【本編】元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです

すみよし

文字の大きさ
27 / 119
第一章

23 護衛二日目の夜 取り敢えずの措置とその先のこと

しおりを挟む
「ええと落ち着かれて閣下」
「お前はもっと怒れ」

 白々しく侍従らしく言うザイに、宰相が半眼になる。ザイは笑う。怒るの面倒臭い、と。

「色々なことはおいとくとして、王子が王妃につきまとっているっていうのは本当なんだね」

「ああ、ご本人としては、一途に王妃を想ってのお振る舞いのようだ」

 ザイが聞くのに、宰相が苦々しく答える。夫人も言う。

「昨日はほとんどそのお話でした。王妃さまがどんなにお嫌だったかと思うと」

 宰相が顔をしかめる。

「しかも王妃さまのお心がご自分に向けられているとお思いで、浮気だ何だのと。お聞きしていて頭が捻れるかと思った」

「そっかー。おつかれ。そりゃ沈黙の方がマシだったね」

 王子には違う世界が見えているのか思い込んでいるのか。韜晦にしてもうんざりする内容のお裾分けをされたザイも渋い顔をする。

「しかし、どうもあの方は自分でも分からぬままに、相手が望む形になろうとされるようだ。同盟国とはいえ他所の宰相におもねるのだから。王子の話のどこからどこまでが本当か、とても信用できたものでない。私が聞いたままを王や陛下に申し上げたとて、私が讒言を弄しているとしか思われん内容だ」

 宰相の言うところによると、王子は年長の者、自分より上の立場の者には逆らわず、その分自分より年の若い者、侮った者には強く出るようだ。

 それはこれといって劣った所はないが秀でたものも持たない第四王子が、兄王子たちに害されずに王国で生き延びる術であっただろう。

「王妃へのご執心も、第四王子ご自身だけのものとも言えないようにも思う。第二王子にいいように使われていると分かってはいるが、かと言って逆らうことも出来ないのだろう」

 ああいうのは敵にはならぬが味方にもならない。常に安心させてやらないと、すぐに敵方に奔る。その面倒を呑むか否か。

「面倒だね」
「面倒だ」
「面倒ですね」

 侍従と宰相夫妻の意見は一致した。落ちた沈黙が重い。

「よし、吊るすか」
「ダメです」

宰相が言うのに、侍従は諌めた。

「王妃滞在中に王国の王子が帝国のどっかの門でぶらんぶらん揺れてるとか、ダメだと思うよ?」

 王妃を出すと宰相も仕方なく黙る。

 ザイは気分を変えるために、用意されていた茶器でお茶を淹れはじめた。

 三人でお茶を口にして、ホッと一息つく。

「ザイ、美味しいわ」
「そう? 母さんに褒められると自信がつくよ」

 僕の大先輩だからね、とザイは元女官の母に笑って言う。

「さて、物騒なことを聞いた手前、これからどうするか」

 宰相が考え込むのに、ザイが言う。

「何らかの形でお知らせすれば、王太子さまが対処なされるかな?」

「だといいのだが、あの方も父君に似て鷹揚でいらっしゃるからな。それに第三王子も第二王子についているとなると、面倒ではある」

 第三王子は、王国主力の武人を多数抱えている。

「王にはそれとなく報告するに留めておこう。帝国は、次の代に関しては干渉できぬから」

 第四王子の話が真実であろうが、兄王子たちを陥れる讒言であろうが。

 跡を継ぐのが王太子であろうが、それ以外であろうが。

 帝国にはさしたる問題ではない。

 ただ、帝国の神子を軽んじると言うなら話は全く変わってくる。王妃を、と望む第四王子を「望むなら精進しろ」などと言ってはっきり諌めない第二王子たちは、おそらく王妃を疎んでいる。

「第四王子は当分こちらでお過ごし頂く。それでも対処なさらぬようであるなら」

 その先は宰相であってもまだ口にはしない。

 ザイは静かに茶を飲みながら、先の戦で叩き込んだ王国とその周辺の地理を思い出している。

 第二王子がどれだけ各国から援軍を得るかわからないが、陛下の指揮の下、自分がそれに従えば、負けることはない。

 それは先の戦で皇帝と共に転戦したザイが得た確信に基づくもの。


 ザイは宰相からいくつかの伝言を預かり、宮に戻った。

 ※

 宮に着き、すぐに皇帝のもとに行こうとしたザイは、筆頭に引き止められた。

「お疲れ様。陛下は少しお休みになっているよ」

 もう少ししてから行った方が良い、と筆頭が言うのに、ザイは主人が心配になる。そんなザイに、筆頭が説明する。

「いや、大丈夫。少し仮眠を取られるだけだよ。王妃様も迎賓館に戻られた。王妃様は泣いていらしたけれど、気丈な方だね。誰もお恨みにはならないとおっしゃっていたよ」

「……やっぱりカイルさんのこともお伝えしたの?」

「ああ、そうしなければ、信じては頂けないよ。陛下がご覧になったことを全てお話しされた」

「そうか」

 あの日のことを全て話されたのか陛下は。ザイは胸がグッと音を立てて締まるような気がして、そっと自分の袖をつかむ。

 王妃に先帝の崩御について話すことを進言したのはザイである。知らせる役は自分だと勝手に思っていたが、ザイは宰相邸に使いに出された。

 せめてその場に居たかったが、ザイがカイルの話をするのも聞くのもまだ無理だと皇帝に判断されたのだろう。

 主人に庇われたことが、ザイは情けない。申し訳なくて、悔しくもある。それなのに、どこかホッとしている自分の卑怯さに、ザイは嫌になる。

 陛下は大丈夫だろうか? 王妃は今夜ちゃんと眠ることができるだろうか?  
 そして

「君は?」
「私?」

 あの日、名代として赴いた先から帰ることが出来ず、次の日の朝に物言わぬカイルと対面した筆頭は、カイルの遺体の前で座り込み長い間動けなかったと聞いている。それでも葬儀の一切を取り仕切り、カイルを送った筆頭である。

 それを支えるべきザイは、まるで薄衣を一枚隔てた、夢の中にいるような状態であった。彼にはどれほどの負担をかけたことか。

 筆頭がカイルの最期のことを聞くのは今日が初めてではない。しかし、陛下が詳しく話されるのを聞くのは初めてだろう。

 心なしか、彼の顔色は悪い。そうザイが言うと、筆頭は微笑んで言った。

「私は大丈夫。ただ、王妃様がおいたわしくてね。それに、君が生きていてくれて、本当に良かったと思ったんだよ」

「あはは。心配させてごめんね」

 ザイは決まり悪く笑う。

「陛下も、また僕が出仕しなくなるんじゃないかって、御心配なのかな」

「それもあるけれど、陛下ご自身でお伝えしたかったんだと思う」

 筆頭はザイを慰める。陛下は、ザイを信頼していらっしゃらない訳ではないよ、と。それにザイはありがとうと言った。

 これ以上皆を心配させるわけにはいかない。ザイ自身、前へ進まねばと思っている。

 僕なんかをみんな辛抱強く、よく待ってくれたよね。特に陛下。

 ザイはあまり気が長いとは言えない主人を思い浮かべて、笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」 王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。 だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか—— 「では、実家に帰らせていただきますね」 そう言い残し、静かにその場を後にした。 向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。 かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。 魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都—— そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、 アメリアは静かに告げる。 「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」 聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、 世界の運命すら引き寄せられていく—— ざまぁもふもふ癒し満載! 婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処理中です...