76 / 119
第三章
15 母と精霊に思うこと
しおりを挟む
時は戻って、北の魔山のザイと縹である。
ザイがご希望を述べるまではオススメはできないと言い張った縹は、ひとまず悩むことから解放されたのが嬉しいのか、ザイの周りを楽しそうにふよふよと漂っている。
その縹が唐突に言う。
──そうだ、頂上へ行くの。
「頂上? もう日が傾いたよ。登るのは僕には危ない。ここじゃだめ?」
──契約するなら頂上なの。縹について来たらザイも登ることができる。
そう言って縹はもう先に行こうとする。仕方なくザイは慌てて荷物をまとめ、縹に着いて頂上に登る。
※
ザイはご機嫌な闇の精霊を見ながら思う。昔、母が寝物語に聞かせてくれた「せいれいのひみつのおはなし」は全て本当のことだったのだろうなと。
書物に残されている精霊たちは、皆、使役者に忠実で寡黙で神秘的である。
しかし現実の精霊は、母のおとぎ話の方に近いように思う。
例えば縹は使役者にこれ以上なく忠実であるのだろうが、寡黙には当たらないだろう。
シロたちは人の言葉を話せないが、だからこそか、全身で感情表現を行い、その騒がしさは時折母が手を焼くくらいである。
そんな精霊たちを目の当たりにしていても、大人になったザイは、母の話は子供向けに面白おかしく親しみやすくして話してくれたものだろうと思っていた。
しかし、少し考えてみれば、徹底的に現実主義の母が子供向けの空想話を創るというのは、無理な話だと思い当たる。
母が人から聞いた話と言うのでもないだろう。
あまり一般的とは言えない育ち方をしたらしい母は、帝国育ちなら誰もが知っているだろう昔話や子守唄を知らなかった。
ザイにそれらを聞かせてくれたのは、商隊で子守をしていたことがある父である。
つまり、母は実際の母の体験を元にした「おはなし」しか、ザイに語ってやれなかったのだろう。
例えば、母の話はこんな風だ。
昔、母は北の魔山に出かけた。そこで竜王さまと会ったという。
「契約を、と熱心に言われたけれど、大きすぎていらっしゃったから遠慮したの」
子どもの頃それを聞いたザイは、竜王さまに契約してくれと言われるなんて、冒険の始まりじゃないか、と思い、母に言った。
断るなんてもったいない、と。すると母は困ったように言った。
「でも、本当に大きくていらっしゃって、お声も大きかったの。おうちに入ったら大変よ?」
「じゃあ、お外で遊べばよかったんだよ」
「お外……。そうね、それも良かったかもしれませんね。でも、うちに来る人が怖がってしまうわ」
「うーん。でも、残念だなあ」
「でも、代わりに精霊ではないけれどシロたちがおうちに来てくれたもの。良かったでしょう? 精霊ではないけれど」
「そっかー、うん、良かったね!」
なぜ、代わりにシロたちが来たのか全く謎だが、シロたちが家にいてくれるのは嬉しいし、母が良かったというので良かったのだろうと納得した覚えがある。
うん、子供の柔軟性ってすごい。
ではなく、母は、なぜ、精霊と契約したのだろうか?
母がシロたちと契約したのが、女官の務めの上でなら理由は想像がつく。しかし、母が契約したのは宮を辞した後。
母を見ていれば、精霊というのは割合自由気ままで、管理するのはなかなかに大変だと分かる。なのに、なぜ、契約したのかザイは不思議で何度も母に尋ねてみたが、母は頑なにシロたちを精霊ではないと言い張る。
おそらく契約の経緯を知っているだろう父や師匠にも尋ねてみたが、父は「あれは犬だ」と言うし、カイルには「聞いてませんねえ」とだけ言われた。
カイルの言いようだと、知ってはいたのだろう思われる。しかし、ザイは聞き出せなかった。
息子のザイが精霊と契約すると告げてもついに言わなかった母だから、絶対に教えてくれる気はないのだなとザイは理解した。
母にしろ、縹を人前に出さなかったカイルにしろ、精霊との契約を公に知られるのは何か不都合があるのだ。
ザイが思うに、精霊は使役者に忠実であるが故に、使役者の心情をあからさまにしてしまうことがある。シロたちの父への態度を見れば一目瞭然だ。
それが不都合と言えば不都合だろう。
ただ、夫婦にまでなっているのに、なぜ母が父への気持ちを隠したがるのか、父もまた気づかないふりをしているのか、息子のザイには不思議で仕方がない。
ある時ザイは「ああ、そういうこと……」と母の気持ちを身に染みて理解することになるのだが、それはまだ先の話。
ザイがご希望を述べるまではオススメはできないと言い張った縹は、ひとまず悩むことから解放されたのが嬉しいのか、ザイの周りを楽しそうにふよふよと漂っている。
その縹が唐突に言う。
──そうだ、頂上へ行くの。
「頂上? もう日が傾いたよ。登るのは僕には危ない。ここじゃだめ?」
──契約するなら頂上なの。縹について来たらザイも登ることができる。
そう言って縹はもう先に行こうとする。仕方なくザイは慌てて荷物をまとめ、縹に着いて頂上に登る。
※
ザイはご機嫌な闇の精霊を見ながら思う。昔、母が寝物語に聞かせてくれた「せいれいのひみつのおはなし」は全て本当のことだったのだろうなと。
書物に残されている精霊たちは、皆、使役者に忠実で寡黙で神秘的である。
しかし現実の精霊は、母のおとぎ話の方に近いように思う。
例えば縹は使役者にこれ以上なく忠実であるのだろうが、寡黙には当たらないだろう。
シロたちは人の言葉を話せないが、だからこそか、全身で感情表現を行い、その騒がしさは時折母が手を焼くくらいである。
そんな精霊たちを目の当たりにしていても、大人になったザイは、母の話は子供向けに面白おかしく親しみやすくして話してくれたものだろうと思っていた。
しかし、少し考えてみれば、徹底的に現実主義の母が子供向けの空想話を創るというのは、無理な話だと思い当たる。
母が人から聞いた話と言うのでもないだろう。
あまり一般的とは言えない育ち方をしたらしい母は、帝国育ちなら誰もが知っているだろう昔話や子守唄を知らなかった。
ザイにそれらを聞かせてくれたのは、商隊で子守をしていたことがある父である。
つまり、母は実際の母の体験を元にした「おはなし」しか、ザイに語ってやれなかったのだろう。
例えば、母の話はこんな風だ。
昔、母は北の魔山に出かけた。そこで竜王さまと会ったという。
「契約を、と熱心に言われたけれど、大きすぎていらっしゃったから遠慮したの」
子どもの頃それを聞いたザイは、竜王さまに契約してくれと言われるなんて、冒険の始まりじゃないか、と思い、母に言った。
断るなんてもったいない、と。すると母は困ったように言った。
「でも、本当に大きくていらっしゃって、お声も大きかったの。おうちに入ったら大変よ?」
「じゃあ、お外で遊べばよかったんだよ」
「お外……。そうね、それも良かったかもしれませんね。でも、うちに来る人が怖がってしまうわ」
「うーん。でも、残念だなあ」
「でも、代わりに精霊ではないけれどシロたちがおうちに来てくれたもの。良かったでしょう? 精霊ではないけれど」
「そっかー、うん、良かったね!」
なぜ、代わりにシロたちが来たのか全く謎だが、シロたちが家にいてくれるのは嬉しいし、母が良かったというので良かったのだろうと納得した覚えがある。
うん、子供の柔軟性ってすごい。
ではなく、母は、なぜ、精霊と契約したのだろうか?
母がシロたちと契約したのが、女官の務めの上でなら理由は想像がつく。しかし、母が契約したのは宮を辞した後。
母を見ていれば、精霊というのは割合自由気ままで、管理するのはなかなかに大変だと分かる。なのに、なぜ、契約したのかザイは不思議で何度も母に尋ねてみたが、母は頑なにシロたちを精霊ではないと言い張る。
おそらく契約の経緯を知っているだろう父や師匠にも尋ねてみたが、父は「あれは犬だ」と言うし、カイルには「聞いてませんねえ」とだけ言われた。
カイルの言いようだと、知ってはいたのだろう思われる。しかし、ザイは聞き出せなかった。
息子のザイが精霊と契約すると告げてもついに言わなかった母だから、絶対に教えてくれる気はないのだなとザイは理解した。
母にしろ、縹を人前に出さなかったカイルにしろ、精霊との契約を公に知られるのは何か不都合があるのだ。
ザイが思うに、精霊は使役者に忠実であるが故に、使役者の心情をあからさまにしてしまうことがある。シロたちの父への態度を見れば一目瞭然だ。
それが不都合と言えば不都合だろう。
ただ、夫婦にまでなっているのに、なぜ母が父への気持ちを隠したがるのか、父もまた気づかないふりをしているのか、息子のザイには不思議で仕方がない。
ある時ザイは「ああ、そういうこと……」と母の気持ちを身に染みて理解することになるのだが、それはまだ先の話。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
婚約破棄されたので聖獣育てて田舎に帰ったら、なぜか世界の中心になっていました
かしおり
恋愛
「アメリア・ヴァルディア。君との婚約は、ここで破棄する」
王太子ロウェルの冷酷な言葉と共に、彼は“平民出身の聖女”ノエルの手を取った。
だが侯爵令嬢アメリアは、悲しむどころか——
「では、実家に帰らせていただきますね」
そう言い残し、静かにその場を後にした。
向かった先は、聖獣たちが棲まう辺境の地。
かつて彼女が命を救った聖獣“ヴィル”が待つ、誰も知らぬ聖域だった。
魔物の侵攻、暴走する偽聖女、崩壊寸前の王都——
そして頼る者すらいなくなった王太子が頭を垂れたとき、
アメリアは静かに告げる。
「もう遅いわ。今さら後悔しても……ヴィルが許してくれないもの」
聖獣たちと共に、新たな居場所で幸せに生きようとする彼女に、
世界の運命すら引き寄せられていく——
ざまぁもふもふ癒し満載!
婚約破棄から始まる、爽快&優しい異世界スローライフファンタジー!
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる