【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

文字の大きさ
44 / 67
−冬−

3−10 どうか、どうか――(1)

しおりを挟む

 あの勝負のあと、ディルがサヨを――トキノオ領を救うためにくだした決断を聞いたとき、サヨもまた彼と同じ表情をした。
 どうしても、つけなければいけないけじめがある。それが――、

 ――明日で、さよなら。

 別れはあまりに突然だ。
 それでも、サヨも、ディルも、互いに納得もしていた。

 ――大丈夫だ。私は、大丈夫。

 いつかまた互いに巡り会うことができる未来のために、彼がサヨを信じ、任せてくれたことがうれしい。
 そして、サヨが自分で未来をつかみ取ることができるようにと、彼は精一杯力をかしてくれる。
 離れていても、彼のことを信じているから頑張れる。これは前向きな決意だ。

 だって、彼がこれまでサヨにくれた言葉は、全部、本物だった。
 だから彼が大丈夫だと言えば大丈夫だし、離れていても、サヨを好きでいてくれると言うなら、きっとそうなのだろう。
 そう言い聞かせなければ崩れ落ちてしまいそうで、ただの虚勢かもしれないけれども。


 サヨたちはこの日、トウマを含めたほんの数人を供にして、ディルとともに真っ直ぐ国境の砦へと向かった。
 それだけではない。
 ディルの判断ははやかった。サヨとの決着をつけた後、彼は急遽、首都や、辺境領内各地、また別途必要な場所へと急ぎで使者を送ったのだ。

 サヨのはやる気持ちを抑えようと、ディルは笑った。
 トキノオは大丈夫だと。
 いざ皇軍とトキノオ軍がぶつかったならば、皇軍の方が被害が大きくなるにちがいない。
 季節も冬。
 皇軍の方が圧倒的に不利になるために、この出兵はあくまで牽制と話し合いを目的にしているはずだとディルは言う。

 彼の言葉は本当に不思議だ。
 サヨの心をなだめて、もう大丈夫だと信じさせてくれる。
 大丈夫。ひとりじゃない。
 己を奮いたたせ、闇雲に走る日々はもう終わりだ。

 午後より領都を発って、ひたすら駆ける。
 とはいえ、国境の砦につくのは早くても明日。だから途中の小さな街でいったん宿をとることとなった。
 彼とともにいられる、最後の夜である。





「サヨ姫! この宿は警備も十分ではありません。俺がひと晩、ここで見張りに立ちます!」

 そう主張するのはトウマだった。
 夜、サヨが部屋に入る際、鼻息荒く告げてきたのだ。
 あまりに真剣に、まるで懇願するように彼は見つめてくる。

「――サヨ姫のお気持ちは痛いくらいに伝わりました。でも! 俺は、ここから絶対にどきません」
「トウマ……」
「どうか。どうか我慢なさってください。俺は、サヨ姫のことを守りたいだけなのです」

 なにから、など、聞かなくてもわかる。
 彼だってわかっているのだろう。サヨとディルが、しばしの別れを迎える――その意味を。


 サヨは単身トキノオに戻らなければいけない。
 ディルと再び、いつか会える未来を信じているけれども、それは確定したものではない。
 一時の気の迷いで彼に身を委ねたら――なんてことを考えているのだと思う。

 ひどく、胸が痛んだ。
 今夜を逃すと、本当に、ディルとゆっくり話せる時間はなくなってしまうだろう。
 たった一日でめまぐるしく環境が変わり、感情の方が追いつかない。
 彼に気持ちを伝えることはできたけれど、それもまた夢みたいで――少しでもいい。会いたいのに。

「トウマ、頼む……」
「なりません。明日も早いのです」

 トウマは厳しく言い放つ。
 ……別に、今日の出来事の腹いせではないと思う。ただ、トウマもサヨを大切にしてくれているのだ。それはわかっている。


 城を出る前の話だ。
 サヨの気持ちが固まったいま、彼の想いには応えることができないとはっきり告げた。

 それはそれで彼は受け止めてはくれたけれども、ディルのことになると話が別らしい。
 いまだにあの国境の砦前の戦いで、サヨの唇を一方的に奪ったことや、無理矢理連れ去ったことに憤りを覚えているようだ。

 その上で、今日の口づけである。
 別れなければいけないのに――まるでサヨに唾をつけるみたいだと――男の風上にも置けないと、トウマは大変ご立腹だ。
 だからこそいま、間違いがあってはいけないと、彼は厳しい。
 ただでさえ兄妹のように育ったせいで、トウマはサヨに遠慮がない。
 想いを寄せていた娘相手というよりも、もはや家族のような位置づけで、ディルのことをおおいに警戒しているわけである。

「とにかく。ここの出入り口は俺がしっかりと見張っておきますから! サヨ姫はゆっくりとお休みください」
「だが……」
「姫」
「…………はい……トウマも……ちゃんと、休んで……」

 休んでなんて、この調子だと聞きいれてくれなさそうだけれども。
 ぷりぷり怒っているトウマにこれ以上かける言葉もなく、サヨは大人しく扉を閉めることにした。

 二階の南向きの比較的小さな――でも、サヨが休むには十分な部屋だった。
 ただ、ディルの部屋とは少し離れている。もちろん、これもトウマの主張の結果である。
 一応ディルの部屋は、同じ階の角部屋だったはずなのだが、廊下へ出る扉を封鎖されてしまえば会いにいけるはずもない。

 今夜は、ただひとり。
 隣の部屋に、彼の気配すら感じられない。

 ――明日……どれくらい話せるかな。

 砦までの距離はそれなりにあるけど、強行軍になるだろう。
 サヨだって、なるべくはやくトキノオ領へと抜けたい。


 窓のそばによって、空を見上げる。
 このあたりの地域は雪は降らなかったのか、空には煌々と丸い月が輝いている。
 ただ、雲がない空のせいか、かなり冷える。明日のこともあるし、早めに休むのがいいとはわかっている。

 大人しく眠る支度をする。
 夜着に着替え、早々に寝台の上に腰かけた。
 早く眠らねばと思うのに、どうにも目が冴えて、眠れる気配がない。
 布団を被りはするけれど、サヨは膝を抱え込んだまま、昼間のことをぼんやりと思い出していた。

「……じぃる」

 そっと指先で唇に触れる。
 昼間の、あの感触が忘れられない。

 世界はたしかにディルとふたりで、行くあてなく惑う心を彼が引き戻してくれた。
 心に抱える悩みも痛みも多いけれど、たしかにサヨは幸福だったのだ。

「じる、べると……」

 ……くやしい。
 こんなにも彼のことが好きなのに、名前ひとつまともに呼べない。
 彼と向きあうのを恐れて、まともに発声する練習すらしてこなかった。

「ジル……」

 彼と再び出会う未来を信じるからこそ、今は帰る。もう決めた。
 しばしの別れ――彼と再び出会える日がいつになるかはわからないけれど――わからないからこそ、ちゃんと呼びたかった。

「ジルベルト……で…じぃ……」

 ぽつり、ぽつりと繰り返す。

「ジル……」

 寂しい。
 せっかく想いが繋がったからこそ、夜がこんなにも寂しい。


 ばん、ばん。

 と、そこで。
 ふと、風の音だろうか。窓が叩かれたような、わずかに軋んだような音がして、サヨは顔をあげる。

「!」

 瞬間、叫びそうになってしまったのを両手で覆い、あわてて寝台から降りた。

 窓の外に、見知った姿が見える。
 唇の前に人差し指をかかげ、しーっ、と注意しながらも、ウインクしてみせる男がひとり。
 いままさに、名前を呼ぶ練習をしていた相手の姿を認めて、サヨは窓の方へ駆け寄った。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...