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番外編(後日談)
番外編5−9
しおりを挟む近づいてくるヒューバートの存在に気がついて、レオルドがわたしの前に立つ。
こうなると、人相が悪いレオルドの方がよっぽど悪人ヅラに見える不思議。
レオルドもレオルドで、すっごく男前なんだけどさ。こう、お顔の傾向がちがうっていうか。……ほら、ワイルドな感じじゃない?
だから、ヒューバートと並ぶとどうしても……ね?
なんて、ぼんやりと考えごとしているわけにもいかないんだけどね。
「シェリルさん」
レオルドに阻まれているというのに、ヒューバートは物怖じしない。
ピンと背筋を伸ばしたまま、まっすぐこちらに視線を投げかけてくる。
「ったく、旦那のオレがいるってのに、テメエはほんとによくやるよ」
「ああ、褒め言葉をありがとう」
「なわけあるかよ!」
レオルドのつっこみに、ヒューバートは一歩も怯むことなく、スーツの内側にすっと己の手を伸ばす。
そうして取り出したのは、天鵞絨で覆われた箱だった。
少し細長いそれを見た瞬間、わたしもレオルドもなんともいえない顔をする。
だって、あのつやつやした高級感のある箱ってさ……つまり、こういうシーンの典型じゃないですか。
あっ、レオルドがひくってしてる。頬を引きつらせて……青筋浮かんでますけれど。
手は出さないでくれるんですね。……わたしとケリーにあわせてくれて、ほんとうにありがとう。
箱の形からして、指輪ではない。けれど、おそらくジュエリーなんじゃないかなって形だ。
少し細長い形からして、ペンダントとかかな……って思ったけれど、いやいや、受け取るわけにはいかないに決まってる。
先日のお花攻撃にもビックリしたし、他にも服とか、お菓子とか、たくさん贈り物は届けられた。けれど、いちいち贈り物が高価すぎるんだ。
そりゃあ、ソーウェル家もかなりお金持ちだってことは知っているよ?
こうやって大きなお祭りの協賛ができるほどに、この国でも有数の商会だけどさ。いくらなんでも、こんな……ね?
「シェリルさん、聞いて。あなたにはあなたが選んだ旦那さんがいること、それももちろんわかってる。それでも、僕はあなたを諦められない」
わっ、と周囲が沸きたった。
大勢があつまる会場ではじまった、告白大会。
実際、この氷像祭はプロポーズの定番でもあって、そこここでカップルが誕生していることはわたしも知っている。
(けどさあ……何度も言うけどっ、わたしは、人妻なんだよねっ……!)
ケリをつけるために来たけれど、みんな知ってて囃したてているのなら悪ノリがすぎる。
それはレオルドも同じようなことを考えていたらしく、みるみる眉間に皺が寄っていく。
……っていうか、普段だったら絶対、手を出すか脅すかしてるよね。それをしないっていうのは、つまり、ヒューバートがわたしの従兄弟だから――手加減をしてくれているんだ。
レオルドと繋いでいる手、ちょっと痛い。
彼がぎりぎりと力を加えてるのがわかって、わたしはもう一方の手を、彼の手に重ねた。
大丈夫、落ち着いて。ほら。ちゃんとケリをつけるんでしょ?
そう言い聞かせるように、擦りながら。
それを目にしたヒューバートも、ますます表情を険しくする。
そのまま彼は、一歩、二歩と近づいて、レオルドの間合いに入った。
レオルドは静かに彼を見つめているだけ。
ただ、じっと睨みつけると、ヒューバートもいよいよ近寄れなくなったらしい。ピタリと足を止めたかと思うと、静かにかかげている箱をひらく。
「……それは……?」
箱の中身は、わたしたちが思っていたようなものではなかった。
レオルドも意外だったらしく、ぱちぱちと瞬き、口を閉じる。
箱の中に並んでいるのは、3つの小さな瓶だった。
まるでクリスタルのようにカットされた綺麗な瓶のなかにはそれぞれ、琥珀色、ピンク色、そして透明の液体が入っている。
「高密度魔力保有植物」
「え……?」
「――正確には、僕が成分を凝縮させた高密度魔力保有植物の抽出エキス」
「高密度魔力保有植物……ですって?」
高密度魔力保有植物といえば、以前、わたしが仕事のたびに摂取していた、魔力をたくさん含んだ、ただの葉っぱとか、花の総称だ。
魔力を含むと葉や茎がひどく苦かったり酸っぱかったり、とても食べられるものではないものがほとんど。
「ふふ。びっくりした? わざわざこんな研究をする人間なんて、いままでいなかったみたいだもんね。
わざわざ高密度魔力保有植物で魔力を補給する魔法使い自体多くないらしいし――――ほら、魔法使いってみんな、別の方法で副作用を抑えこんでいたみたいだし?」
そこのだれかさんもそうだったんじゃない?
――なんて言いながら、ヒューバートは、レオルドを睨みつける。
「だから、わざわざこんな研究をする人間もいなかったみたいだけどさ。
でも、僕は。あなたが、ずっとずっと苦労して、我慢して生きてきたことを知っているから。だから、少しでも手助けをしたかった」
きらきらと輝く高密度魔力保有植物の瓶を見つめる。
それはつまり、ヒューバートが、わたしのためだけに研究した結晶ということだ。
「味は……まあ、美味しくはないとは思うけど、普段シェリルさんが口にしていたものよりははるかにいいと思う。
これさえあれば、シェリルさんは魔法を使ったあとの副作用に悩まなくてよくなる。
だから。僕のことを好きになりきれなくてもいい。でも、あなた自身のために、僕を選んで。僕を、利用して――?」
「ヒューバート」
「…………って。
そう、告白しようって思ってた。ずっと」
あまりに卑屈な言葉に、わたしは息をのむ。
その告白は多分――わたしが、レオルドと一緒になれなかったときのために用意された言葉だ。
もし、わたしがレオルドと結婚できなかったら――。
想いが届かなくて――ううん、奴隷に堕ちたまま、彼が行方不明になったまま、見つからなかったら――死んでしまっていたのなら――そんな未来もあったかもしれない。
事実、その可能性を考えて、不安になった夜もあった。
どんなに探してもレオルドは見つからない。
大切な人を見つけられないまま、失ってしまったら。
可能性を思い出しただけで、ぶるりとわたしは震える。
「そうやって、あなたに想いをぶつけるに相応しい自分になれるように、僕はやって来たんだ――。あなたが、結婚したことすら知らされずに」
むしろ、結婚どころか、ヒューバートは、わたしがレオルドを迎えに行ったことすら知らされていなかった。
だから、わたしがきっと、いまだに独り身であると思い込んで――こんなものを研究して、作ってくれていたんだ。
今回の帰国で、わたしに想いを伝えようって、思ってくれてたのだろう。
簡単な道ではなかったと思う。
どうして留学してまで、マーセリーナ大学にこだわったのかというと、きっと、この研究のためでもあったのだろう。
マーセリーナ大学は、世界で一番、魔法使いや神さまに関する研究が進められている場所だから。
「……へえ?」
でも。ここでレオルドの目つきが変わる。
まだ続きがあるのか? ――なんて挑戦的な目で、レオルドはヒューバートの方を見つめたのだった。
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