【本編】元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです

すみよし

文字の大きさ
51 / 119
第二章

17 終わりは突然に来るという話

しおりを挟む
 何がどうあっても最後は父に従おうと思っていたセラであるが、頭の整理が追いつかない。

 第四王子? なにそれ。いえ、お話にはお聞きしたことがありますけど。

「このまま婚約破棄をしたら、まず、セラが候補に挙がる」

「では、よそに子どもを設けた彼の方を受け入れるか、よその国の、居なくても困らないけれど居たら何かと困る王子さまに嫁ぐか、どちらかということですか?」

 母が絶望に満ちた顔で言うのに、妹などはもう涙がこぼれそうになっている。

 当のセラは「へー、そーなのね」と他人事である。こんなことなら、一回めの婚約、破棄しない方が良かったかしら、などと思う。

 いえ、でも、あの時はザイを見てしまったのだもの、あの後結婚してもろくなことにならなかった気がする。

 一人目の婚約者とこのまま結婚するだろうなと思っていた頃、セラはザイを見た。屈託無く笑う、見目好い優しい青年に、セラはすぐに夢中になった。

 一人目の婚約者とは定期的に会っていた。セラが他の誰かに夢中なのは、お相手にはどうやら十二分に伝わっていたらしかった。

 その後もそれは同様で、向こうから断られることもあった。

 何回かの内々の婚約破棄を経て、どうせ決められた相手と結婚しなければならないのだもの、会って破談になるなら、会わないで結婚してしまおう、とセラは考えた。

 だから、今回の相手とは出来るだけ会わずにしていたけれど、今度はそれが裏目に出たらしい。

 本心かどうか知るべくもないが、手紙には「婚約者と会えないから寂しかった」という言い訳が書かれていた。

 でも、私は婚約者と会えないからといって、他に子どもをつくったりはしなかった。思う人に相手にされなくて寂しくても、だ。

 どうしてそんなことを理由として手紙に書けるのか、また、どうして男なら仕方がないと何となく許されてしまうのか、セラには理解できない。

 だから、考えても仕方ないわね、とセラは思い直す。取り敢えず先のことを考えよう。

 と言っても先のことを考えるのはお父様だけど。

 セラが父を見ると、父が言った。

「セラ、お前は宮仕えを続ける気か?」

 父の問いに、セラはすぐに答えた。

「はい。できる限りはそうしたいと思っています」

 初めはザイに会いたい一心で宮に上がった。
 しかし、宮に沢山の友人ができたセラは、今はザイのことがなくても宮を辞しがたく思っている。

 また、来月には皇妃さまがお戻りになるし、そのあと皇后さまもお戻りにる。それもお子を連れて。
 無事に生まれたらお子さまを見せて下さると約束してくださった皇后さまがお帰りになるまでは宮にいたい。

 ザイのことは言わずそう話すと、父も頷いた。

「たしかに、皇后さまがお帰りになるまではな、そうした方が良いだろう」

 セラとは違った視点で、文官長は考える。もし、皇后さまが流産、などとなったとき、その原因をセラが宮を辞したことに求められても困る。そんなバカな、という理由で足元を掬われるのが宮の世界である。その理の外にいるのは、侍従たちとあの宰相ぐらいだ。

「その、第四王子さまとやらの候補を辞退することはできないのですか?」

 セラの母が言うのに、文官長が言う。

「方法がないわけではない」

「それはどんな?」

 母も妹も、身を乗り出す。

「我が家を継ぐ者が、セラの他にいないようにすることだ」
「では、私が明日にでも嫁いでこの家を出れば、姉様は異国に行かなくても済むのですか?」

セラの妹が立ち上がって言う。

「そういうことだ。だが、」
「では、私、参ります。今の方はもちろん、どなたへでも嫁ぎます。だからお父様、姉様を異国になどおやりにならないで」

 妹が勢い込んでいうのを、セラがたしなめる。

「私のことを思って言ってくれているのはうれしいけれど、落ち着いて? お父様のお話を聞きましょう?」

 はい、と言って妹が控えたのを見て、文官長が続ける。

「これは、セラ、お前が必ずこの家を継ぐというのが前提だ。お前は、来年宮を辞して、この家に帰る覚悟はあるか?」

 文官長の問いに、セラは、頭から水をかけられたような気がした。

「私が、宮を辞して」

 セラは父の言葉を確かめるように口にする。

 それまで他人事のように感じていたこの話が、ようやく自分の身の上に起こることだと実感する。

「来年に、宮を辞す……」

 私が? 来年にはもう宮のみんなに会えなくなる? 

 セラの脳裏に、皆の姿が浮かんでは消える。

 笑い合う女官やお針子さんたち、気遣ってくれる女官長や筆頭。一筋縄ではいかない陛下、お優しい皇后さま、いたずらっぽく微笑まれる皇妃さま。

 そして、セラが一番好きな、ザイの侍従姿。

 ──セラは女官を辞めたりしないだろ?

 それに自分はどう答えたかしら。

 ── そうね。少なくとも母が家の切り盛りをやってる間はね。

 そう話したのは、つい、この間のことだったのに。

 虫干しに並ぶ衣の色のように、あざやかで心踊る日々が、終わる。

「セラ」

 答えを促す父を前に、セラは小さく息を呑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました

かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」 王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。 だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか—— 「では、実家に帰らせていただきますね」 そう言い残し、静かにその場を後にした。 向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。 かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。 魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都—— そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、 アメリアは静かに告げる。 「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」 聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、 世界の運命すら引き寄せられていく—— ざまぁもふもふ癒し満載! 婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

処理中です...