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第三章
11 誤らない父が謝る時
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文官長の前には、あらぬ方向を見る長女。
傷心を演じ続けている娘を、父である文官長が書斎に呼び出せたのは、セラが「休暇」に入ってから十二日目のことだった。
こんなにも長くかかったのは、王国騒擾で帝国の宮も忙しかったのと、文官長が妻の意見を重んじたからだった。
──あの子は傷ついているのですから、休ませてあげて下さい。そのための休暇でしょう?
そう言って娘をかばう妻も、娘ではなく女官として伝えることがある、と言えば、仕方なく席を外した。
今、この書斎には文官長とセラのみである。
長く間が空いていたが、返って良かったのかもしれない。この二週間足らずで状況は大きく変わったのだから。
「セラ」
呼びかけると、仕方なくこちらを向く娘。呼びかけずとも自分が帰ると恥ずかしそうに、しかし、嬉しそうに寄ってきた少女の面影はない。
当たり前と言えば当たり前だが、やはり寂しく思う文官長であった。ただ、お陰でこのような話もこの娘とはできる。
「あちらにできる子がお前の婚約者殿の子であろうがなかろうが、この婚約は無効だ」
「はい、まあ、そうですね」
戸惑ってはいるが、気の無い返事をするセラは、全く婚約者に──否、あの侍従の青年以外に興味を持てないらしい。
妻が言うように鬱ぎ込むくらいならまだ話の持って行きようがあったものを、と文官長はため息をつくのを堪えながら話しを続ける。
「いずれ時期を見て婚約を破棄する。それで良いね?」
「はい」
どこかホッとしたような諦めたような娘に、文官長は続けた。
「だが、お前の結婚は、流石に厳しいものになる」
※
父の宣告に、セラは頷いた。
「はい」
セラの婚約は内々には何度も断り断られ、正式な破棄は二度目になる。
いくら文官長の娘とは言え、まともな話はもう難しいだろう。
「お前には済まないことをした」
「お父さま?」
突然の謝罪にセラは驚く。
今まで父がセラに謝ることなどあっただろうか?
いや、そもそもこの父は、誤ることがないのだ。宮でも我が家でも間違ったことなど言うはずがない。謝ることがあったはずがない。
「あの、お父さまが謝られることではありません。全て私の我儘が原因ですもの。ですから」
セラは何だが落ち着かなくなって、口早に言う。それを宥めて、文官長は言う。
「お前の我儘くらい、私はいなせると思った」
普段にない苦い顔をして言う父にセラは驚く。いつもの穏やかな様子は変わらないのに、今日の父はどこか変だ。
「お前がどんな我儘を言おうが、私の言う通り家を継いでくれると思っていた。継がせることができると思っていた」
それは当たり前のことではないか? なぜ、父が謝るのかが分からなくて、セラは困惑する。
「お前はくるくると働く良い女官だそうだ」
「お父さま?」
急に変わった話に、セラはさらについていけない。
「お前が宮に行きたいと言った時に、私はお前には宮仕えは無理だろうと思った。すぐ、投げ出すだろうと」
それはセラも感じていたことだ。だから、父は宮仕えを許してくれたのだと思っていた。
実際、宮仕えは厳しかった。
それでも宮仕えを続けるだけでなく異例の昇進を遂げたのは、もちろんザイに近付きたいのが一番であったが、父への反発もないわけではなかった。
驚かせてやる、くらいにセラは思っていた。
「だが、実際のところ、私の目から見てもお前はよくやっていると思う」
父に認められた、と言うことに気付くのに、セラは数秒を要した。
──あの厳しい父に、認められた。
セラはぽかんとする。今まで褒められたことはたくさんあったけれど、認められたのは初めてではないか?
驚きと、戸惑いと。
そして、ややあって確かに喜びが、セラの腹の底から湧き上がってきた。
※───
・くるくると働く良い女官
→ 第二章06話「息子さんをうちに下さい」
・セラの宮仕えの経緯
→ 第二章04話「報告連絡完了、相談は無理」
傷心を演じ続けている娘を、父である文官長が書斎に呼び出せたのは、セラが「休暇」に入ってから十二日目のことだった。
こんなにも長くかかったのは、王国騒擾で帝国の宮も忙しかったのと、文官長が妻の意見を重んじたからだった。
──あの子は傷ついているのですから、休ませてあげて下さい。そのための休暇でしょう?
そう言って娘をかばう妻も、娘ではなく女官として伝えることがある、と言えば、仕方なく席を外した。
今、この書斎には文官長とセラのみである。
長く間が空いていたが、返って良かったのかもしれない。この二週間足らずで状況は大きく変わったのだから。
「セラ」
呼びかけると、仕方なくこちらを向く娘。呼びかけずとも自分が帰ると恥ずかしそうに、しかし、嬉しそうに寄ってきた少女の面影はない。
当たり前と言えば当たり前だが、やはり寂しく思う文官長であった。ただ、お陰でこのような話もこの娘とはできる。
「あちらにできる子がお前の婚約者殿の子であろうがなかろうが、この婚約は無効だ」
「はい、まあ、そうですね」
戸惑ってはいるが、気の無い返事をするセラは、全く婚約者に──否、あの侍従の青年以外に興味を持てないらしい。
妻が言うように鬱ぎ込むくらいならまだ話の持って行きようがあったものを、と文官長はため息をつくのを堪えながら話しを続ける。
「いずれ時期を見て婚約を破棄する。それで良いね?」
「はい」
どこかホッとしたような諦めたような娘に、文官長は続けた。
「だが、お前の結婚は、流石に厳しいものになる」
※
父の宣告に、セラは頷いた。
「はい」
セラの婚約は内々には何度も断り断られ、正式な破棄は二度目になる。
いくら文官長の娘とは言え、まともな話はもう難しいだろう。
「お前には済まないことをした」
「お父さま?」
突然の謝罪にセラは驚く。
今まで父がセラに謝ることなどあっただろうか?
いや、そもそもこの父は、誤ることがないのだ。宮でも我が家でも間違ったことなど言うはずがない。謝ることがあったはずがない。
「あの、お父さまが謝られることではありません。全て私の我儘が原因ですもの。ですから」
セラは何だが落ち着かなくなって、口早に言う。それを宥めて、文官長は言う。
「お前の我儘くらい、私はいなせると思った」
普段にない苦い顔をして言う父にセラは驚く。いつもの穏やかな様子は変わらないのに、今日の父はどこか変だ。
「お前がどんな我儘を言おうが、私の言う通り家を継いでくれると思っていた。継がせることができると思っていた」
それは当たり前のことではないか? なぜ、父が謝るのかが分からなくて、セラは困惑する。
「お前はくるくると働く良い女官だそうだ」
「お父さま?」
急に変わった話に、セラはさらについていけない。
「お前が宮に行きたいと言った時に、私はお前には宮仕えは無理だろうと思った。すぐ、投げ出すだろうと」
それはセラも感じていたことだ。だから、父は宮仕えを許してくれたのだと思っていた。
実際、宮仕えは厳しかった。
それでも宮仕えを続けるだけでなく異例の昇進を遂げたのは、もちろんザイに近付きたいのが一番であったが、父への反発もないわけではなかった。
驚かせてやる、くらいにセラは思っていた。
「だが、実際のところ、私の目から見てもお前はよくやっていると思う」
父に認められた、と言うことに気付くのに、セラは数秒を要した。
──あの厳しい父に、認められた。
セラはぽかんとする。今まで褒められたことはたくさんあったけれど、認められたのは初めてではないか?
驚きと、戸惑いと。
そして、ややあって確かに喜びが、セラの腹の底から湧き上がってきた。
※───
・くるくると働く良い女官
→ 第二章06話「息子さんをうちに下さい」
・セラの宮仕えの経緯
→ 第二章04話「報告連絡完了、相談は無理」
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