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第一章
13 護衛一日目の夜 皇帝の本心
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宴が終わる頃には、ザイはかなり消耗していた。友人達なりに話題は選んでくれたとはいえ、この先皇帝にネタにされることは、避けられない。
侍従って大変なんだな、と帰り際に友人たちに代わる代わる肩を叩かれる。いや、こんなのは僕だけだと思うよ? とぼやきながら、ザイは友人達を見送った。
疲れた。
ザイは、皆が手分けして簡単に片付けてくれた酒宴の跡を見る。今から綺麗にするのも面倒だ。明日の朝一番に見習いに片付けを頼むことにして、ザイは湯も浴びず、今度こそ寝台に沈んだ。
※
皇帝と侍従筆頭に連れられて控えを出たザイの友人たちは、北の宮を出る前に一斉に跪く。
「何だ」
皇帝が問うのに、最も年嵩の官吏が申し上げる。
「陛下、今宵はお招きいただきありがとうございました」
目で先を促す皇帝に、官吏は一度頭を下げて言う。
「陛下の侍従の方について申し上げるご無礼を、今この時だけ、私共にお許しいただけますでしょうか?」
「許す」
高みからかかる声に顔を上げて、官吏が真摯に言う。
「ザイをお導きくださいますこと、我ら一同、心より感謝申し上げます」
そうして、一斉に頭を垂れる。
友人たちは、一時のザイの荒れようにみな心を痛めていた。しかし、官吏である彼らは、侍従となったザイに以前のようには気安く接することはできない。
皇帝がザイの弱さや未熟さを承知で側に置いている様子を今日間近に見て、彼らは心の底から安堵したのだった。
「ふん、あいつ男にもモテるのか」
皇帝はつまらなさそうに首の後ろをかく。
「まあ、あれは俺の侍従であるから、俺が好きに使うだけだ」
それでも、頭を下げたままの友人たちに、皇帝は言う。
「そなたらは変わらず友人としてザイを支えよ。また、官吏としていっそう励め」
「はい」
──たとえ、俺があいつと道を分かつ時が来ても。
音になされなかった皇帝の言葉は、平伏する官吏たちにも、侍従筆頭にさえも、今は届かない。
ザイの友人たちはそれぞれ礼を取り、もう二度と立ち入ることはないだろう北の宮を辞した。
※
「に、してもだ」
官吏らが去った後を見ながら、皇帝が侍従筆頭にぼやく。
「『姫』の話が予想外すぎたんだが」
侍従筆頭は彼らの話を思い出し、誠に、と申し上げる。
ザイの子供の頃の話には、当然王妃の話が付いて回る。彼らも承知の上であろう、王妃の幼い頃のいろいろな話を聞かせてくれた。
話のオチにとにかく「吹き飛んだ」「吹き飛ばされた」と付くのが、印象的であった。
「ザイもですが、他の皆様もよく生きていらしたものと」
「それな」
中庭に草木一本生えないのは、どうやら姫の魔力の残滓のせいらしい。恐ろしい。今は中庭は近衛の訓練場になっているので、草が生えないのは、ありがたいが。
幸いにして生き残った彼らは、思い出話に織り交ぜて「官吏として正式に報告すべき事案ではないが、今の王妃と王国に関係する気になる事」も、それぞれの立場から提供してくれた。
「またやってもいいなこういう呑み会。今度は本気で酔わせていろいろ聞き出してやろう」
「陛下、ほどほどに」
あいつらザイの友人のくせに意外に固かった、と若干の物足りなさをにじませる皇帝を、筆頭侍従が諌める。
「子どもの時分とは言え、先の陛下が姫のためにお集めになった方々です。早々ボロは出さないでしょう」
「それもそうか。じゃあやめておこう。しかし、あのオッサンめ」
面倒なモノを色々に遺していきやがって。皇帝は内心先帝に悪態をつく。
ぴーぴー泣きたいのは、この俺だ。
あんなに貴方を慕うものを、なぜこんな俺なんかに託していったんだ。
ふと、皇帝は思う。
カイルは俺に託されるのも、俺を託されるのも嫌で、さっさと先に逝ったのだろうか。
それはそれで、腹の立つことだ。
──そんな理由なら、構い倒してやったのに。
皇帝は、ギリと、奥歯を噛む。
いつも静かに侍従として先帝の傍にあったカイルの考えを、皇帝はついに読み切れなかった。
失くしたものはもう戻らない。それならせめて、もう失くすまい。
それでも、ザイとはいずれどこかで決別することになる。そんな予感が、皇帝には初めからあった。
ザイは素直すぎる。例えばこの侍従筆頭のような、あるいは宰相のような、器用なすり合わせができない。ある意味強さでもあるザイの愚直さを皇帝は気に入り、そして危ぶんでもいる。それはきっと、先帝もカイルもそうだっただろう。
「おっさんと言えば、宰相はどうしている? いつになく静かだが」
自分のお守りを先帝から押し付けられた宰相も気の毒なことだ、と皇帝は思う。
筆頭が答える。申し訳なさそうに。
「つい、先ほど御目通りをと連絡が」
「チッ、夫人か?」
宰相夫人は、元は宮の内向きの女官であった。彼女が守護と監視のために張り巡らせた結界は、彼女が宮を去る際に全て解かれたというが、人脈は今も保たれているらしい。
そんな夫人を、皇帝はもう一度女官として召しかかえようとした。しかし、夫人は「一度自ら宮を辞した身ですので」と出仕を頑なに拒んだ。であれば、代も変わっているのだから口出しするな。そう言いたい皇帝だが、皇帝自身、夫人の情報網に助けられることも多いため、悩ましいところである。
今日の「呑み会」の内容まではともかく、皇帝が官吏の何人かを北の宮に招いたことは、知れたかもしれない。
「わかりません。ただ、内容は直接申し上げたいとのことです」
「わかった」
これが他の相手なら、それこそ酒を持ち込んで曖昧にしてやるのだが、ザルの宰相には効かない。
皇帝は、策もなく宰相を迎えることになった。
侍従って大変なんだな、と帰り際に友人たちに代わる代わる肩を叩かれる。いや、こんなのは僕だけだと思うよ? とぼやきながら、ザイは友人達を見送った。
疲れた。
ザイは、皆が手分けして簡単に片付けてくれた酒宴の跡を見る。今から綺麗にするのも面倒だ。明日の朝一番に見習いに片付けを頼むことにして、ザイは湯も浴びず、今度こそ寝台に沈んだ。
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皇帝と侍従筆頭に連れられて控えを出たザイの友人たちは、北の宮を出る前に一斉に跪く。
「何だ」
皇帝が問うのに、最も年嵩の官吏が申し上げる。
「陛下、今宵はお招きいただきありがとうございました」
目で先を促す皇帝に、官吏は一度頭を下げて言う。
「陛下の侍従の方について申し上げるご無礼を、今この時だけ、私共にお許しいただけますでしょうか?」
「許す」
高みからかかる声に顔を上げて、官吏が真摯に言う。
「ザイをお導きくださいますこと、我ら一同、心より感謝申し上げます」
そうして、一斉に頭を垂れる。
友人たちは、一時のザイの荒れようにみな心を痛めていた。しかし、官吏である彼らは、侍従となったザイに以前のようには気安く接することはできない。
皇帝がザイの弱さや未熟さを承知で側に置いている様子を今日間近に見て、彼らは心の底から安堵したのだった。
「ふん、あいつ男にもモテるのか」
皇帝はつまらなさそうに首の後ろをかく。
「まあ、あれは俺の侍従であるから、俺が好きに使うだけだ」
それでも、頭を下げたままの友人たちに、皇帝は言う。
「そなたらは変わらず友人としてザイを支えよ。また、官吏としていっそう励め」
「はい」
──たとえ、俺があいつと道を分かつ時が来ても。
音になされなかった皇帝の言葉は、平伏する官吏たちにも、侍従筆頭にさえも、今は届かない。
ザイの友人たちはそれぞれ礼を取り、もう二度と立ち入ることはないだろう北の宮を辞した。
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「に、してもだ」
官吏らが去った後を見ながら、皇帝が侍従筆頭にぼやく。
「『姫』の話が予想外すぎたんだが」
侍従筆頭は彼らの話を思い出し、誠に、と申し上げる。
ザイの子供の頃の話には、当然王妃の話が付いて回る。彼らも承知の上であろう、王妃の幼い頃のいろいろな話を聞かせてくれた。
話のオチにとにかく「吹き飛んだ」「吹き飛ばされた」と付くのが、印象的であった。
「ザイもですが、他の皆様もよく生きていらしたものと」
「それな」
中庭に草木一本生えないのは、どうやら姫の魔力の残滓のせいらしい。恐ろしい。今は中庭は近衛の訓練場になっているので、草が生えないのは、ありがたいが。
幸いにして生き残った彼らは、思い出話に織り交ぜて「官吏として正式に報告すべき事案ではないが、今の王妃と王国に関係する気になる事」も、それぞれの立場から提供してくれた。
「またやってもいいなこういう呑み会。今度は本気で酔わせていろいろ聞き出してやろう」
「陛下、ほどほどに」
あいつらザイの友人のくせに意外に固かった、と若干の物足りなさをにじませる皇帝を、筆頭侍従が諌める。
「子どもの時分とは言え、先の陛下が姫のためにお集めになった方々です。早々ボロは出さないでしょう」
「それもそうか。じゃあやめておこう。しかし、あのオッサンめ」
面倒なモノを色々に遺していきやがって。皇帝は内心先帝に悪態をつく。
ぴーぴー泣きたいのは、この俺だ。
あんなに貴方を慕うものを、なぜこんな俺なんかに託していったんだ。
ふと、皇帝は思う。
カイルは俺に託されるのも、俺を託されるのも嫌で、さっさと先に逝ったのだろうか。
それはそれで、腹の立つことだ。
──そんな理由なら、構い倒してやったのに。
皇帝は、ギリと、奥歯を噛む。
いつも静かに侍従として先帝の傍にあったカイルの考えを、皇帝はついに読み切れなかった。
失くしたものはもう戻らない。それならせめて、もう失くすまい。
それでも、ザイとはいずれどこかで決別することになる。そんな予感が、皇帝には初めからあった。
ザイは素直すぎる。例えばこの侍従筆頭のような、あるいは宰相のような、器用なすり合わせができない。ある意味強さでもあるザイの愚直さを皇帝は気に入り、そして危ぶんでもいる。それはきっと、先帝もカイルもそうだっただろう。
「おっさんと言えば、宰相はどうしている? いつになく静かだが」
自分のお守りを先帝から押し付けられた宰相も気の毒なことだ、と皇帝は思う。
筆頭が答える。申し訳なさそうに。
「つい、先ほど御目通りをと連絡が」
「チッ、夫人か?」
宰相夫人は、元は宮の内向きの女官であった。彼女が守護と監視のために張り巡らせた結界は、彼女が宮を去る際に全て解かれたというが、人脈は今も保たれているらしい。
そんな夫人を、皇帝はもう一度女官として召しかかえようとした。しかし、夫人は「一度自ら宮を辞した身ですので」と出仕を頑なに拒んだ。であれば、代も変わっているのだから口出しするな。そう言いたい皇帝だが、皇帝自身、夫人の情報網に助けられることも多いため、悩ましいところである。
今日の「呑み会」の内容まではともかく、皇帝が官吏の何人かを北の宮に招いたことは、知れたかもしれない。
「わかりません。ただ、内容は直接申し上げたいとのことです」
「わかった」
これが他の相手なら、それこそ酒を持ち込んで曖昧にしてやるのだが、ザルの宰相には効かない。
皇帝は、策もなく宰相を迎えることになった。
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