【本編】元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです

すみよし

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第三章

15 母と精霊に思うこと

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 時は戻って、北の魔山のザイと縹である。

 ザイがご希望を述べるまではオススメはできないと言い張った縹は、ひとまず悩むことから解放されたのが嬉しいのか、ザイの周りを楽しそうにふよふよと漂っている。

 その縹が唐突に言う。

 ──そうだ、頂上へ行くの。

「頂上? もう日が傾いたよ。登るのは僕には危ない。ここじゃだめ?」

 ──契約するなら頂上なの。縹について来たらザイも登ることができる。

 そう言って縹はもう先に行こうとする。仕方なくザイは慌てて荷物をまとめ、縹に着いて頂上に登る。

 ※

 ザイはご機嫌な闇の精霊を見ながら思う。昔、母が寝物語に聞かせてくれた「せいれいのひみつのおはなし」は全て本当のことだったのだろうなと。

 書物に残されている精霊たちは、皆、使役者に忠実で寡黙で神秘的である。

 しかし現実の精霊は、母のおとぎ話の方に近いように思う。

 例えば縹は使役者にこれ以上なく忠実であるのだろうが、寡黙には当たらないだろう。

 シロたちは人の言葉を話せないが、だからこそか、全身で感情表現を行い、その騒がしさは時折母が手を焼くくらいである。

 そんな精霊たちを目の当たりにしていても、大人になったザイは、母の話は子供向けに面白おかしく親しみやすくして話してくれたものだろうと思っていた。

 しかし、少し考えてみれば、徹底的に現実主義の母が子供向けの空想話を創るというのは、無理な話だと思い当たる。

 母が人から聞いた話と言うのでもないだろう。

 あまり一般的とは言えない育ち方をしたらしい母は、帝国育ちなら誰もが知っているだろう昔話や子守唄を知らなかった。
 ザイにそれらを聞かせてくれたのは、商隊で子守をしていたことがある父である。

 つまり、母は実際の母の体験を元にした「おはなし」しか、ザイに語ってやれなかったのだろう。

 例えば、母の話はこんな風だ。


 昔、母は北の魔山に出かけた。そこで竜王さまと会ったという。

「契約を、と熱心に言われたけれど、大きすぎていらっしゃったから遠慮したの」

 子どもの頃それを聞いたザイは、竜王さまに契約してくれと言われるなんて、冒険の始まりじゃないか、と思い、母に言った。

断るなんてもったいない、と。すると母は困ったように言った。

「でも、本当に大きくていらっしゃって、お声も大きかったの。おうちに入ったら大変よ?」
「じゃあ、お外で遊べばよかったんだよ」
「お外……。そうね、それも良かったかもしれませんね。でも、うちに来る人が怖がってしまうわ」
「うーん。でも、残念だなあ」
「でも、代わりに精霊ではないけれどシロたちがおうちに来てくれたもの。良かったでしょう? 精霊ではないけれど」
「そっかー、うん、良かったね!」

 なぜ、代わりにシロたちが来たのか全く謎だが、シロたちが家にいてくれるのは嬉しいし、母が良かったというので良かったのだろうと納得した覚えがある。

 うん、子供の柔軟性ってすごい。

 ではなく、母は、なぜ、精霊と契約したのだろうか?

 母がシロたちと契約したのが、女官の務めの上でなら理由は想像がつく。しかし、母が契約したのは宮を辞した後。

 母を見ていれば、精霊というのは割合自由気ままで、管理するのはなかなかに大変だと分かる。なのに、なぜ、契約したのかザイは不思議で何度も母に尋ねてみたが、母は頑なにシロたちを精霊ではないと言い張る。

 おそらく契約の経緯を知っているだろう父や師匠にも尋ねてみたが、父は「あれは犬だ」と言うし、カイルには「聞いてませんねえ」とだけ言われた。

 カイルの言いようだと、知ってはいたのだろう思われる。しかし、ザイは聞き出せなかった。

 息子のザイが精霊と契約すると告げてもついに言わなかった母だから、絶対に教えてくれる気はないのだなとザイは理解した。

 母にしろ、縹を人前に出さなかったカイルにしろ、精霊との契約を公に知られるのは何か不都合があるのだ。

 ザイが思うに、精霊は使役者に忠実であるが故に、使役者の心情をあからさまにしてしまうことがある。シロたちの父への態度を見れば一目瞭然だ。

 それが不都合と言えば不都合だろう。

 ただ、夫婦にまでなっているのに、なぜ母が父への気持ちを隠したがるのか、父もまた気づかないふりをしているのか、息子のザイには不思議で仕方がない。

 



 ある時ザイは「ああ、そういうこと……」と母の気持ちを身に染みて理解することになるのだが、それはまだ先の話。
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