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第一章
01 止めて下さい
しおりを挟む片や炎、片や光。
眩しさに手で目を庇いながら見やった先には、見る間に膨らむ魔力の球が二つ。
この国の皇帝と同盟国の王妃が、それぞれに魔力を抱えて対峙している。
余人ならその場にへたり込んだろう状況で、必死の形相ながら、速やかに密やかに助けを求めてきた侍従筆頭を、ザイはすごいと思う。
筆頭に引っ張られ、取るものもとりあえず屋上庭園に駆けつけたザイは、せめてもの時間稼ぎにと声をかける。
「何をなさっておいでですか⁉︎」
問いかけは、物騒な魔力を抱える二人にあてたもの。
だが、二人とも名を呼ばれないのをいいことに、それぞれ力を高めることに集中している。
先帝の跡を継いだ若き皇帝と、嫁いで同盟国の王妃となった先帝の忘れ形見。
そんな二人が、今は亡き先帝の思い出を静かに語り合う場であったのが、なぜ、攻撃魔法が飛び交う寸前の状態なのか。
天気はうららか。穏やかな風は屋上庭園に咲く花を優しく撫でていく。
全く正しく平和そのものの情景に、この状況はとことん不釣り合いで、ザイは意味がわからない。
「陛下!」
はっきりと非難を滲ませたザイの今一度の呼びかけに、皇帝は己が侍従に目をやる。
だが、それだけ。
ニヤリと頬を歪ませた皇帝の横顔は久しぶりに楽しそうで、ザイは、状況が状況でなければ、若い主人の好きにさせていただろう。
対する王妃を見れば、これまた楽しげな、花がこぼれるような微笑みを浮かべたその姿、なるほど、これは傾国と噂も出るはずだと納得してしまう美しさに、状況が状況でなければ見惚れていただろう。
そうだ、王妃に付いているはずの王国の人間は、どこだ?
ザイが明るすぎる光の中、必死で目を走らせれば、すらりと立つ王妃の陰で、四人の女官たちが身を寄せ合っているのが見えた。
気の毒なほどに震えてはいるが、気丈にも一人は王妃の袖をひいている。
しかし、王妃がそれを気にする様子はない。
ーーーだめだこれは。
完全無視を決め込むやんごとなき二人に、もういっそ見なかったことにしようかと諦めかけたザイの目の端に、助けを呼びに来た侍従筆頭が飛び込んでくる。
彼はふるふると首を振り、ザイを行かせまいと必死に縋り付いてくる。
「わっ、私の結界だけではお二人の魔力を抑え込むのは無理だから!」
あ、もう、お二人が魔力をぶつけ合うってのは君も止めない方向なんだね。というか、止められないよね、これ!
生真面目な筆頭の言で現実逃避から戻ったザイに、筆頭は言い募る。
「屋上庭園だから、他に見られることはないから! 少なくとも仔細は知れないから! ーーー私も黙ってるから!」
黙ってなきゃいけないことを僕にさせたいんだね君は。それ一番やりたくないやつ!
勘弁して、とザイは心底思う。
しかし、ザイが混乱している間にせめて自分が出来るだけのことは、と複雑な結界を張り巡らせた誠実な彼を捨てて逃げることは、ザイにはできない。
それでなくてもこの侍従筆頭にザイはよく助けられている。
そういえば一昨日だって……、と再び現実逃避に陥りかけたザイを、筆頭の息を飲む音が現実に引き戻す。
いよいよ限界まで膨らんだ魔力の球が、放たれたのだ。
ぶつかり合った、炎と光。
相殺されるか、他方がもう一方を飲み込めば、というザイの願いは叶わないらしい。
反発しあい、さらに膨張するちからの塊を前に、ザイは耐えきれず、自らも魔法を放った。
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