【本編】元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです

すみよし

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第四章 王国へ

10 噛みつきません無視するだけですそして罠

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 ザイはどことなく得意げな王妃とそれに懐くでかい竜、それを恐れる国王様を見ながら「お友達かー」と遠い目をしていた。

 王妃からの手紙に心底心配していた宰相が、ザイは気の毒になってくる。おそらくは先の陛下とカイルさんはご存知だっただろうなーと思えば尚更である。

 先の陛下やカイルさんからすれば、「神子を嫁がせるしか手が打てなかった宰相は、せいぜい心配してろ」ぐらいだったろうか?

 そう、ザイの父である宰相とザイの師である先帝侍従カイルは盟友──と言うにはなんだか色々語弊があるのは、こういう事がちょこちょことあるからである。

 ──宰相って大変だな。

 先の東の宮様のお言葉もある。帰ったら少しは父を労わろう。そう思うザイだった。

 ※

 さて、脱力したザイの様子を満足そうに見ていた王妃は、ハッと気づいたように国王に向き直る。

「まあ、国王様、そんなに汗をおかきになって、暑かったのですね。申し訳ございません、私が結界を忘れておりましたから」

 手ずから国王の汗を手巾で抑える王妃に、国王は慌てた様子で言う。

「いや神子よ、大事はありません……」

 心配はいらないと、普段の泰然としたお振舞いはどこへ行ったかの勢いでブンブン首を振る国王だった。

 ──うん、だってそれ冷や汗ですもんね国王様。

 王妃様嫌味ですか天然ですか?

 王妃から手巾を受け取る女官は、先ほどとは打って変わった穏やかな顔を王に向けている。流石だ。

 目の前のお二人は、仲睦まじいご様子である。……一応は。

 国王からすれば妻というより妹、むしろ娘といってよいほどの関係なのであろう。いや、もう、これはお爺ちゃんと孫娘のようなほのぼのとしたご様子である。

 竜王様はその横でくわあと欠伸をなさっている。

 平和だ。ものすごく平和。

 だが、それゆえに国王を完全無視する竜王様、それを咎めぬ国王に王妃、なんともギクシャクしたものを感じるザイだった。

 神子を戴き帝国の庇護の下栄える王国の国王の、その内心をザイははかる。

 この国王様は無視されることにあまりにも慣れていらっしゃる。そしてきっと無視することにも。

 この優しい海の王は、誰に対しても情を持たないのかもしれない。第四王子にしてもそうだ。子として認めているが、おそらく愛情は、ない。

 最初からそうだったのか、そうなってしまったのか。

 そして己の守護たる竜王様を恐れる国王を王妃はどう考えているだろう?



 ほのぼのとした国王夫妻の様子とザイの推察はあまりにもかけ離れている。

 ザイは嫌な気分を持て余す。まるで腹の底に鉛を飲み込んだよう。

 ※

 そんなザイを知ってか知らずか、ニヤリと笑って見るのは竜王だ。

「ああ姫よ、懐かしいとはこういうことを言うのだな。ザイとやら、あの地ゆかりのそなたに会えて我は良い気分だ」

 竜王様は碧にお気付きであるらしいが、契約のことはこれ以上触れないでいて下さるようだ。ザイはそっと竜王様に感謝の礼をする。

「そろそろ我は帰るとするぞ」
「ええ、暁、ありがとう。またお話ししましょう」

 どこからともなく風が吹く。すると竜王様は掻き消えた。風はすぐにゆるゆると柔らかになり、ザイの頬を撫でて消えた。

「ふふ。ザイにはいつか暁を自慢したかったのです。驚きましたでしょう?」

 胸を張る王妃様は昔の姫そのもので、ザイはつい笑いそうになる。

「はい。驚きました」

 申し上げてザイは改めて思う。

 ──竜王様の国王様の無視っぷりが見事でした。

 ザイはそれは言わずにただ苦笑する。

「まあ、嬉しい。国王様、私、国王様のお陰で、ザイを驚かせることができましたわ」

 喚ぶのを御許し戴きありがとうございました、とお礼を仰る王妃に国王は「神子が嬉しいのなら良かった」と鷹揚に仰る。まだお顔は引きつっていらっしゃるが、いつもの落ち着きを取り戻されたようだ。

 良かったとザイが変に安心したところで、国王がとんでもないことを言う。

「なるほど、ザイ殿は王妃の初恋の君であられましたな」

「はい」

 にこにこと王妃が答える。ザイはお茶を飲んでなくて良かった思った。「はい」じゃ無いです王妃。

「積もる話もあるでしょう。どうぞ二人でゆっくりお話し下さい。私はそろそろ休ませてもらいます」

 え? ザイは驚いて国王を見る。

「ありがとうございます国王様」

 え? ちょっとこれは。ザイは焦る。

「ではまた明日にお会いしましょうザイ殿。ごゆるりと」

 引き上げる国王を笑顔で王妃が見送る。

 国王は部屋を後にし、ぱたりと扉が閉められた。

 控える王妃付きの女官も国王の後に続いて引き上げて、部屋にはザイと王妃二人きりである。

 そんなバカな、とザイは探知をやってみるが、何も引っかからない。正真正銘の二人きりだ。

 なにこれ、王妃か僕を陥れる罠?

「ザイ」

「はい?」

 ザイは大汗をかきながら返事をする。
王妃は聞く。

「押し倒してもよろしいですか?」



※────
・王妃からの手紙
→第一章08話「括弧付きの二つ名」09話「遠い二つ名」

・神子を嫁がせるしか手が打てなかった宰相
→第一章09話「遠い二つ名」

・先の東の宮様のお言葉
→第三章22話「東の地」
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