識した。

ーーーだが、魔法学の才能があるとわかった途端、手のひらを返し賢姫だと讃えてきた。
もともと頭の出来も悪くはなかったため、勉学に励めば、さらに讃えてきた。


ーーーわたし、もうできそこないじゃない?

ーーーわたし、おとうさまのやくにたててる?

ーーーわたし、ちゃんとあいされてる…?

ーーー…そしたら、おかあさん、おきてくれるの?ーーー

誰かは言った。
子供の心とは、固まりきらぬ粘土のようだと。
固まる前に、形になる前に型を落としてほおっておいたら、そのままそれが固まって、歪になるのだと。

どこか頼りなく、いつも何かにすがっている美貌の賢姫を、周りはよいしょよいしょと何も考えずに持ち上げた。

だから、そのまま固まってしまったのだ、彼女の心は。


ーーーそんな彼女が変わったのは、子供が産まれた時。

無理やり嫁がされ、無理やり作らされた子を、最初はなんと気持ちが悪い、あの男の子供だなんて、と嘆いたが、産まれてみた時、その憎しみと悲しみは、見事に愛情へと変わった。

そこからだ、この国で生きていくこの子達のために、この国を生きやすく、素晴らしい国にしようと決意したのは。
適当で出来の悪い夫の仕事も自分で片付け、より良い国のために、と死にものぐるいで働いた。

ときに子供と触れ合う時間があるだけで、彼女はどこまでもがんばれた。

…それなのにーーー。




私は、また間違えたのね。

昔から、気配りのできない私。
昔から、歪に固まった心。
昔から、愚かな私。
昔から、昔からーー。

愛情を与えられたことのない者が、愛情を与えるなんて間違ってたんだわ。
だから、息子はあんなふうに育ってしまった。
夫のせいにしたけれど、結局悪いのは全部私なのよ。

だから、自分にできる最大限の気遣いをしたつもりだったのだ、彼女ーーーエミリア・クロケットには。

職を与えた。
身分を与えた。
居所を与えた。

けれど、それを全部無くして彼女を学園に送り出す。

しょうがなかった。
彼女は自覚がないようだったが、あまり欲というものを強く感じない質の自分までもが、長く共にいたら気が狂ってしまいそうだった。
彼女の両親など、血のつながったものは無条件にその血が守ってくれる。

だが、学園には自分より魔法適正が高く、魔力量も多いものはたくさんいる。

狂ってしまうと思った。
彼女がいたら、皆が狂って、彼女の驚異になると。

だから、彼女の魅力的な部分を全て隠した。
容姿も身分も、なにもかも。
彼女のため。









ーーー本当にそう?

彼女を守るためじゃなくて、愛する母校の、親愛なる生徒を守るためでしょう?

結局、あなたは彼女から奪ってばかり。

あなたの手には、なにもないくせに、あふれんばかりに持っている彼女の手から奪って、どうするの?

(違う、)

違う違う、と否定した。
彼女のために、なったはず。

だって、私はこれしかできない。
どうしろと言うのだ。

どうやっても、彼女より、自分の息子が大事なの。
ごめんなさい、と何度も彼女に謝った。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい…。



ーーーミリオンジュは、気づかない。
自らが招き入れたカイベル・フォンディナムは、エミリアにとって、自身の息子と同様、彼女の幸せを、平穏を奪う者なのだと。

そもそも、二人が知り合いなのかすら知らない。




昔からできないのは、気配りではなくーーー。

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