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第四章 王国へ
08 当たるも予感当たらぬも予感
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もう二度と会うことはないだろう。そう思っていた女性がザイの目の前にいる。
──うん、僕の予感なんて全く当てにならないね。
ザイは遠い目をする。どうかお元気で、と心の中で呟いたのは、ついこの間だったのに。
王宮に着いてからのザイは、目の回る忙しさだった。その最中を縫って「何とか国王と王妃とだけで話ができないか」と大使と様々に策を練っていたザイは、突然転がり込んできた会談の場に戸惑っている。
でも、まあ、『姫』だから。
こんなこともあるかとは思っていたが、いざこんなことになってみると、何だか気が抜けてしまう。
とはいえ、今日までの式典で見かけた時よりも王妃の元気そうな様子に、ザイは胸を撫で下ろす。
ザイの通された客間には、国王、王妃、そして王妃付きの女官が待っていた。部屋の外には王の護衛がいるが、いわゆる人払いのなされた状態である。
「ザイ殿、突然お呼び立てして申し訳ない。先の弔いの儀の折、お世話になったと神子よりお聞きしております。お礼を申し述べたくお越しいただきました」
国王が言うのに、ザイは静かに礼をする。
「いいえ、私では何かと行き届かぬことでございまして、王妃様にはご負担をおかけしたかと存じます。恐縮の限りでございます」
そこでザイは一旦言葉を切る。続けて申し上げても良いか伺う目をするザイに、王は鷹揚に頷く。やや面を伏せてザイは続ける。
「我が主人もご帰国の後、王妃様がお疲れを出していらっしゃるのではと心配しておりました」
「お疲れ」は旅の疲れだけでなく、帝国を訪れる前の、王国での王妃の置かれた状況、さらには、帰国後の騒動のことも、である。
「国王陛下と共にあられる王妃様のお健やかなご様子を拝見いたしました。我が主人も喜びましょう」
──もっと神子を守れ。
言外の当て擦りは王にも充分通じただろう。しかし、王は気付かぬ風で言う。
「畏多くも神子を戴く身として、先の陛下、ならびに今上陛下にご安心いただけるよう、これからも私は神子のそばにあるでしょう」
側にあるだけではどうしようもないのだが。
皇帝のお耳に入れたらそれこそ鼻でお笑いになるだろうとザイは想像する。それでも王の言葉を黙って受けるザイに、王が続けて言う。
「ザイ殿。第四王子の保護、改めてあなたとお父上に感謝します。
あれは昔から私に反発ばかりで仕方がないのです。神子にも苦労をかけてしまいましたね」
ザイは複雑である。正直ぶん殴ってやりたい。一言、国王自らが第四王子を諌めていれば、と思う。そうすれば王妃はもちろん救われただろうし、第四王子もあのような情けない有様にはならなかっただろうに。
しかし、これに関して王妃が何もおっしゃらない以上、ザイは何も申し上げることはできない。
「いいえ国王様、わたくしには十分でございます」
王妃はにこにこと微笑んでいる。王はそれにゆっくりと頷く。そうして王妃はこの話はこれで終いとでも言うように、明るい声でザイに話しかける。
「ザイ殿、お久しぶりですね」
「お久しぶりにございます。再びお目もじかないまして嬉しく存じます」
受けるザイも仕方なしに頭を切り替える。そして思う。一月も経たないのは久しぶりだろうか?
──久しぶり? 人はすぐにそう言う。
縹に言われた言葉をザイは思い出す。
そう、無意識によく使ってしまうけれど「久しぶり」なんで挨拶はしばらく会っていなかった相手の様子を探るためにあるようなものだ。見れば王妃は何故だかザイを熱心に見ている。
見ている。いや、観察?
間違っても恋する瞳などではなく、これは、興味津々といった様子だ。
「少し、様子が……変わられましたかしら?」
ザイはギクリとする。王妃の出立を見送ってからザイの身に起きた変化──常に外堀を埋めにかかられているといった状況はさておき──と言えば。
──碧に気付かれた?
「さようにございますか?」
自分では分からない、といった風を装いながら、ザイは王をチラリとみる。しかし王も王妃の言わんとするところが分からぬようである。
すると、王妃はおかしくて堪らないといった様子で言う。
「ザイ殿がこちらへおいでになってから、落ち着きませんの。ですから陛下、呼んでもよろしいでしょうか?」
それに、王が思わずのように腰を浮かせる。
「神子? 呼ぶとは、喚ぶとは、まさか、今、ここで、ですか?」
「はい。わたくし結界を張りますし、ザイなら大丈夫ですわ」
待ちきれないといった様子の神子、いや、王妃、いや『姫』の様子に、ザイは嫌な予感がする。
──ザイって言っちゃってるし!
困り果てた様子の王は、王妃の勢いに押され、助けを求めるようにザイを見る。
……止めてくれといっている。
──いやいやいやいや、ここ誰の国⁉︎ 僕に決定権ありませんから!
誰を呼ぶにしろ、ナニを喚ぶにしろ、王妃様の決定にはザイには全くどうしようもないわけで。
ザイはいつかの侍従筆頭を思い出して空気と化す。王妃はすぐに王の許可をもぎ取った。
そうして王妃は満面の笑みで、ザイを見る。
──あ、なんか懐かしい。
この顔をするときの姫は誰も止められなかった。
ほんのちょっと、本当にちょっとだけ、ザイは王を気の毒に思った。
「これがわたくしの契約している精霊です」
──暁。
愛おしささえ感じさせる声音で呼びかけられたのに、目を射る光が現れる。
客間の天井まで光の壁ができる。それが次第にある形をとる。
確かめるまでもなく、魔山の主人、竜王だった。
※────
・どうかお元気で、と心の中で呟いたのはついこの間
→第一章28話「出立」
・帝国を訪れる前の王国での王妃の置かれた状況
→第一章18話「護衛二日目 誘い」
・帰国後の騒動のこと
→第二章20話「異変あるところに ※暴力・残酷描写あり」
→第二章23話「王国大使奏上、答え合わせ」
・──久しぶり? 人はすぐにそう言う。
→ 第三章01話「知ってどうする話してどうする」
──うん、僕の予感なんて全く当てにならないね。
ザイは遠い目をする。どうかお元気で、と心の中で呟いたのは、ついこの間だったのに。
王宮に着いてからのザイは、目の回る忙しさだった。その最中を縫って「何とか国王と王妃とだけで話ができないか」と大使と様々に策を練っていたザイは、突然転がり込んできた会談の場に戸惑っている。
でも、まあ、『姫』だから。
こんなこともあるかとは思っていたが、いざこんなことになってみると、何だか気が抜けてしまう。
とはいえ、今日までの式典で見かけた時よりも王妃の元気そうな様子に、ザイは胸を撫で下ろす。
ザイの通された客間には、国王、王妃、そして王妃付きの女官が待っていた。部屋の外には王の護衛がいるが、いわゆる人払いのなされた状態である。
「ザイ殿、突然お呼び立てして申し訳ない。先の弔いの儀の折、お世話になったと神子よりお聞きしております。お礼を申し述べたくお越しいただきました」
国王が言うのに、ザイは静かに礼をする。
「いいえ、私では何かと行き届かぬことでございまして、王妃様にはご負担をおかけしたかと存じます。恐縮の限りでございます」
そこでザイは一旦言葉を切る。続けて申し上げても良いか伺う目をするザイに、王は鷹揚に頷く。やや面を伏せてザイは続ける。
「我が主人もご帰国の後、王妃様がお疲れを出していらっしゃるのではと心配しておりました」
「お疲れ」は旅の疲れだけでなく、帝国を訪れる前の、王国での王妃の置かれた状況、さらには、帰国後の騒動のことも、である。
「国王陛下と共にあられる王妃様のお健やかなご様子を拝見いたしました。我が主人も喜びましょう」
──もっと神子を守れ。
言外の当て擦りは王にも充分通じただろう。しかし、王は気付かぬ風で言う。
「畏多くも神子を戴く身として、先の陛下、ならびに今上陛下にご安心いただけるよう、これからも私は神子のそばにあるでしょう」
側にあるだけではどうしようもないのだが。
皇帝のお耳に入れたらそれこそ鼻でお笑いになるだろうとザイは想像する。それでも王の言葉を黙って受けるザイに、王が続けて言う。
「ザイ殿。第四王子の保護、改めてあなたとお父上に感謝します。
あれは昔から私に反発ばかりで仕方がないのです。神子にも苦労をかけてしまいましたね」
ザイは複雑である。正直ぶん殴ってやりたい。一言、国王自らが第四王子を諌めていれば、と思う。そうすれば王妃はもちろん救われただろうし、第四王子もあのような情けない有様にはならなかっただろうに。
しかし、これに関して王妃が何もおっしゃらない以上、ザイは何も申し上げることはできない。
「いいえ国王様、わたくしには十分でございます」
王妃はにこにこと微笑んでいる。王はそれにゆっくりと頷く。そうして王妃はこの話はこれで終いとでも言うように、明るい声でザイに話しかける。
「ザイ殿、お久しぶりですね」
「お久しぶりにございます。再びお目もじかないまして嬉しく存じます」
受けるザイも仕方なしに頭を切り替える。そして思う。一月も経たないのは久しぶりだろうか?
──久しぶり? 人はすぐにそう言う。
縹に言われた言葉をザイは思い出す。
そう、無意識によく使ってしまうけれど「久しぶり」なんで挨拶はしばらく会っていなかった相手の様子を探るためにあるようなものだ。見れば王妃は何故だかザイを熱心に見ている。
見ている。いや、観察?
間違っても恋する瞳などではなく、これは、興味津々といった様子だ。
「少し、様子が……変わられましたかしら?」
ザイはギクリとする。王妃の出立を見送ってからザイの身に起きた変化──常に外堀を埋めにかかられているといった状況はさておき──と言えば。
──碧に気付かれた?
「さようにございますか?」
自分では分からない、といった風を装いながら、ザイは王をチラリとみる。しかし王も王妃の言わんとするところが分からぬようである。
すると、王妃はおかしくて堪らないといった様子で言う。
「ザイ殿がこちらへおいでになってから、落ち着きませんの。ですから陛下、呼んでもよろしいでしょうか?」
それに、王が思わずのように腰を浮かせる。
「神子? 呼ぶとは、喚ぶとは、まさか、今、ここで、ですか?」
「はい。わたくし結界を張りますし、ザイなら大丈夫ですわ」
待ちきれないといった様子の神子、いや、王妃、いや『姫』の様子に、ザイは嫌な予感がする。
──ザイって言っちゃってるし!
困り果てた様子の王は、王妃の勢いに押され、助けを求めるようにザイを見る。
……止めてくれといっている。
──いやいやいやいや、ここ誰の国⁉︎ 僕に決定権ありませんから!
誰を呼ぶにしろ、ナニを喚ぶにしろ、王妃様の決定にはザイには全くどうしようもないわけで。
ザイはいつかの侍従筆頭を思い出して空気と化す。王妃はすぐに王の許可をもぎ取った。
そうして王妃は満面の笑みで、ザイを見る。
──あ、なんか懐かしい。
この顔をするときの姫は誰も止められなかった。
ほんのちょっと、本当にちょっとだけ、ザイは王を気の毒に思った。
「これがわたくしの契約している精霊です」
──暁。
愛おしささえ感じさせる声音で呼びかけられたのに、目を射る光が現れる。
客間の天井まで光の壁ができる。それが次第にある形をとる。
確かめるまでもなく、魔山の主人、竜王だった。
※────
・どうかお元気で、と心の中で呟いたのはついこの間
→第一章28話「出立」
・帝国を訪れる前の王国での王妃の置かれた状況
→第一章18話「護衛二日目 誘い」
・帰国後の騒動のこと
→第二章20話「異変あるところに ※暴力・残酷描写あり」
→第二章23話「王国大使奏上、答え合わせ」
・──久しぶり? 人はすぐにそう言う。
→ 第三章01話「知ってどうする話してどうする」
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