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第1羽 隣の席の竜人様
しおりを挟む異世界って、こういう感じなんだ。
制服姿のまま机に座っていても、視界にちらつくのは非日常ばかり。宙に浮いている生徒、角や羽、尻尾、色々な特徴を持つ個性的な見た目の生徒たち。窓の外には魔法陣が浮かび上がっていて、教室の隅では猫耳の生徒が居眠りしている。異世界って、魔法とちょっとだけ文化祭が混ざったみたいな感じ……って、うわ、思考が追いつかない。
隣の席の彼、シウ=ドラティールくんは、静かにノートを開いた。銀髪の前髪が、さらりと揺れる。
さっき「よろしく」って言われたのに、こっちはまだ心臓がドキドキして、それどころじゃない。
しかも、彼の背中からは、薄く白銀に光る羽が見えた。角も、尻尾もあるし、明らかに人間じゃない。こんなに綺麗で、静かで、凛として……なんだろう、近寄りがたいのに目が離せない。
――王子様、みたい。
「……じろじろ見られるのは、あまり好きじゃない。」
はっ。
「あ、ご、ごめんなさい!」
思わず声が大きくなった。
教室の数人が、ちらりとこちらを見た。シウくんは特に気にした様子もなく、ページをめくる手を止めない。
や、やばい……。第一印象、最悪かも……!
さっきの、ちょっとだけ動いた瞳。あれ、笑ってたんじゃなくて……呆れてたのかな。
自分の頬が熱くなるのを感じながら、私はノートを取り出して、気を紛らわせるようにペンを走らせた。
◇
「はい、では午前の授業はここまで! 次は異種族交流実習よ!」
教室の前で手を叩いたのは、担任の如月先生。
地味めな黒縁メガネに、肩までの黒髪。見た目はどう見てもふつうで人間の女性なのに、異世界にいる種族の生徒たちの前でもいつも通りなその姿は、なんだか妙に頼もしい。
というか、この人が……異世界を救った勇者パーティーの一員って本当?
「異種族交流実習では、異なる種族同士の生徒でペアになってもらいます。実際に、種族ごとの文化交流しながらレポートを作成してね。今回は、お隣さん同士で!」
「え!?」
思わず驚きの声がでちゃった。やばい、今の声シウくんに聞かれちゃった。嫌われたり、してないよね……。そう思いながら恐る恐る、シウくんを見る……。
良かった。特に気にした様子もなければ、声に気づいた感じもなかった。
それでも、彼が「驚いた」って表情をしたのが、なんとなく分かった。 シウくんは眉をほんの少し、上げただけだったけど。
「よろしく。」
彼はゆっくりと手を差し出してきた。
長い指に、淡い青白さ。人間より少し冷たい体温。見慣れないちょっと長い爪。御伽話で見てきたけど、竜人族ってもっと傲慢で強そうなイメージがあった。
でも、その仕草は、思っていたよりずっと丁寧だった。
「よ、よろしく、お願いします……!」
ぎこちなく握手を交わすと、後ろでクスクスと笑う声が聞こえた。
ゆっくりと振り返ると――。
「……ふぅん、あれが人間?」
背後の席。赤いワイン色の角を持つ、美しい竜人の女の子が腕を組んで、こちらを見下ろしていた。
髪は淡いピンク、巻き髪のポニーテール。制服もきっちり着こなしていて、まるで舞踏会のヒロインみたいな子。物凄い可愛い。思わず、見惚れて口が開いてしまった。
「シウとペアなんて、運がいいのね? でも浮かれすぎないことね、人間さん」
「え、えと……」
「あ、自己紹介してあげる。ミア=ナロティーン。あなたとは違って、こっちでちゃんとした教育を受けた竜人のレディよ。よろしくね?」
皮肉混じりな口調、なのにどこか堂々としていて、言い返せる余地なんてなかった。
どうしよう、初日からライバルとか、というか何ライバルって……。私なんかが、シウくんと同じ立場になれるわけないじゃん。
「……行こうか。」
シウくんが、すっと立ち上がる。
私のことなんて気にしてないのか、あるいは、ミアさんの挑発を聞き流したのか――。
その姿はやっぱり、王子様みたいだった。
◇
「え、えと……。異種族交流って、何を聞けばいいんだろ」
いきなりすぎて、頭が混乱しそう。そもそも、どう関われば良いかわからなかった。勇気を出して尋ねてみると、シウくんは少しだけ考えてから言った。
「人間界のことについて、教えてくれ。衣食住、考え方、礼儀や学校の習慣……なんでもいい。」
……私、先生でも、専門家でもないんですけど。そもそも、異性の人と話すことすらまともにしたことないのに。そんな中、初めてまともに話す異性の相手は異種族だなんて。
「かしこまらなくて良い。君の目線で語る方が、ずっと自然で興味深い。」
その言葉に、ちょっとだけ胸があたたかくなった。なんだろう……なんか、ちゃんと私を見てくれてる気がする。
だけどその瞬間、どこかから叫び声が耳に響いてきた。悲鳴というよりかは、黄色い声援のような。
「きゃあああっ、ロイ様がっ、また花をくれたっ!」
何人かの女生徒が廊下を駆け抜けていく。その先を見てみると、長身のイケメンが女生徒に囲まれていた。
どこからどうみても、人間と同じ見た目。でも、なんかちょっと違う雰囲気だった。
「気をつけろ。あれは……ハイエルフだ。顔と笑顔はいいが、問題児だ。」
シウくんが小さくため息をついた。
ハイエルフ? それも何かの御伽話で聞いたことある。見た目こそはほとんど人間と変わらない。けれども、魔法がどうのこうのって。
そのとき、前から良い匂いが飛んでくる。バニラのような甘くて、魔法のような神秘的な匂い。
「やあ、君が噂の人間の女の子かな?」
甘い声。キラキラした微笑み。そして、金髪から覗く長い耳。本当に、ハイエルフなんだ。
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