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−冬−
3−12 どうか、どうか――(3)
しおりを挟む「ぅ……あ……え、と」
「たのむ」
「……じぃる」
「……」
「じる、べると……」
「ああ――うん。これは。たまらんな……」
とうとうディルは、己の顔を両手で押さえ、悶絶しはじめた。
「その――すまない、ちゃんと、発音できなくて」
「いや。オレは、感動しているのだが」
「でも。好いた殿方の名前くらい、ちゃんと、発音したい……」
「サヨ――君は……」
あー、とかうーとか、なんだかディルは目元を押さえたり、頭を掻きむしったり忙しない。
「くそ……なんだかオレが、とんでもなく小さな男に思えてきた」
「!? ど、どうしてだ!?」
やはり、ちゃんと呼べなかったことが気に障ったのだろうか。
「いやだ。ちゃんと、練習する! 練習しておくから! ――私を見捨てないで」
「待て。なぜそうなるっ! じゃなくて……あー……ええと」
ディルはがしがしと頭を掻きむしり、首を横に振り、さらには深呼吸までしたところで、覚悟を決めたらしい。
大きく深呼吸した後、サヨに向きなおる。
「君はそうやって真っ直ぐオレと向きあってくれているのに……オレの考えてたことなんて知ったら、……君が幻滅すると思ってな」
「え……」
「いや。悪い想像はしないでくれよ? そうじゃなくて。その。だな。ほら。……しばらく会えなくなるし……オレも男だから――即物的なだな、その。あわよくば……とか」
「あの――」
「いや。わかっている。いくら君がオレの気持ちにこたえてくれたとしても、やらかしたことはなくならない」
「!」
「でも。トキノオにもサヨを慕っている男はゴロゴロいるにちがいないし。オレも、迎えに行くまで、不安というか……なんというか……」
そこまで聞いてようやく、サヨは、彼が求めていることを正しく理解した。
「……っ」
どくっ、どくっ、どくっ、どくっ。
心臓の音がうるさい。
飛びだしてしまいそうだ。
トウマの心配は、正しいものだったらしい。
ディルも困り果てたような顔をしている。けれども、サヨにとっては、そんな様子だって魅力的に見えてしまうのだ。
かつては近寄られるだけでも怖かったけれど、いつしか、差し出す手に自然と応えるようになっていた。
そしていま。
そばにいるだけで、こんなに胸が高鳴る。
「大人の男として最低だよな。大丈夫だ。今度は段階を踏む。全部かたづけて、真っ向から求婚に行く。ちゃんとわかっているさ。
――君にはスマートなオレでいたかったんだが。どうにも格好がつかない」
でも、彼はそんなサヨの気持ちなんて気づいてはくれない。
あたりまえだ。
サヨは気がついたじゃないか。
彼が言葉をつくしてくれて、ようやくサヨは理解できるようになった。
だったら、サヨからも想いを伝えないと。言葉をつくさないと――彼はサヨを尊重しようとして、自ら一歩ひいてしまう。
「どうも、舞い上がっていてな。すまなかった」
なんて大人しく引き下がろうとする彼を、逃してなんかあげない。
だから、サヨは手を差し出す。
頭を抱え、俯いている彼の手に触れ、少しだけ引っ張ってみる。
ディルはゆっくりと顔を上げ、サヨが導く手の先に視線を向けた。
その指先。――サヨはゆっくりと、唇を落とす。
サヨの細い指とはちがう、太くて、がっしりとした指先。
彼は紳士で、いつも見目にもこだわっているけれども、この手はどう見ても武人のもの。剣ダコだらけでゴツゴツしているけれど、いつもサヨを導いてくれる。
「お慕いしています」
今度はよどみなく言えた。
相変わらず彼は耳まで真っ赤にしている。これはちゃんと伝わったと思ってよいのだろうか?
「あなたのことを。とても」
「ああ……」
ディルはしばらく呆けたままだった。
けれども、一度ぎゅっと両目を閉じて、深呼吸する。
「サヨ」
そして今度は彼の方がサヨの手を引き寄せた。
指に――爪先に――まるで信仰するかのごとく真剣な眼差しで口づける。
細い指先に直接彼の唇が触れたところで、サヨは気づいた。
ああそうだ。
眠ろうと思っていたから、もう、手袋を外してしまっていたのだ。
「オレも、君を、愛している」
「……ジル……」
「想いが通じて……だから。つい、浮かれてしまったが――」
「そんな」
笑いなどしない。
首を横に振るサヨに、彼は熱っぽい目を向け、溜め息をついた。
「…………だめだな、送っていこう。――今日という日にどうしても、もう一度君とふたりきりになりたかったんだ」
「……」
「君がオレに応えてくれたのが嘘じゃないって、信じたかった。ありがとう」
「ジル」
――いやだ。
サヨは希った。
だって、今夜で、さよならなのだ。
――大人だからって、ひとりで身をひかないで。
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