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第二章
22 聞くと面倒な気がしたので皇帝は色々触れないようにしている
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皇帝の質問に、夫人はしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「私が昔お会いしたのが竜王さまであるならば、王宮に現れたは北の魔山の主かと存じます」
皇帝の不満げな顔に、宰相夫人は、「はっきりとしたことが申し上げられず、申し訳ございません」と言って続ける。
「回りくどく申し上げているのでも、隠しているのでも、嘘を申し上げているのでもございません。私は、その昔、竜王さまにお会いしたことがございますが、文献にある竜王とは似ていなかったものですから、念のため、そう申し上げました」
「どう似ていなかった?」
「例えば、私が竜王さまとの契約を辞退いたしましたら、竜王さまは、伏してシクシクと泣いてしまわれました。契約を断られて泣く竜王というのは、文献にはございません」
「いや、その前に、契約を持ちかけてくる竜王も、それ断る魔導師もねえわ」
皇帝が呆れていうのに、夫人は恐れながら、と続ける。
「何しろ大きくて目立ち過ぎでいらっしゃったので、私の手には負えぬと、お断りした次第でございます」
まあ、この夫人の性質からすれば、無駄に目立つことは避けるだろう。
なるほど納得、いや、そういう話じゃねえ、と皇帝は思い、自分よりは精霊に詳しい筆頭を見やるが、彼はただ遠くを見ている。
そんな主従二人に構わず夫人は言う。
「見た者によって輝いて見えるのは、精霊の特徴にございます。魔山の主人竜王もまた精霊。
お話からすれば、王宮に現れたは竜王さまでなくとも、精霊には相違ないと私は考えます」
「となると、契約者は誰だ?」
北の魔山に棲む精霊は、魔山に契約を求めて来た人間と契約を交わすことによってのみ山を降りると言う。人は、それ以外では精霊を使役することはできない、と言われている。
王妃本人が契約者ではあるまいかと皇帝は考え、すぐに「違う」と思う。王妃が王国に嫁ぐまでに、魔山に登ったとは考えにくい。
いくら先帝でも、幼い皇女一人で山に向かわせることは……、いや、師匠だったというカイルなら?
皇帝が夫人を見ると、夫人も、同じことを考えていたようである。
「王妃付きの者に契約者がいるのではないでしょうか? また、契約者が王妃さまご本人という可能性もありましょう」
「調べる術はあるか?」
「契約者本人に確かめるしか、術はありません。あるいは、北の魔山を訪ねれば、何かわかるやもしれません」
※
ザイの仕事は、南の魔物退治から北の魔山の竜王探しとなった。
ついでにお前も精霊と契約してこい、と言われて送り出されたザイである。
いや、それこそ謀反だなんだの話になるとザイが言えば、不都合なら隠せば良い、ばれたとしても何を今更言わせておけと皇帝は言う。
ザイはカイルや母ほど魔力はない。契約できるだろうかと不安だったが、それでも充分過ぎるほどの魔力だから大丈夫だろうと筆頭に請け負われた。
筆頭の師匠は北の宮の魔導師で、そのまた師匠が精霊と契約していたらしい。その関係で、筆頭は精霊について書物よりも多い知識を持っていた。まあ、全部受け売りだけどね、と筆頭は笑い、君ん家に行くまで精霊なんて見たことなかったし、と遠い目をする。
宰相邸の白い番犬シロたちは、ザイの母と契約している精霊なのである。世間に説明が面倒という理由やら何やらで、ただの犬ということにされているが。
ザイも子どもの頃は父母の説明通りに犬だと思い込んでいた。しかし、長ずるにつれて流石におかしいと気付く。
父母に改めて聞いてみたが、二人ともやはり犬だと言い張る。あまりに堂々と言い張るので、ザイは侍従となって親しくなったばかりの筆頭に邸まで見に来てもらったことがある。
見に来た筆頭曰く、「これ、間違いなく精霊だよね」しかし柔軟性を買われて後に筆頭になる彼は「犬にしておく方が平和」とも言い切った。
その助言に従い、ザイはシロたちについて両親に問いただしたりはしなくなった。正しくは認めさせるのを諦めたのである。
さて、母から九合目まで行けば精霊に会えると聞いていたから、ザイは一気に山を上がった。
周りは晴れているのに、この山だけは魔山の名に相応しく年がら年中曇り空に覆われている。霧が立ち込め、鬱蒼とした樹々の間に魔物が潜む。
はじめこそ飛びかかってくる魔物たちをなぎ払っていたザイだったが、キリが無く、相手にするのも厄介だと、ザイは自分の気配を隠して進む。
九合目にさしかかったところだった。ザイは何かが付いてくるのに気付いた。ザイはその気配に覚えがあった。
「あれ? はなちゃん?」
思わず話しかけると、それが応えた。
──ちがう、そんな名前ではなかった。
風の起こすざわめきにも似た不思議な囁き声に、ザイは「はなちゃん」だと確信する。しかし相手は違うという。名前が違うと。
「じゃあ、なんという名前?」
──ザイは名前、知らないの。
ザイの目の前に霧ではない暗い靄のようなものが集まり、ひとりの女の形をとった。
それは、カイルが契約していた闇と水の精霊だった。
※────
・宰相夫人が竜王に会った話
→【連載中】「宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─」(R15)
・侍従筆頭がシロたちを見に来た話
→【完結】「宰相さんちの犬はちょっと大きい」
「私が昔お会いしたのが竜王さまであるならば、王宮に現れたは北の魔山の主かと存じます」
皇帝の不満げな顔に、宰相夫人は、「はっきりとしたことが申し上げられず、申し訳ございません」と言って続ける。
「回りくどく申し上げているのでも、隠しているのでも、嘘を申し上げているのでもございません。私は、その昔、竜王さまにお会いしたことがございますが、文献にある竜王とは似ていなかったものですから、念のため、そう申し上げました」
「どう似ていなかった?」
「例えば、私が竜王さまとの契約を辞退いたしましたら、竜王さまは、伏してシクシクと泣いてしまわれました。契約を断られて泣く竜王というのは、文献にはございません」
「いや、その前に、契約を持ちかけてくる竜王も、それ断る魔導師もねえわ」
皇帝が呆れていうのに、夫人は恐れながら、と続ける。
「何しろ大きくて目立ち過ぎでいらっしゃったので、私の手には負えぬと、お断りした次第でございます」
まあ、この夫人の性質からすれば、無駄に目立つことは避けるだろう。
なるほど納得、いや、そういう話じゃねえ、と皇帝は思い、自分よりは精霊に詳しい筆頭を見やるが、彼はただ遠くを見ている。
そんな主従二人に構わず夫人は言う。
「見た者によって輝いて見えるのは、精霊の特徴にございます。魔山の主人竜王もまた精霊。
お話からすれば、王宮に現れたは竜王さまでなくとも、精霊には相違ないと私は考えます」
「となると、契約者は誰だ?」
北の魔山に棲む精霊は、魔山に契約を求めて来た人間と契約を交わすことによってのみ山を降りると言う。人は、それ以外では精霊を使役することはできない、と言われている。
王妃本人が契約者ではあるまいかと皇帝は考え、すぐに「違う」と思う。王妃が王国に嫁ぐまでに、魔山に登ったとは考えにくい。
いくら先帝でも、幼い皇女一人で山に向かわせることは……、いや、師匠だったというカイルなら?
皇帝が夫人を見ると、夫人も、同じことを考えていたようである。
「王妃付きの者に契約者がいるのではないでしょうか? また、契約者が王妃さまご本人という可能性もありましょう」
「調べる術はあるか?」
「契約者本人に確かめるしか、術はありません。あるいは、北の魔山を訪ねれば、何かわかるやもしれません」
※
ザイの仕事は、南の魔物退治から北の魔山の竜王探しとなった。
ついでにお前も精霊と契約してこい、と言われて送り出されたザイである。
いや、それこそ謀反だなんだの話になるとザイが言えば、不都合なら隠せば良い、ばれたとしても何を今更言わせておけと皇帝は言う。
ザイはカイルや母ほど魔力はない。契約できるだろうかと不安だったが、それでも充分過ぎるほどの魔力だから大丈夫だろうと筆頭に請け負われた。
筆頭の師匠は北の宮の魔導師で、そのまた師匠が精霊と契約していたらしい。その関係で、筆頭は精霊について書物よりも多い知識を持っていた。まあ、全部受け売りだけどね、と筆頭は笑い、君ん家に行くまで精霊なんて見たことなかったし、と遠い目をする。
宰相邸の白い番犬シロたちは、ザイの母と契約している精霊なのである。世間に説明が面倒という理由やら何やらで、ただの犬ということにされているが。
ザイも子どもの頃は父母の説明通りに犬だと思い込んでいた。しかし、長ずるにつれて流石におかしいと気付く。
父母に改めて聞いてみたが、二人ともやはり犬だと言い張る。あまりに堂々と言い張るので、ザイは侍従となって親しくなったばかりの筆頭に邸まで見に来てもらったことがある。
見に来た筆頭曰く、「これ、間違いなく精霊だよね」しかし柔軟性を買われて後に筆頭になる彼は「犬にしておく方が平和」とも言い切った。
その助言に従い、ザイはシロたちについて両親に問いただしたりはしなくなった。正しくは認めさせるのを諦めたのである。
さて、母から九合目まで行けば精霊に会えると聞いていたから、ザイは一気に山を上がった。
周りは晴れているのに、この山だけは魔山の名に相応しく年がら年中曇り空に覆われている。霧が立ち込め、鬱蒼とした樹々の間に魔物が潜む。
はじめこそ飛びかかってくる魔物たちをなぎ払っていたザイだったが、キリが無く、相手にするのも厄介だと、ザイは自分の気配を隠して進む。
九合目にさしかかったところだった。ザイは何かが付いてくるのに気付いた。ザイはその気配に覚えがあった。
「あれ? はなちゃん?」
思わず話しかけると、それが応えた。
──ちがう、そんな名前ではなかった。
風の起こすざわめきにも似た不思議な囁き声に、ザイは「はなちゃん」だと確信する。しかし相手は違うという。名前が違うと。
「じゃあ、なんという名前?」
──ザイは名前、知らないの。
ザイの目の前に霧ではない暗い靄のようなものが集まり、ひとりの女の形をとった。
それは、カイルが契約していた闇と水の精霊だった。
※────
・宰相夫人が竜王に会った話
→【連載中】「宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─」(R15)
・侍従筆頭がシロたちを見に来た話
→【完結】「宰相さんちの犬はちょっと大きい」
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