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第二章

18 袋小路の堂々巡り

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 即答しないセラに、文官長がため息を吐く。

「あなた、急にはセラも返答は無理です」

 セラの母が見かねて言う。

「あちらがこのようなことになっただけでも辛いことですのに」

 母が言うのに、それは違う、とセラは思う。

 向こうに子どもができたことは、初めからどうでもいい。年上としてちょっとは相手に感じていた尊敬が、ちょっとした軽蔑に転じただけである。

 このまま結婚しても一生相手を蔑んだまま暮らすのかと思うと、嫌な気持ちにはなるが。

 宮に出る前のセラなら、打ちひしがれて泣き暮らしていただろう。私が至らないからお心が他へ移ってしまった、と相手に申し訳なく思っていただろう。

 そうか、私は、変わってしまったんだわ。

 以前なら「お母様、それは違います。私は……」と正直に説明に入っていただろうところを、今は「せっかく味方して下さってるし、この線で押そう」などとしおらしくしているんだもの。

 ちらりと父を見ると、文官長さまは微笑んでセラを見ている。

 ああ、官吏の皆さまが文官長が怖いと仰る理由を、ただ今、私、身を以て知りました。

 絶対バレてますねこれ!

 でも、私だって宮の女官ですもの、この線で押し通してみせます!

「お父様、申し訳ありません。今は私何も考えられなくて」

 すると、父も言う。

「そうだな、すまなかった。しばらく休みを頂いたのだから、ゆっくり考えるといい」

 婿養子である父は、母の意見には絶対反対しない。表向きは。

「はい。辛いことですが、少しずつ考えてまいります」

 殊勝にうつむくセラ。

 ホッとしたような母、何か感じ取ったらしい妹、労わるように微笑む父。

 その日の話し合いは、ひとまず終了となった。

 ※

 考えるといい、と父が言った。それは宮に上がるときにも言われていたことで。

 でも、宮に上がる際、セラは先のことなど考えなかった。

 考えたくなかったのもあるし、考えたところでどうせ父の言う通りにするのだから、考える必要もないと思っていた。

 どうにかして宮に残れないかしらと考えるセラは、先のことなど考えていないと言う点では、宮に上がる前と変わっていない。

 でも、セラは変わってしまった。

 父の反対を押し切って宮に上がった時から、もっと言えばザイに恋した時から、セラは変わってしまったのだ。

 あら、恋ってすごいわね。

 でも、初恋って叶わないのよね。

 自室でセラは髪を散らして寝台に仰向けになる。シミひとつない天井を見ながらセラは考える。

 でも、他の誰かと結婚するのも嫌だ。ましてや、第四王子など論外。

 第四王子と結婚したくなければ家を継がなければならない。でも、家を継ぐなら、父母が隠居すればゆくゆくは宮を辞さなければならない。

 今、宮を離れたくない私は、お父様お母様が隠居した時、宮を離れられるかしら? もっと離れ難くなっていたらどうするのかしら?

 行き詰まったセラは別のことを考える。

 じゃあ、もし、ザイと結婚したらどうなるかしら?

 侍従でありながら頻繁に宮から消えているザイだ。家のことを切り盛りするのはセラになるだろう。そうすれば結局、セラは宮を辞す。

 宮を辞して、一人で家の切り盛りをして、ザイにも会えず。

 あら? それって、随分とつまらないのでないかしら?

 いえ、結婚している以上、ザイとは今よりも会える、はず。それでも、

 そこまで考えて、セラはびっくりする。

 ザイに会えればいい、と思っていた頃より、自分は随分と欲張りになっている。

 ザイだけでは、足りない。
 ザイがいなくても宮に居たい。

 

 よし、宮に残りつつ、家も継ぐ道を目指そう。それに必要なのは何かしら?

 例えばそれは、セラが宮に残っても家を切り盛りできる婿養子。

 ……婚約者がそれだったのだけれど。

 それが白紙になろうという今、ザイ以外とはやっぱり結婚したくないと思う。
 しかし、そもそも、ザイは勅命でもなければ婿養子にはなってくれないだろし。

 振り出しに戻ったセラは、寝床でゴロゴロするのだった。
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