【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−冬−

3−19 また巡りあう未来まで(1)

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 サヨが目ざめたとき、とても温かななにかに包まれていた。

 いつもならばすぐに覚醒するのに、それもできない。とろとろとした微睡みが心地良くて、熱を求めて顔を擦りつけると、何かがゆっくりと頭を撫でてくれる。
 抱え込むようにしてガッチリとサヨの頭に巻き付いたその腕は、サヨの存在を確かめるように、さらさらと髪を梳いてくれる。

「ぅ……ん……」

 ふわりと意識が浮上して目を開ける。
 温かいなにかがそこにあって、もっとその温もりを感じたくて。
 それはまるで誰かの胸板のようで――と、覚醒したとき、サヨはすべてを理解した。


「!?」
「ん……あ、ああ。起きたか。おはよう」
「っ、!? じ、ジル……? おは、え? 私……」

 どうやら昨日、彼とともに過ごしたまま、部屋に帰ることなく眠ってしまっていたらしい。
 しめられたカーテンの隙間から、控えめな朝日が差し込んでくる。
 まだ夜が明けて間もない時間なのだろうが、あまりの事態に一気に血の気が引いていく。

「わ、わ、悪かったっ。……ちがうな、申し訳ありませんっ」
「ん? どうした。大丈夫だ、落ち着け」
「だって……旦那さまよりもあとで目が覚めるだなんて、なんて不作法な……」

 良妻とは主人よりも後に寝て、主人よりも早く起きるものだと考えている。
 どう考えてもサヨの方が先に眠りに落ちてしまって、今だって、ディルの目覚めを迎えられなかった。
 いくら初めての夜を過ごして疲れていたからと言っても、この体たらく。初日からとはなんとも情けない!

「だ……」

 けれども、ディルはというと全然別のところで引っかかっていたようだった。

「だんな、さま……?」
「えっと。その。ちがいます、でしょうか……?」

 正式な輿入れは遠い未来――とはいっても、無事に初夜を終えたつもりである。
 サヨとしてはディルのことをもう自分の夫だと思いたいわけだが、少し気がせきすぎたのだろうか。
 ひとりだけ先走りすぎているのも恥ずかしく、真っ赤になりながら慌てて体を起こした。

「!」

 けれどもだ。
 そういえば、なにも身にまとっていなかった。思いっきり乳房が見えてしまい、今度は慌てて布団の中に引っ込んで。

「お、おい。サヨ。落ち着け、な?」
「ぅ……もうだめだ……恥ずかしい……」

 みっともない。格好がつかない。まともに顔が見られない。
 何から何までだめだめで、恥ずかしくてふるふると首を横に振った。

「いや。あの、伝わった。うん。すごく、その、吝かではないというか……だな。うん。オレも照れているから。な?」

 慰めはいらないともう一度首を横に振る。

「いや、旦那さまって。不意打ちすぎてだな。――ほら、サヨ。顔を見せてくれ? 大丈夫だから。いい子だから、出ておいで」
「ぅぅぅ……」

 良妻になりたくて頑張ろうと思ったのに、初っぱなから躓いてしまった。
 けれども、彼が優しく背中をなでてくれるものだから、頭だけ布団から出してみる。

「ん。今日も愛らしい」
「……っ」

 すると容赦なくディルの唇が降ってきて、朝から触れるだけの優しい口づけをもらって。

「が、がんばって――いい妻になるから。ちゃんと、向こうにいる間、勉強する、から」
「はは。それは楽しみだな。――だが」

 彼の両腕が伸びてきて、ぐいと持ちあげられる。
 そのまま引っ張りあげられて、彼をまたぐような形にさせられた。

「無理はしなくていいし、敬語もいいよ。君はオレに嫁ぐんだろう? オレは、妻とは同じ位置に立っていたい」
「ジル……」
「君はまだまだ成長過程にあって――ますますいい女になってくれるのは楽しみだがな? 少しずつでいい。努力をするのが好きな君なら、きっと大丈夫だ」
「あ、ああ……」

 すごくいいことを言ってくれている。
 言ってくれているわけだが。

 ……サヨは気がついてしまった。

「あの……ジル?」
「ん?」
「どっ……どうしたんだ、その顔……」

 色男と言い切って差し支えない彼の顔が、たったひと晩でとんでもないことになっている。
 左頬がまだら色になっていて、あきらかに何かあったとしか思えない。

 ディルは照れたような表情をしているけれど、それどころではない。あわあわと焦って――でも触れたら痛そうだからと、サヨは手を彷徨わせた。

「ん。ああ。ちょっとな。君と過ごして浮かれてて――まぁ。転んだ?」
「嘘を言え! ……痛いだろう? 大丈夫か……?」
「ははは、自業自得だからな。――君に心配してもらえるんだ。ドジを踏んだが、無駄にはならなかったな」
「馬鹿! もう……こんな……ばか……」

 転んだなんてきっと嘘。これはどう見ても誰かに殴られた痕だろう。
 となると、殴った相手などひとりしか思い浮かばない。

「すまない、ジル」
「ん? オレが勝手に転んだだけだ。謝るよりも、間抜けだなと笑ってくれ」
「もう……」
「今日でしばらくお別れだ。君の笑顔がオレは見たい」

 なんてディルはからからと笑うのだから、たまらない。

「――わかった」

 くしゃりと、無理矢理にでも笑って、そっと顔を寄せる。
 彼も満足そうに微笑んで、サヨの唇を受け入れてくれた。

「いでっ……」
「わ! すまない……!」

 ……口の中まで切っているらしく、痛そうではあったけれど。

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